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浴衣と神輿と寂しい笑顔

作者: 高平しま

連載中の小説『久留井三兄弟の非現実的な日常』(http://ncode.syosetu.com/n0556u/)の番外編的小説です。

この時期なのでお祭りの話です。

「え? お祭り?」

「はい! 明後日あるんです!」

 夏休み中の登校日。

 久々に顔を合わせたついでに屋上で雑談をしている最中、松下綾が久留井誠一にそう切り出した。

「そっか、先輩たちはこっちに来たばかりだから知らないんですよね。毎年やってるお祭りで、結構盛況なんですよ。駅近くの通りを埋め尽くすくらいの出店が出てきて」

「へぇ、楽しそうだね」

 飛鳥川琉奈の説明に、久留井祥吾が目を輝かせる。

「ま、毎年二人で一緒に行ってるんだよな、アスカ!」

「え? うん、そうだね」

「いいなぁ。俺らも行こうよ!」

 秋川浩太はさり気なく三兄弟を牽制しようとしたが、それに全く気付いていないらしい誠一が瞳を爛々と輝かせ、弟たちに提案する。

「じゃあ一緒に行きましょうよ、先輩! アスカも行くでしょ!?」

「うん、いいよ」

 あっさりと了承する琉奈に、浩太は肩を落とす。祥吾がその姿に気付き、苦笑する。

「なぁ、祥吾も彰も行くだろ?」

「そうだね、たまにはお祭りもいいね」

「そうですね」

 弟たちの同意を得た誠一は笑みを浮かべ、「じゃ、決定!」と声を張る。

「浩太はどうする?」

 琉奈に問われ、浩太は目を見開いた。

「行かないわけないだろ!? 行くに決まってんだろ!!」

「……お祭りくらいで何をそんなに気合入れてんの?」




 二日後。夕刻。

 集合場所となっている駅の東口には、誠一・祥吾・彰の三兄弟と秋川浩太の姿があった。

 現在の時刻は午後六時十分。

 待ち合わせ時間を十分オーバーしているにも関わらず、飛鳥川琉奈と松下綾の姿はまだない。

「秋川くん、アスカさんと一緒に来なかったの?」

「一緒に行こうって行ったんだけど、松下の家に寄ってから行くからって」

「綾ちゃんの家に? なんでまた?」

「あ、お二人が来ましたよ」

 彼らと同じく祭りに向かうだろう人でごった返す中、彰が琉奈と綾の姿を見つけ、遠くを指差す。

「「「「あっ」」」」

 四人は遅刻してきた二人の格好を見て、同時に声をあげた。

 駆け寄ってくる琉奈と綾は浴衣を身にまとっていた。

「浴衣っていいよね。うなじはもちろんだけど、アップにした髪から零れた後れ毛とか、きゅっと絞られた足首が裾から覗くのとか。堪らないって言うか」

 情熱的に語り始めた誠一に、浩太は汚いものを見るような目を向ける。

 それに気付いた祥吾は居たたまれなくなり、「兄貴、やめなよ。変態みたいだよ」と釘を刺す。

「変態とかゆーな。男なら誰だって惹かれるだろ、浴衣は」

「その点については激しく同意しますが、浴衣の魅力についてすぐさま、且つ一切言いよどむことなく語れる誠一兄さんはさすが、日々グラビアやエロ本を熟読しているだけありますね。変態の鑑ですよ」

「だから変態って言うなよ、彰。人のエロ本盗み読みしてんのは誰だよ」

 男同士で程度の低い会話をしているなどと知る由もない琉奈と綾が慌てて駆けつける。

 二人の履いている下駄が耳に心地よい、リズミカルな音をたてる。

「遅れてごめんなさい!」

「すみません、準備に手間取っちゃって……」

 四人の元に到着するなり、琉奈と綾は頭を下げる。

「大丈夫だよ、気にしないで。二人とも今日は浴衣なんだね」

「はい。こういう時しか着れないからって、お母さんが……」

「似合ってるよ。すごく可愛い」

 そう言って微笑む誠一に、綾は――彼らの近くをたまたま通りかかった見知らぬ女性たちまで――頬を赤らめる。

「じゃあ行こっか」

 誠一に促され、他の五人も祭りが行われている大通りへと向かった。


 普段は様々な色の車が引っ切り無しに走っている大通りは今、黒山の人だかりに埋め尽くされ、その両脇を提灯が彩り、多種多様の出店が軒を連ねている。

 家族連れも、友人同士の集まりも、カップルたちも、皆思い思いに祭りを楽しんでいる。

「すごいね、こんなにたくさんの人が来るんだ」

 通りの奥へと進みつつ、あちこち見回している祥吾が感慨深げに呟く。

「そのうちお神輿も出てくるよ」

「お神輿も!? すごいね、おみこしなんて小さい頃に一度見たきりだ!」

 はしゃぐ祥吾の姿を見ていて、琉奈は笑顔になった。

 学校での、常に一歩引いたところで自分たちを見ているような祥吾ではなく、自然な祥吾を見れたような気がした。

「ホントに久しぶりだなぁ、お祭りなんて。おばさんに連れてってもらって以来だ」

「おばさん……って、あのちょっと怖い人ですか……?」

 誠一にきつく当たっていたあの女性がそんなことをしてくれたのか、と訝る綾に、「由香理さんじゃないよ」と祥吾が言う。

「由香理さんは父さんのお姉さんで、俺たちを昔祭りに連れてってくれたのは、父さんの妹の方のおばさんなんだ」

「すっごく明るくて、優しくて、綺麗な方なんですよ!」

 祥吾の説明に付け加えた彰の言葉はやたらと語気に力があった。

「……ところでアスカ、お前、浴衣なんて持ってたっけ?」

「ああ、これは綾に借りたの」

 琉奈はやや声のトーンを落とし、誠一と共に前を歩く綾の耳に届かない程度の声量で、

「初めは普段着で行こうと思ったんだけど、綾が浴衣着たいって。で、自分だけだと一人だけ張り切ってるみたいだから、あたしにも着てって」

 と説明した。

「なるほどな。初めて見たよ、アスカの浴衣姿」

「……変かな?」

「! そんなことないよ、えっと、その、す――」

「とても似合ってるよ、アスカさん」

「!?」

 祥吾に言葉を遮られ、眼に怒りの炎を宿す浩太。

 琉奈は祥吾に褒められ、嬉しそうに微笑んだ。


 六人は出店で焼きそばやたこ焼きを買って食べたり、輪投げや金魚掬いなどで楽しんだ。

 射的では誠一が兎のぬいぐるみを取って綾にプレゼントし、輪投げでは何も取れなかった浩太が、続いて挑戦した祥吾がブレスレットを取って琉奈にあげるのを目撃して涙を流し、金魚掬いでは三十匹も掬ってしまった彰が祥吾に叱られ、誠一に爆笑された。


 祭りも終盤となり、大きな神輿がゆっくり会場中を練り歩く。

 皆掛け声をかけながらその様子を見守っていたが、祥吾だけ、あれだけ楽しみにしていた神輿ではなく、別のものを見ていることに琉奈は気付いた。

 彼が見ているのと同じ方向に目を遣る。

 そこにいるは、父親に肩車されている小さな男の子。

「……知り合い?」

「! ううん、そういうのじゃなくて……なんか、いいなぁって思って。俺、ああいうことしてもらったことないから」

「そうなの?」

「うん……。あ、ごめんね。こんな時につまらない話しちゃって」

 忘れていいから、と言う祥吾の寂しげな笑みが、琉奈の浮かれていた心に小さな痛みをもたらした。

 忘れずにいようと思った。

 あの笑みを。

 この痛みを。


 一際大きな掛け声があがる。

 神輿が漆黒の空へ高々と掲げられた。

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