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Anatomy Story  作者: 空谷陸夢
Vecson's Anatomy
3/22



土曜日の朝7時半。

ニューヨークのマンハッタンにある『Johnny's Cafe』はそこそこな人の入り。メディカル・スクールが休みの僕は、眠い目をこすってカウンターに入った。



「おはよう、ジョーイッ」

「おはようございます、ジョニーさん」



カウンターに入るなりジョニーさんの、一般男性よりやや高めな声で挨拶を受けた。ついでに頬へのキス付きで。



「聞いてよ、ジョーイ。私の彼ったらね……」

「その彼って、この間僕が会ったダテ男?」

「ダテ男? ああっ、コリンのこと? 違うわ、今度はもっとイイ男なの」

「へぇー、そう」



空に近いコーヒーメーカーに新しくコーヒーを煎れ直しながら、ジョニーさんの話に相槌を打った。

ジョニーさんの彼が変わっていても、さほど驚きはない。たとえダテ男を紹介されたのが先週で、その2週間前にはまた別の男を紹介されていたとしても。僕は驚かない。



「今度はナニ男? セクシー? モテモテ?」

「敢えて言うなら、フェロモン男」

「ワオ」



ジョニーさんの答えに大袈裟に驚いてみせる。

ジョニーさんの彼氏でフェロモン男に分類されるのはこれで3人目。



『だから、ゴメンて言ってんでしょー』

『心の込もってないゴメンだけどな』



ガラス張りの店の窓から一組の男女の声がした。声はそのまま店内へと続いて入ってくる。


彼女だ。

彼女が来た。



「やあ、ジョーイ」

「どうも。Dr.デイヴィス、Dr.カートン」

「ハイ」



僕より背の高い、アフリカン・アメリカンのDr.デイヴィスが先にカウンターに立った。少し遅れて彼女も、アジアン・アメリカンのクレオ・カートンも。



「いつものですか?」

「ああ。君は?」



Dr.デイヴィスが彼女へと顔を向けた。外を見ていた彼女はあくびしながらこっちに向き直る。



「いつもの。あ、いつもより濃い目で」

「了解」


ニコッと笑いかけると、彼女も眠そうにだけど笑ってくれた。



「もうちょっと早く起きれば、朝ゆっくりできたのに」

「仕方ないでしょ。昨日は連続勤務の上にオペの見学したんだから」

「80時間勤務はどうした?」

「それって、守ってる人いる?」



レジに背を向けて僕は黙々とコーヒーを煎れ、ベーグルを用意した。聞きたくないのに、会話は自然と耳に入ってくる。



「お待たせしました」



二人分のベーグルとコーヒーを持ってレジを振り返った。



ああ、もう。なんであんなの目に入るかな。

デイヴィスが彼女の腰に手を回してる。最悪だ。



「どうした?」



デイヴィスが不思議そうに声をかけた。

ハッとなって、彼女の腰から目を放した。



「いえ、何でも」



首を振ってコーヒーと袋を差し出したとき、彼女の口から僕を打ちのめすのに十分な言葉が出てきた。



「ていうか、早く起きてほしかったら早く寝かせてよ。自分だって、最近朝寝坊するくせに」

「おい、クレオ」

「なによ」



「…………」



一瞬止まりかけた手を無理やり動かして、コーヒーと袋を手渡した。

コーヒー溢さなかった僕って偉い。



「ありがとう、ジョーイ」

「いえ、仕事頑張って」



格好良く笑って頷き、デイヴィスは彼女にコーヒーを渡して、そのままレジに背を向けた。手はまだ彼女の腰に回ってる。


はぁ……。

分かったと思うけど、今のが僕の至福の時であり、なおかつ地獄の時間。


彼女と、クレオ・カートンと会えるのは嬉しい。でも彼女がデイヴィスと一緒にいるのは嫌だ。

彼女っておおっぴろげだから、さっきみたく麻酔無しで僕の胸にメスを入れるような言葉を言う。



『早く寝かせてよ』ってことは、セックス止めてよってこと。それくらい僕にも分かる。

彼女とデイヴィスがそういう、いわゆる恋人同士であって、それだけでも僕にはキツいのに、セックスだって?

勘弁してよ。

二人が出ていった店のドアに目を向けると、彼女とデイヴィスが何か言い合いながら、でも笑い合って二人の勤務先である病院に向かっている。デイヴィスのあの幸せそうな顔っていったら、ムカつくくらいだ。



「ブライアンてば、本当にクレオにベタボレねぇ」



レジに突っ立ったままの僕の後ろからジョニーさんが言った。

分かってるけど、胸が苦しい。



「そうですね」

「クレオがいなかったら私が狙ったのに」

「ムリですって。デイヴィスはゲイじゃないし、何よりクレオ以外目に入ってないし」



ああ、自分で言ってて悲しくなる。デイヴィスが彼女に夢中なのは、誰の目にも明らかだ。



「そうよねぇ。でも、私はブライアンも好きだけど、アナタの方がもっと好きだからねっ」

「どうも……」



僕の彼女への気持ちを知ってるジョニーさんはポンッと、慰めるように僕の肩を叩いてカウンターの奥へと入っていった。


もう一度外に目を向ける。

もう、彼女の後ろ姿は見えなくなっていた。






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