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ERのパーティーよりもマーサたちのパーティーに参加出来ることが嬉しいのか、ジョーイはコーヒーを飲みながらニコニコとしだした。
確かに、ERのパーティーっていうのは、パーティーはパーティーでもERの夜勤や連続勤務の人が集まって受付で騒ぐだけのものだしね。そりゃ、患者にもケーキとかは配ってそれなりに楽しいは楽しいけど、それでもやっぱりそれだけじゃつまらないだろうし。
なんて呑気なことを考えていたら、外で救急車のサイレンが近付いてくる音がした。またどっかの羽目を外したティーンエイジャーか、と思っているとラウンジのドアが勢いよく開いて、ウィルが中を覗き込んで切羽詰まったように大声を出した。
「手伝ってくれ!」
ウィルの様子にただ事ではないと察した私たちは、席を立ち急いで搬入口へと向かった。私たちと同じようにジョーイも続いて来る。
ラウンジのすぐ横にある搬入口に行くと、外科から到着したらしいデイヴィスとコリンに鉢合わせした。一瞬目が合って、気まずくなりかけたところで、救急隊員と何故かNYPDのアレックスとユノまでいた。
「患者は?」
ウィルが救急隊員の一人に尋ねる。
「ニコール・ラードナー、女性、34歳。左側腰に銃創。弾は貫通してません。血圧は80の60、意識混濁」
「血算、血清、生化学、それにOマイナスを4単位! デイヴィス、彼女を頼む!」
「分かった」
ウィルに頼まれたデイヴィスは、ラードナーさんを乗せたストレッチャーを救急隊員から引き継いだ。デイヴィスがラードナーさんの治療にマーサとフレッドを呼んで、コリンと共に外傷室へと向かおうとしたとき、ストレッチャーに乗ったラードナーさんが小さく「エリスは……」と呟いた。
「待って! ラードナーさん?」
外傷室へと行こうとしていたデイヴィスたちを止めるためストレッチャーを掴んだ。
「エ、エリスは……?」
息も絶え絶えになりながらラードナーさんが尋ねる。よく見ると、ラードナーさんの顔や腕には殴られたような痣がたくさんあった。それが気にかかったけれども、とにかくと私が救急隊員に視線で尋ねると、救急隊員はユノと共に搬入口から入ってきた女の子を指差した。
「エリス・ラードナー、10歳。右腕に弾がかすった。それと左頬に殴られた痕。バイタルは安定してる」
救急隊員からエリスのことを聞くと、ラードナーさんは安心したように息をついた。瞬間、ラードナーさんの意識がなくなり機械が音をたてる。
「意識がなくなった! 急げ!」
「ママ!」
デイヴィスたちがラードナーさんのストレッチャーを押して外傷室へと急ぐ。エリスが叫んで近寄ろうとするのをウィルが止めた。
「ママは先生たちが助けるから、まず君の治療をしないと。ジョーイ、頼む」
「はい」
泣きわめくエリスをERナースが抱き抱え、ジョーイと一緒に小児ERへと連れて行った。
「彼女たち、殴られた痕があった」
ラードナーさんとエリスが連れていかれた方向を見て呟くと、ウィルは小さく唸るだけだった。
彼女たちを心配する暇もなく、続いてストレッチャーに乗せられた男が搬入口からERに運び込まれた。男は頭から血は流れ、腕に包帯を巻かれてはいるが、ラードナーさんよりずっと心配ない状態。それにもかかわらずストレッチャーの上で喚き続けている。
「何があったの?!」
ストレッチャーに手を掛けながら、救急隊員とNYCPのアレックスに尋ねる。
「トーマス・ラードナー、男性、38歳。頭部裂傷、右腕に銃弾のかすり。脈拍、血圧ともに安定」
「撃ったのはこいつだ。近所からDVの通報があった」
救急隊員の後にアレックスが続けた。『DV』と聞いて、私の身体が一瞬固まる。それに気付いたのかウィルが私の方を見る。
「クレオ、大丈夫?」
「……大丈夫」
ウィルの心配げな声に何とか頷く。救急隊員からストレッチャーを引き継いで、ウィルやテス、サムたちと共に外傷室へと向かった。後ろからアレックスもついてくる。
外傷室に着くとストレッチャーから診療台へとラードナーを移す。
「血算、血清、生化学とアルコール検査。薬物検査もオーダーしてくれ」
「ヤクなんてやってねぇ!」
「黙ってろ!」
診療台から起き上がってウィルに噛みつくように言うラードナーに、アレックスが一喝する。男のナースがラードナーを押さえつけようとするが、ラードナーは暴れて上手いこといかない。
「撃ったってどういうこと?」
ラードナーを機械に繋げながらアレックスに尋ねると、アレックスは苦虫を潰したような顔をした。
「彼女たちは一ヶ月前くらいから家を出て暮らしてた。それが今日になってこいつに見つかって……」
「逆上して撃ったのね」
「そうだ。前から何度も通報があったのをこいつが隠してやがった。クソ野郎だよ」
アレックスが顔を最大にしかめて言った。瞬間、ラードナーがナースの腕を振り切って起き上がり、私の腕を掴んで殴り掛かろうとしてきた。
「うるせぇ! 早く治せえ!!」
「やめろ!」
ガチャンッと器具の入ったトレーが床に落ち、診療台をも動かしてラードナーは私に掴みかかってきた。急なことで動けないでいた私を、すんでのところでウィルが割って入ってラードナーを診療台に押さえつけた。アレックスも一緒になってラードナーを抑えようと必死になる。私はあまりのことに動けないでいた。
「拘束しろ!」
ウィルの大声でハッとなり、急いで私もラードナーを抑えるのに加わる。ナースが急いで拘束具を持ってきた。
「ハルドールを投与して!」
ラードナーを抑えながらナースに叫んだ。ナースが注射器で投与すると、ラードナーは段々と大人しくなっていく。拘束具も付け終わって、ウィルたちが治療を行っていく横で、私はなかなか動けずにいた。動こうにも動けない。
「クレオ、」
ウィルが一旦ラードナーから離れて私のところにやってくる。
「こっちはいいから、ジョーイを手伝ってきてくれないか?」
ひたすら私を気遣うような優しい口調に反抗も出来ず、そして私もラードナーの治療は出来ないと分かっていて、ウィルの言葉に頷いた。「ごめん」とだけ言い残して外傷室を出る。
外傷室を出る際に、テスやサムの心配そうな目と合ったけど、無理やり笑って気にしないでと合図を送った。