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プロローグ

 夢を見ていた。小さなころの記憶を。幾度となく見たあの時を。

 それはまだ、久人ひさとが小学校に入学して間もない時のこと。

 ありきたりた住宅街に住まう、平凡な一家の長男だった少年、今際いまわ久人は、これもまた普通の、遊ぶことがすきで、屋内外かまわず楽しいことを求めては走り回る、元気のいい男の子だった。

 久人には一つ、他の子供たちから信頼をうける特技があった。

 少年は、目ざとかった。眼の付け所がいいともいえる。新しい遊びを見つけるのがうまかったのだ。

 その、子供が普遍的に嫌う退屈を紛らわす特技は、たいへん重宝がられ、そして、それが少年の地位を確立するものとなっていた。

 少年の目を当てにしては、何かにつけて友人が集まって新しい遊びを探したりするもので、太陽の光が心地よい温かな風の舞うその日も、新しくておもしろいものを探して、数人で街の中を歩き回っていた。

 この日は、冒険の定番ともいえる、秘密基地探しをしていたのだ。

 もちろん、子供の足で行けるところはけっして広くなく、近所は似たような住宅街ばかり。補助輪をガラガラと鳴らす自転車に乗り、遊び場を広げても、なかなか新しいものはお目にかかれない。

 だから、少年たちの目にかなう素敵にあやしい場所がなかなか見つからないのも、また同じことだった。

 しかしその日、他の友達のだれもが気にせず通り過ぎた一軒の家を、少年は気にとめた。

 大きな、屋敷、館と言っていいほどの家だった。よくよくみると、その家には表札がなく、いいかんじに退廃的な風情で居を構えており。

 少年には、屋敷が、秘密基地という称号をつけられる時を今か今かと待ち望んでいるように、その時は見えていた。

 久人は開け放たれた門から、こっそりと中を伺う。

 すると、奇妙なものが見えた。屋敷の庭中に“なんだかよく分からないがカッコイイ機械”を見つけたのだ。

 機械は、一見すると人の形をしていて、腕や脚のような部分があり、ともすれば動き出すのではないかと思わせる、細かな構成でできていた。“そういうお年頃”である久人にしてみれば、アニメや漫画のロボットのようでかっこいい、というわけで、興味はがぜん高まっていく。

 ただ、門の隙間から中を窺う少年の頭上には、入居者募集中、と書かれた看板がつりさげられていたのだが、習わぬ経は読めず、ましてや、新しい玩具を見つけて興奮する子供にしてみれば、どうのしようもないことである。

 少年は友人たちを呼び止め、人目につきにくい影になっている場所に集合させると、静かに庭中に潜り込んだ。

 そして皆で、庭に鎮座するよくわからないが興味をひかれる機械を取り囲み――。

 少年たちは一斉に、夢中で――壊さないよう――機械をいじくりまわした。

 男の子にとって機械というのは、やはり共通のロマンなのだ。

 そこでまたも久人は、目の良さを発揮する。ピカピカと光る綺麗な立方体の部品パーツを、機械の手が握っていたのを見つけたのだ。

 久人は、思わず、それを盗り、ポケットに隠した。

 自分が見つけたのだから自分のものだ、という開け広げな気持ちと、誰かに見つかったら盗られるかもしれない、という密やかな気持ちの間で生まれた行動だった。

 なにも、友人たちを信頼していないわけでなく、ただただ、その部品が魅入られるように綺麗でいたために、もし自分が誰かの手にあるそれを見たら、盗ってでも欲しく思うのではないかと想像したからだった。幸い、久人の行動はだれも目にしておらず、そのまま事なきを得た。 

 それからは日が暮れるまで、ああでもないこうでもないといいながら、まるで、宇宙船でも拾ったような気になって、そのまま庭を自分たちの秘密基地に決めてしまったほど、その機械を気に入り、べたべたと触りつづけた。

 当然、売り家である以上管理する人間は頻繁でないにしろ見に来るし、入居希望者がいないとも限らないのだが、少年たちにとっては、この時こそ全て、なのである。 

 そうやって数日、件の屋敷、住宅街の中にあってそこだけがひっそりとした売り家は、少年たちにとって格好の遊び場になっていた。

 飽きることなく機械もいじくり続け、庭の雑草は駆けまわる少年たちに踏まれて背を低くしている。

 鬼ごっこや、探検もした。残念ながら、機械以上にめぼしいものは見つからなかったが。

 そしてある時、さらに刺激をほしがる一人が、こう言った。

「家の中に入ってみない?」

 聞いていた他の少年たちは、えっ、という顔をしていた。

 少年たちは、未だ館の中にまでは足を踏み入れていなかった。

 理由は簡単、怖いからである。

 庭先こそ自分たちの基地としてしまったものの、館の中はまた別次元で、少年たちにとっては未知の領域だった。

「いいじゃん、いこうよ久人」

「なにか、おもしろいものがあるかも」

 言い出しっぺの少年は、うんともすんとも言わない機械に向き合うのも少々退屈になってきたのか、ほか数人の友人たちも、その少年に同意するような姿勢をとった。

 こうなっては、多数決で決まりそうなものだったが、友人たちは久人に可否を問う。

 なぜかと言えば、最初にこの場所を見つけたのが、久人だったから。

 いつの間にか、なにかする時は必ず久人少年に伺うという、暗黙のルールのようなものが出来上がっていたのだ。

 そして少年は、みんなの期待を、覆すようなことはしなかった。

 

 だからその日も、少年が、決めた。


 建物の中を、探検することを。

 

 だから、少年も、そこにいた。


 だから――


 ――友人たちが、物言わぬ死体と変じた時も、そこにいた。


 その地獄の、中にいた。

 

 少年――今際久人は、夢を見る。

 

 目の前で命を失った友人たちの、最後の姿を、毎夜のごとく夢に見る。


 ただ一人生き延びた自分だけが、夢を見る。

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