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「デイヴィスのことよ。わざわざ言うことないでしょ!」
「だってアンタたちがケンカしてたらこっちは仕事やりづらいのよ。余計な気使わなきゃだし」
忙しないERを言い合いしながら二人で歩いていく。患者を避けながら廊下を横切ってERのラウンジへと入った。
ERのラウンジは私たちの逃げ場みたいなものになっている。
「あーっ、まぁたこっちのラウンジ来てー。外科にもラウンジあるでしょー?」
ラウンジにはERスタッフドクターのウィルがいた。何故か朝着ていたシャツを袋に詰め込んで、スクラブに着替えている。
「固いこと言わないでよ、ウィル」
「そうよ。私たちとウィルの仲じゃない」
「どんな仲なの、それって」
マーサと二人でラウンジのコーヒーをカッブに注ぎながら言うと、ウィルは少し可笑しそうに笑って返した。
ウィルは非難めいたことは言うけれど、インターン組だった頃の私たちがERラウンジに居ても追い出したりはしなかった。なんだかんだ言って、優しいのだ。
「何でスクラブに着替えてんの?」
遠慮もなくラウンジのソファにマーサと座って、コーヒーを一口飲んで尋ねた。ウィルはシャツを詰め込んだロッカーに投げ込み「それがさ、」と話し出した。そのままロッカーを閉めるとその足で自分にもコーヒーを入れにいく。
「さっき食中毒のサンタに思いっきり吐かれてね。最悪だよ」
ウィルがコーヒーカップ片手にゲェーっと吐く真似をしてみせた。それを見てマーサと二人笑ってしまう。
「クリスマスの洗礼を受けたってわけね。ご愁傷さま」
「どうも。そっちこそ大変みたいだね。僕は君よりマシだよ」
嫌味のつもりで言ったのに、より意地の悪い言葉をウィルが返してきた。ふふん、とウィルが私を見て笑う。私はコーヒーカップを口につけたまま固まってしまって、横のマーサはニヤニヤと笑っている。
カップで口元隠したってわかんのよっ。
「私たちのケンカって出回ってんの?」
「少なくとも外科とERは全員知ってる。君たちがここで休むおかげでね」
ウィルの言葉にジーッと疑わしげな視線をマーサに送る。それに気付いたマーサは手を振り、首を振って否定の意を表している。
「私じゃないわよ! どうせフレッドとかでしょ」
「プラス、テスとサムも皆その話してた」
「……あいつら、あとで殺してやる」
ウィルの口から同じインターンチームだった連中の名前が出てきて、思わずそう呟いた。
マーサとウィルはしてやったり、というように笑っている。何だかそれが異様に腹立つ。
「何で皆して私が悪い、みたいな顔すんのよ」
そうだ。ケンカの理由を知った連中は一様に、私に非難の視線を浴びせてくる。まるで私だけが悪いみたいに。デイヴィスなんて、私が連続勤務を入れたって知ったイブから不機嫌だし。
デイヴィスのあの態度にも周りからの視線にも、思い出したらまただんだん腹が立ってきて自然と眉間に皺が寄る。
「クリスマスに彼氏に相談なしで連続勤務なんて入れるからでしょ」
「そーそー。せめて相談くらいしないと」
私の不機嫌さなんて何のそのの二人は、知った風にそう言う。
「ま、頑張ってブライアンの機嫌治してね。じゃないとうちのインターンが怖がって外科に行きたがらないから」
未だ腑に落ちない顔をしている私に、ウィルは冗談のように笑ってラウンジを出ていった。マーサはまだ抑えようともせずに馬鹿みたく笑っている。
「ウィルの言葉が冗談じゃないのが困るのよねー」
マーサが笑いながら呑気に言った。マーサの嫌味に言い返そうにもそれが出来ない。
私は深く溜め息をついて、ラウンジの古ぼけたソファに身を沈めた。
***
それから重症の急患も来なくて、気付けばお昼を少し過ぎていた。
私とマーサはポケベルで呼び出されて、外科に向かった。どうやらサッチャーさんのオペが終わったらしい。
外科に着くと、医局の前でコリンとデイヴィスが並んで話しているのが見えた。医局の中には、ジャスティンとエマもいる。
「呼びました?」
コリンたちのところに近付いて声を掛ける。コリンは私たちに気付くとカルテをズイッと私の前に差し出してきた。断る隙もなく、反射的にそれを受け取ってしまった。
「サッチャーさんの術後経過、見といて」
「あ、はい」
怖い顔してた割りに、話の内容が簡単なことで思わず拍子抜けしてしまう。
コリンとデイヴィスの横をすり抜けてマーサと一緒に病室へと向かおうとした。
「ああ、クレインは違うわよ」
「は?」
コリンたちから二、三歩離れたところで後ろから声が掛かった。意味がわからず、マーサと一緒になってコリンを振り返る。見れば、デイヴィスも怪訝な顔でコリンを見ていた。
一応のため確認しとくと、サッチャーさんの担当医は私とマーサの二人になってる。
「クレインは私と一緒。バートとクラフもね」
もう決定事項だとでも言うようなコリンの口調。私とマーサ、ついでにデイヴィスまで意味不明って顔をする。
医局の中にいる二人の様子からして、二人は既に知ってたみたい。しかも何でか私たちと目を合わせようとしない。いや、正確に言うと私と目を合わせない。
……まさか。
「ああっ! はい、私、先生に付きます」
「そう、ならよかった」
マーサも私と同じことに考えたついたらしい。顔が異常に笑顔だ。
「ちょっと、先生……」
「決定事項よ、これは」
私の言い分を聞こうともせず、コリンがピシャリと言った。
でも、これで確信した。間違いない。コリンはわざと私とデイヴィスの二人をサッチャーさんの担当にしようとしている。
「おい、コリン」
遅まきながらコリンの目的に気付いたらしいデイヴィスがコリンに反論しようとした。けれど、コリンが手をデイヴィスの前に突きだし、その言葉をシャットアウトする。
「いいですか、先生。よく聞いてください。あなた方がケンカしようとナニしようとそちらの勝手ですけどね、今の二人の雰囲気のままでいられると非常に迷惑なんです。インターンはビクビクするし、余計な気を回さなきゃいけないし、仕事がやりづらいんです。つべこべ言わずにカートンと組んで、ケンカするなら二人だけでしてください。周りを巻き込まない!」
誰も言い返すことの出来ないような強い口調でコリンは一気に言い切った。そして言葉に詰まって何も言えないでいるデイヴィスを確認すると、ふんっと鼻を鳴らし白衣をひるかえしてデイヴィスに背を向けた。ずんずんと歩いていくコリンにマーサとジャスティン、エマが続いて後を追っていく。
残ったのは私とデイヴィスの二人。私が小さく溜め息をつくと、デイヴィスが何も言わずにコリンとは反対の方向へと歩き出した。私の横を通っても目も合わせないし。
徹底的に無視ってわけね。
私はもう一度、今度は大きな溜め息をついてデイヴィスの後を追った。