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Anatomy Story  作者: 空谷陸夢
Karton's Anatomy
19/22



外傷室を出て廊下からラードナーの隣の外傷室を窓から覗き見た。ラードナーの外傷室とはドアで仕切ってあるもう一つの外傷室では、診療台に乗せられたニコール・ラードナーをデイヴィスたちが必死で治療していた。中にユノがいるってことは、デイヴィスたちも事のあらましを聞いているのだろう。

ラードナーさんは撃たれたからか、やっぱり出血が酷い。血がどんどんと出ていく。


それを見ていて、段々と昔のことが思い出されていく。何年も前の忌まわしい出来事が。思い出すにつれて、胃の中のものが逆流してくる感じがしてきた。

限界を感じてトイレに向かおうとしたところで、ふいにこっちを向いたデイヴィスと目が合った。デイヴィスが口を開くよりも先に、耐えきれなくなった私はトイレへと走った。



「クレオ?」



トイレに向かう途中、ジョーイにぶつかった。ジョーイが声を掛けてきても、私はそれどころじゃない。


一目散に向かったトイレに入ると、すぐに一番奥の個室に入り鍵を掛ける。

そして便器に向かって胃の中のものを吐き出した。我慢していたのが一気に出る。




「はぁ……」



全てのものを吐き出して、一つ息をついた。ずるずると閉めたドアに寄りかかって座り込む。



「なさけな……」



治療を見て吐くなんて、医学生のとき以来だ。しかも、昔のことを思い出してなんて。



「最悪……」



呟いてから、両足に力を入れ立ち上がり、個室を出た。

トイレの洗面台で顔を洗って気を引き締め直し、顔を拭いてからトイレを後にした。


小児ERの病室前まで来ると、窓から中を少し覗いた。ベッドに座っているエリスにジョーイが何か話し掛けている。けれど、エリスは一向に興味を示そうとせず、ずっと前を向いたまま黙っている。

中へ入ろうと病室のドアに手を掛けると、私の後ろにある外傷室のドアが勢いよく開く音がした。反射的に後ろを振り返る。ドアの開いた外傷室からは、ラードナーさんを乗せたストレッチャーを押すデイヴィスやコリン、マーサ、フレッドが出てきた。ラードナーさんの腹部はタオルが掛けられていて、外傷室で開腹したことが分かる。輸血の点滴がまた追加されている。

また、さっきみたいな吐き気が襲ってきたけど、深く息をはくことで乗り切る。

じっとラードナーさんの方を見ていると、ふいにデイヴィスと目があった。さっき急に走り出した私を見たからか、どこか心配そうな目をしている。デイヴィスがコリンに何か言って、こっちに来るような気配を見せた。今はデイヴィスと話す気分じゃなくて、デイヴィスが歩き出す前に病室のドアを開いた。



「ハイ、エリス」



病室に入って、後ろ手にドアを閉めエリスに声を掛けた。

エリスはブラインド越しの窓から運ばれていくラードナーさんをじっと見つめていた。



「エリス、」



窓の外を見ているエリスに声を掛ける。エリスはラードナーさんが窓から見えなくなってから、ゆっくりとこちらを向いた。



「初めまして、Dr.カートンよ。治療をしたいから傷を見せてくれる?」



ベッドの横に椅子に座って私が言うと、エリスは無言で弾がかすった方の腕を差し出した。左頬にある青アザが痛々しい。



「傷は洗浄した?」



後ろに立つジョーイに尋ねると、ジョーイは「はい」と頷いた。



「そう。じゃあ、治療しようか」



エリスの腕をとって治療台に乗せる。



「……ママは治るの?」



前を向いていたエリスがポツリと言った。視線をエリスに向けると、エリスは力のない目でこちらを見ていた。



「あー、ママは今別の先生たちがオペ室に運んで、オペしてる。先生たちもベストを尽くしてるわ」

「そう……」



それだけ言うと、エリスはまた視線を前に戻してしまった。

エリスには顔の痣以外にも、腕や足に痣がある。治療しながら後ろに立っているジョーイに声を掛けた。



「ジョーイ。ソーシャルワーカーとアレックスたちを呼んで」

「やめて!」



ジョーイが返事をするより早く、エリスが声を上げた。補助をしていたナースも驚いてエリスを見ている。



「どうして? エリス、あなたたちは誰が見てもあの男から暴力を受けてる。ソーシャルワーカーたちに相談して、安全なところにいないと」

「そんなことしたら、もっと酷くなる!」



エリスは泣きそうな顔で私に訴える。



「ジョーイ、」

「はい?」



後ろにいるジョーイに声を掛け、私も後ろを振り向いた。



「エリスの検査結果とレントゲンがまだか見てきてくれる?」

「分かりました」

「ありがと」



ジョーイを病室から出して、もう一度エリスと向き合った。エリスはまだ泣きそうな顔をしている。よっぽどあの男が怖いらしい。



「エリス。怖いのは分かるけど、自分から訴えないと現状は変わらないのよ。警察に相談して……」

「ムダよ。今まで何回も警察に言ったけど、話も聞いてもらえなかった。話を聞いてもらえても、あの人は嘘ついて『何でもない。ただの夫婦ケンカだ。躾だ』って。その後はもっと酷く殴られる」



エリスは泣きながら今までのことを話す。

私とナースは一度目を合わせただけで、後は何も言えなかった。エリスは先を続ける。



「一ヶ月くらい前に、ママと一緒に家を出たの。あの人がいない時に。それから今日までママと別のところで暮らしてた。本当なら、今日はナタリーとナタリーのパパとでクリスマスパーティーをする予定だったのに。あの人が突然家に来て……」

「分かった。もう良いよ」



泣いて話すエリスを抱き寄せ頭を撫でる。エリスは声を圧し殺して泣く。

昔の自分のようだ。何年も前に、私もこうやって病院のベッドで泣いた。



「ねぇ、エリス、」



私が声を掛けると、エリスはゆっくりと顔を上げた。







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