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Anatomy Story  作者: 空谷陸夢
Karton's Anatomy
17/22



午前にマーサと来た時のように患者やドクターを避けながら歩く。ERドクターから暇なら手伝ってくれと言われたけど、それは断ってER受付で暇そうにしていたジャスティンを行かせた。寄り道せずにラウンジへと歩みを進める。

ラウンジに近付くと、中から笑い声が聞こえてきた。絶対フレッドたちに違いない。

ずんずんと進んで、バンッとラウンジのドアを開けた。中にいたマーサたちが一斉にこっちを向く。



「ほんっと腹立つ!」



ラウンジのドアを閉めて我慢していた怒りを吐き出した。



「おい、そんな怒んなよ。悪気があったわけじゃ……」

「アンタじゃない! デイヴィスよ!」



自分に怒りの矛先が向いていると思ったらしいフレッドがごちゃごちゃと言い訳するのを遮って、フレッドを睨み付けた。確かに言いふらしたフレッドにも腹が立つけど、今はデイヴィスの方が頭にくる。

ソファに並んで座っていたサムとテスはポカンとしている。



「何だってアイツなんかにこっちの気持ち全部伝えなきゃいけないのよ!」

「さ、さあ……」



私の怒りに誰も答えないのが耐えきれなくなったのか、私の顔が怖かったのか、サムだけが曖昧にそう答えた。どことなく視線が泳いでる。



「なに、アンタらまだ収まってないの? せっかくこっちが気きかせたっていうのに」

「あんな気のきかせかたいらないわよ」



サムやテスたちの斜め向かいにある一人掛けソファに座っていたマーサが面倒くさそうな顔をして言った。それに噛みつくようにして言い返して、フレッドの隣にあった椅子に座る。



「仕事がやりづらいなら直接アイツに言ってよね」

「怒ってるデイヴィスにわざわざ話し掛ける人なんていないわよ。ほら、障らぬ神に祟りなしって言うでしょ」



コーヒーを飲みながらテスがからかい気味に言ってきた。それでもやっぱりデイヴィスのあの態度が癪で、イライラと顔をしかめてしまう。横でテーブルに肘をついてニヤニヤと笑うフレッドが目に入って、それがまた頭にくる。他に腹立たしさを放すところがなくて、私は力任せにガンッとフレッドが座っていた椅子の脚を蹴ってやった。案の定、フレッドの身体が僅かに傾く。



「うおっ。 あっぶねぇなあ」

「うっさい! だいたいね、アンタが言い触らしたりしなけりゃ周りに知られることはなかったのよ!」

「俺だけが話してたわけじゃない。つか、俺らが話さなくてもお前らの雰囲気で分かるって」



私から距離をおいて座り直したフレッドが言った。



「そりゃケンカしてたら誰だって雰囲気悪くなんのよ」

「いいや、お前らは違うね」



フレッドは立ち上がってコーヒーメーカーに近付く。

意味が分からず身体を反転させてフレッドの方を見やった。マーサたちもフレッドの方を見ている。



「お前らはケンカしてると誰も近付くなってオーラが出てんだよ。ハリネズミみたいに針をあちこちに出してな」



フレッドが両手の人差し指でツンツンと針が出ている真似をする。途端に後ろの三人が笑い声を上げた。コーヒーを入れながらフレッドも一緒になってクックッと笑う。

それが気に入らなくて、テーブルにあった消しゴムを咄嗟に拾い上げフレッドに向かって投げつけた。



「当たんねーよー」



ヘッヘーなんて笑いながらフレッドが消しゴムを避けた。

クソッなんて思ってたら、フレッドの後ろにあったもう一つのドアが開いて、運悪く消しゴムはドアを開けた人物に当たってしまった。



「いたっ! な、なに?」



ドアを開けてラウンジに入ろうとしていたのは、今学期から実習になった医学生のジョーイだった。

ジョーイの額に当たった消しゴムは、そのまま床に落ちてコロコロ転がっていった。

ジョーイは消しゴムが当たった額をさすりながら、目を数回瞬きさせてこっちを見ている。



「あー、ごめん。ジョーイ」



手を額に当てながらボケッとしてるジョーイ。私が謝ると、ラウンジにいるのが誰か分かったようで、若干呆れたような顔をした。



「またここにいるの? いつもここで何してるのさ」



床の消しゴムを拾い上げてこっちに投げてから、フレッドの隣に立ってコーヒーメーカーから自分のカップにコーヒーを注ぎながらジョーイが言った。

私は消しゴムを片手でキャッチして、曖昧に首を傾げマーサに目配せした。



「私は休憩」

「僕も」

「私も……」

「お前は違うだろ?」



ジョーイの問いにマーサとサムが答えたのに続いて、私も答えようとしたらそれをフレッドが遮った。カチンときてフレッドを睨み付ける。フレッドはラウンジのシンクに寄りかかってコーヒーを飲みながら、口の端を上げて笑っている。

ジョーイが不思議そうにフレッドの方を見た。



「アイツは逃げてるだけ。彼氏に会いたくないから」

「フレッド!」



ジョーイの視線を受け取ったフレッドは面白そうに話す。睨み付けてもフレッドはニヤニヤ笑うだけで効果はない。

フレッドの言葉で私がここにいる理由と、私が何でデイヴィスから逃げてるかが分かったらしいジョーイは、思い出したように「ああ」と言った。



「まだ仲直りしてないの?」

「してない。する気もない」

「そんなの困るって!」



私が素っ気なく返事をすると、ジョーイではなくサムから非難の声が上がった。

怪訝に思ってソファに座るサムを見る。私を非難したくせに、サムは何とも情けない顔をしている。



「仲直りしてくんなきゃ、僕デイヴィスに話し掛けられない!」

「じゃあ話さなきゃいいじゃない」

「無理言わないでよっ」



サムが悲痛の叫びを漏らす。



「君から謝ったらいいじゃないか!」

「何で私が謝らなきゃいけないのよ? 私が悪いっていうの?」

「悪い」



マーサとテス、フレッド、サムの四人が声を揃えて言った。ムカッときて眉間に皺を寄せたままマーサたちから顔を背けると、フレッドと同じようにしてシンクに寄りかかっていたジョーイと目が合った。私がずっと不満な顔をしているのが可笑しかったのか、ジョーイは苦笑する。



「そんな怖い顔で見られても」

「なに、ジョーイも私が悪いって思ってんの?」

「そんなこと言ってないよ」



ジョーイは肩を竦めて言いコーヒーを一口飲む。



「連続勤務はクレオだけ?」



ぐるりと私たちを見回してジョーイが尋ねた。私以外は全員首を横に振る。



「誰がクリスマスに連続勤務なんて入れるかよ」

「そうよ。そんな酔狂な真似するのはどっかのバカだけよ」

「今日はクレオ抜きでパーティーだから」



フレッド、マーサ、テスと口々に悪態をついて私を苛立たせる。それを感じ取ったサムが慌てたように話をジョーイに振った。



「ジョーイはどうなの? 何も予定がないならパーティー来なよ。ERのパーティーだけじゃ寂しいでしょ?」

「行ってもいいの?」

「インターンたちも来るから」

「そうよ! ジョーイも来て」



サムのいきなりな提案に戸惑うジョーイに、テスもサムと同じようにジョーイを誘う。ジョーイは尋ねるようにマーサとフレッドに目をやる。二人とも異論はないようで、同意を込めて頷いた。それを見たジョーイは嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。それを見たサムも安心したように微笑んだ。

ジョーイのこの笑い方って、何となく人を安心させる気がして、私は好きだ。






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