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12月25日。今日は世間でいうクリスマス。
クリスマスなんていう行事の日は、たいていどこの親もティーンエイジャーの連中も、ばか騒ぎして怪我して病院に運ばれてくる。だから、MGHもその例に漏れず朝から満員御礼状態。ERなんかは特に酷い。
「出血は止まった。今のうちに外科へ移して。早くしないと輸血用の血液がなくなるわよ」
手持ちのインターンたちにそう声を掛け、自分も彼らと一緒に外傷室を出る。ストレッチャーを押してエレベーターへと急いだ。
エレベーターに乗り込んで、じっと外科まで上がるのを待つ。
……一緒に乗っているマーサの視線が痛い。
「……何よ」
ストレッチャーを挟んだ向かいにいるマーサに声を掛けた。マーサは思った通り、ジトーっとした目で私を見てる。
「だから、何なのよ?」
エレベーターに乗ってから一言も喋らないマーサに少し口調が荒くなった。エレベーターの後ろ、ストレッチャーの端に並んで立っている二人のインターンがビクッと身体を反応させたのが横目で見えた。
「言わなくても分かってるでしょ」
「分からない」
恨みがましそうな視線のまま言われて、グッと言葉につまりそうになるのを堪える。
確かに、マーサが言いたいことは分かってる。それに関して若干イラついてるのも。
「アレは私のせいじゃない」
「へぇ、そう」
わざとらしいくらいの笑顔でマーサが答えた時、エレベーターがチンッと音をたて外科に到着した。ゆっくりと扉が開く。扉が開いて患者を引き取りに来たドクターの顔を見た瞬間、気付かれないよう溜め息をついた。
「患者の名前はイアン・サッチャー、54歳、男性。腹部消化管フィステル。腹部大動脈瘤の病歴あり。吐き気を訴えてERに。診察中に吐血してOマイナス4単位とクロスマッチを6単位」
元私たちの教育係、現お目付け役レジデントのコリンにカルテを渡しながら患者の説明をする。
「患者の家族には?」
「連絡しました。十分ほどで到着するそうです」
手術帽をつけたデイヴィスの質問に簡潔に答える。コリンが私とデイヴィスの二人を交互に見やって、盛大に溜め息をついた。
「カートン、オペ入る?」
ストレッチャーをエレベーターから出しながらコリンが尋ねてきた。
「いいえ。ERの手が足りないので、手伝ってきます」
怒ってはいないけど強い口調で『No』と答えた。隣でマーサが小さく溜め息をついて、目の前にいるコリンはまた大きな溜め息を漏らした。私とデイヴィスは未だに目も合わせない。
「……分かった。行って」
コリンが手をしっしっという風に振ったのを見て、私とマーサは再びエレベーターへと乗り込んだ。
「まだ怒ってる!」
エレベーターが閉まって動き出すと、すぐに噛みつくようにマーサに訴えた。デイヴィスのあのこっちを見ようともしない態度に腹が立つ。
私が苛々している横で、マーサは呆れたような顔をしてエレベーターの壁に寄り掛かる。
「そっちだって怒ってたでしょうよ」
「アイツほど怒ってないし、その前に私は別に怒ってない」
「まったく説得力ないから」
マーサが壁にもたれたまま、鼻で笑って言った。
後ろに立ってるインターンたちは居づらそうにしている。
「あのー……」
「なに?」
二人のインターンのうち、私のインターンであるジャスティンが手を恐る恐ると上げた。私とマーサが一緒になって後ろを振り返る。
ジャスティンの先を促すように黙っていると、数回躊躇する様子を見せたジャスティンが思い切ったように口を開いた。
「あの、何でカートン先生とデイヴィス先生はケンカしてるんですか?」
「……」
ジャスティンの言葉に私とマーサは顔を見合わせた。それから私はジャスティンをもう一度振り返り、何も言い返さず黙って彼に目をやった。マーサの方は可笑しそうに吹き出して、耐えようともせずに大声で笑い出す始末。
黙って見返すだけの私を見てジャスティンの顔が引きつる。何かマズイことを言ってしまったという自覚はジャスティンにもあるみたい。
「ちょっと、そんな睨んじゃジャスティンが可哀想でしょ」
未だ笑いを収めないマーサが私の肩を叩いた。
「しょうもない理由なのよ。二人のケンカなんていつも」
顔をニヤつかせたままマーサがジャスティンに説明しようとする。
ジャスティンとマーサのインターンのエマはラッキーとばかりにマーサの話に聞き入ろうと体勢を整えた。
「ちょっと!」
「いいじゃない、別に。減るモンじゃなし」
私の牽制を無視して、いよいよマーサが話し出した。
「ほら、今日ってクリスマスじゃない? で、普通の恋人同士なら仕事終わったらさっさと家帰って、ご馳走食べて、甘い気分に浸りたいじゃない」
「はぁ、そうですね」
マーサの言葉にジャスティンもエマも同感だと頷く。
と、そこでエレベーターがERへと到着した。けど、マーサはエレベーターを降りながらも話を続ける。
頭痛くなってきた……。
「ところがどっこい、どっかのおバカさんはよりによってクリスマスの連続勤務をOKしちゃったのよ。彼氏に相談もなく!」
「え、クリスマスに?!」
ジャスティンとエマがびっくりした様子で私を見た。二人とも信じられないって顔してる。
「何で連続勤務なんてOKしたんですか?」
ジャスティンが遠慮もなく聞いてきた。
隣ではマーサがニヤニヤと笑っている。
「コリンがクリスマスは家に帰りたいって言うから交代したの。それだけよ。それだけでデイヴィスは怒ってんの!」
「でも相談くらいは……」
簡単な説明をしても尚食い下がるジャスティン。これ以上話を続けたくなくて、ピタリと歩く足を止めた。
「ジャスティン、」
「は、はいっ」
ジャスティンが『しまった』という顔をした。
「サッチャーさんの家族がみえたら外科へ案内してあげて」
「それまでは何を……」
「ジャスティン! 返事は?」
「……はい……」
ジャスティンが肩を落として返事をして、クルリと背を向けてERの受付に向かった。マーサに言われたエマも急いでその後を追った。
「余計なこと言ってくれたわね」
マーサを睨むと、マーサは「何のこと?」と肩を竦めた。