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12月25日。今日は世間一般の人なら誰でも祝うであろうクリスマス。恋人同士なら、なおさら楽しみな日だと思う。
だと思うのだけれど、何故か僕の想い人は恋人とケンカしてたりして。
今学期から僕、ジョーイ・ビクソンは医学実習生となりました。
初めの実習場所はER。前にクレオに言われたけど、死ぬほど忙しい。しかも今日はクリスマスだから、羽目を外した学生や張り切り過ぎた親たちなんかがたくさんERに運ばれてくる。
「あー、余計なこと言わなきゃよかった」
ER受付でカルテの整理をしていると、横に座っていたジャスティンが情けない声を出した。その横には、ジャスティンと同じインターンのエマもいる。
「どうしたの?」
カルテを所定の場所に仕舞いながら、唸るジャスティンに訳を聞いた。ジャスティンは顔をべたーっと受付のテーブルにくっつけて、僕を見上げてくる。
「カートンにデイヴィスとのこと聞いたら、仕事干された」
「干されてないでしょ。サッチャーさんの家族案内してって言われたじゃない」
「それまで何もするな、なんて酷すぎる」
ジャスティンは患者の治療に当たれないのが不満らしく、ぶーたれている。僕は『カートン』って名前にちょっと反応しちゃったけど、何もないように装ってカルテ整理を続ける。
「だいたいカートンたちってケンカしすぎだろ。ケンカしてない時の方が珍しいじゃん」
ジャスティンの今年に思わず苦笑を漏らす。確かにそこだけは否定できない。
クレオとデイヴィスのケンカっていったら、朝の二人の様子ですぐ分かる。二人とも不機嫌そうな顔してるから。そのくせして、行き帰りは一緒なんだよね。
今回のケンカは、どうやらクレオがクリスマスに連続勤務を入れたことが原因らしい。ケンカのせいか、昨日からデイヴィスは不機嫌だ。僕はそうでもないけど、他のインターンや医学生たちはデイヴィスに話し掛けるのを怖がっている。サムなんかもその一人。
「デイヴィスもカートンのどこがいーんだろ。顔は良いけど、強気じゃん。僕だったらムリ」
「カートンだってアンタなんかお断りだって」
顔を振って言うジャスティンにエマがはっきり言った。しかも、鼻で笑って。
ジャスティンたちが横で言い合いを始めてうるさくなってきたので、僕はその場を離れてラウンジに行こうとした。
ラウンジまで来てドアに手を掛けると、中からクレオとマーサの笑い声が聞こえてくる。二人で何か言い合ってるんだろう。
何となく入りづらくて、僕はラウンジじゃなくて少し寒いのを我慢して非常口に行くことにした。
「さむ……」
非常口はやっぱり寒い。すきま風で時たま窓がガタガタなる。外はまだ午前中だっていうのに、雪が降ってる。僕は並べられたストレッチャーに座って残りのカルテ整理を始めた。
実習が始まってから数ヶ月が経つけど、実習は良いことと悪いことをもたらしてくれた。
まず良いことは、毎日クレオと話せること。いや、まあ前も毎日話せたは話せたけど、朝のほんの少しの時間だけだったし。今はいつでも話せる。嬉しいことこの上ない。
逆に悪いことっていうのは、本当に最悪。デイヴィスが本当にクレオのこと好きなんだって、毎日突きつけられる。それも前から分かってたことだけど、実習でMGHに来てからもっとよく分かってしまった。
「あーあ……」
あの二人は昨日からケンカしてる。もうケンカして二人が別れるかも、なんて淡い期待は諦めた。あの二人って、ケンカしても結局は丸く収まっちゃうんだ。
僕は一旦カルテを書く手を止めて、ズボンのポケットから財布を取り出した。そしてその中から大事にしてる一枚の写真を取り出す。こんなの大事に財布に仕舞っとくなんて、変なやつって思われるかもしれないけど、結構真面目に大事にしてる。
僕とクレオ、マーサ、テスが写ってるその写真。つい先日、テスの家でやった感謝祭のパーティーの時のもの。この時、クレオがふざけて僕に抱きついてきたんだっけ。あの時は心臓止まるかと思った。
まあ、その時もクレオとデイヴィスがキスしてたりして、暗い気分にもなったりしたけど。
「どうせ今回も仲直りしちゃうんだろうな」
「誰が?」
「?!」
写真を見ながら呟いた声に、誰かが返してきた。驚いて、声のした方を見る。そこに立っていたのは、ついさっきまでジャスティンと言い争っていたはずのエマだった。
「エ、エマ?!」
驚いて身体が跳ねてしまって、膝に乗せていたカルテがバラバラと床に落ちてしまった。
「うわ……」
「なに慌ててんのよ?」
僕の慌てように苦笑しながら、エマはカルテを拾うのを手伝ってくれる。僕も慌ててストレッチャーから下りて、エマと一緒にカルテを拾う。
「何をそんなに眺めてたの?」
カルテを全部拾い終えて、エマはそれを僕に渡すとストレッチャーの上に置いてあった写真を手に取った。
「あ、ダメ!」
エマが写真を見るのを阻止しようと、手を伸ばしたけど一歩遅かった。写真を見たエマは不思議そうな顔で僕を見てくる。
「これ、感謝祭の時の写真?」
「うん、まあ……」
そういえば、感謝祭のパーティーにはジャスティンやエマたちインターンも来てたっけ。
エマはじーっと写真を見て、それから僕を見る。僕は思わず目を逸らしてしまった。
「ジョーイ、もしかして……」
「あ! 僕、早くカルテの整理しないと」
エマの声を遮って、僕はカルテを集めてエマを通りすぎようとした。エマは通りすぎようとした僕の肩をガシッと掴んで、無理やり身体を回転させた。それから写真を僕の目の高さまで上げて、笑った。
「カートンが好きなのね?」
「な、な、なんのこと?」
「とぼけないで。先月の感謝祭の写真を大事に仕舞っとくなんて他にどんな理由があるの?」
「違うよ! 僕、……あの、テスが好きなんだ!」
たまたま写真の中で僕の後ろに立っていたテスに目がいって、慌てて誤魔化した。それでもエマは疑いの目を止めない。
「ほんとだよ?」
「そういえば、さっきジャスティンが『カートン』って言った時、ジョーイ、一瞬固まったよね?」
「そ、そんなことない!」
やばっ。声が上ずった。
そろそろと目をエマに合わせると、エマはにっこりと笑った。
「……当たりだよ……」
エマの目に耐えきれなくなって、観念した。自然とため息をついてしまう。
『やっぱり』というように、エマもため息をついた。未だ写真を持ったままのエマから引ったくるようにしてそれを奪い返す。そして、その写真に写る僕とクレオを見つめた。僕に抱きついてるクレオは笑ってる。たぶんクレオのことだから酔ってなんかなくて、遊び心で抱きついてきたんだと思う。そばで見てたデイヴィスも笑ってたし。
「バカだよね。クレオには満点彼氏のデイヴィスがいるのに」
写真を手に持ったまま、もう一度ストレッチャーに座った。写真の上半分を手で隠す。こうすると、僕とクレオの二人だけで写ってるみたいで、恋人同士みたいに見える。ギシッとストレッチャーが軋んで、隣にエマが座った。
「分からないわよ。二人がケンカで別れるかも」
「別れないよ。今まで何回もケンカしてるけど、二人が別れたことなんかなかった。何てったってデイヴィスがクレオにぞっこんだからね」
「確かに」
エマが慰めるように僕の肩に腕を回した。二人してデイヴィスのベタボレっぷりに笑った。
「落ち込むな、少年。その内いいことあるわよ」
「だといいけど」
「お姉さんを信じなさい」
バシッと僕の肩を叩いてエマが立ち上がった。僕はストレッチャーに座ったまま。
「じゃ、もう行くわ。ジャスティンがうるさいから」
「うん」
エマに手を振って、カルテ整理に戻った。けど、すぐに重大なことを思い出してエマを呼び止める。
「あ、エマ!」
「なに?」
「今の話……、」
「秘密にしとく」
「……ありがとう」
「今度コーヒーね」
エマは笑って言って、ERへと戻っていった。