表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

一つ目の鉢:森の白い帽子 3


「素直な良い子だ――」

 びゅうびゅうと風の音の中でもやけにはっきりと聞こえた呟きに、低い声に、何故かどきりとした。

 羽根もないのに飛び上がったヒェムスさんと僕は、暗い木立を足下に、緩やかに滑空している。

 両腕に抱えられた僕は、すぐ近くであの蒼い耳飾りを見ることが出来た。菱形の小さな蒼い石は、揺れる度に虹色の光を反射する。関係ないことだけど好奇心を抑えられなくて、つい僕は質問してしまっていた。

「ヒェムスさん、この耳飾りは」

「ん? ああ、それか。それもきょうだいからのプレゼントだ。私の格好が地味だからって押し付けられてな」

 服はほぼ黒一色だし、確かに派手な容姿ではないかも。それがヒェムスさんにはよく合うけれど、

「耳飾り、似合ってると思います」

 風に負けじと言えば、口端で微笑んだ彼はやっぱり嬉しそうで。

「だろう? 私もこれは気に入っているよ」

 なんて言葉を返してくれた。僕にはきょうだいはいたんだろうか? 覚えていないけど、いたらきっと楽しいのだろう。ヒェムスさんを見ているとそう思える。

 黒い剣士服に掴まりながら眼下を注意深く眺めていると、遠くの方に一瞬だけ、白い色が見えたような――。

「ヒェムスさんっ」

 彼にも見えたのだろう、スピードが少し増した。風はローブが防いでくれるから平気。……顔は、仕方ないか。

 どうやら見間違いじゃなかったようだ。僕らにはもう確実に、大きな木の先端にちょこんと乗っかった帽子が見えている。

「おお、あったあった。なるほど、伸びていたわけだな」

「伸びて?」

「かぶせた時よりも木が成長していたということだ」

 嬉しそうな、しかしどこか落ち着いた声音に、奇妙な違和感。ヒェムスさん、もしかして。

 僕が考えている間にもヒェムスさんは滑らかに降下し、通りすがりに片手を一瞬離して帽子に触れる。がくん、となった僕は心底びっくりしてしがみついたけど、手が離れていたのは本当にわずかの時間だけだったから問題はなかった。

 それより、近くで見た本物の帽子は話通り“綿”に似た、柔らかそうな白い見た目をしていた。ヒェムスさんが手をかざした途端に、さらりとした水になってしまったけれども。

「ありがとう、坊主。おかげで助かった」

 再びゆっくりと森の中に降り立ったヒェムスさんは、僕にとびきりの笑顔を向けてくれた。僕も嬉しくなって笑う。

 

 ――リーン……

 

 鈴の音が、した。これが仕事終わりの合図だったっけ。

 僕は慌ててローブを脱いで頭を下げる。薄着でも平気なくらいにもう体は暖かい。

「これっ、ありがとうございました! えと、僕もう帰らなくちゃいけないみたいで」

「そのようだな」

 あっさりうなずくヒェムスさんはローブを纏う。僕には余っていた袖もぴったり。

 それにしても、このひとは。

「あの、最後にひとつ聞いてもいいですか」

「構わないよ」

「ヒェムスさん……最初から帽子の場所、知っていましたよね?」

「……さて、何のことやら」

 ニヤリと笑んだその表情が答えじゃないか。

「なんで、」

 鈴が鳴る。何度も何度も。ふと見た僕の両手は薄く透けていた。

「私の場合は別だよ。初めての仕事が私と帽子の回収だったのだから、まぁすぐに君なら姉さんに会えるだろう」

 ヒェムスさんのお姉さん?

 聞き返そうにも、その時間がないことはなんとなくわかる。体が後ろに引っ張られる感覚。視界が淡い光に覆われていく中で、黒髪の麗人は初めて僕の名前を口にした。

「ピエリス――アド・マイオーラ!」

 ソルさんも同じことを言っていたな。光に包まれながら僕はそんなことを考えた。



 はっと意識がはっきりした時には、明るい色彩の海に立っていた。

「お帰り、ピエリス」

「ご苦労様」

 出迎えてくれたふたりは、行く前と変わらずカウンターのところ。

 ひらひらと手を振るソルさんに、僕は挨拶もそこそこに早速質問を投げ掛ける。

「ソルさん、ルナさん、ただいま。あの、ソルさん。“アド・マイオーラ”って、どういう意味ですか?」

 尋ねてから、他にも聞きたいことが山程あったと思ったけど、まぁいいか。ソルさんがちょっぴり不思議そうな顔をしたから、「ヒェムスさん――あっちで会った男のひとに言われたんです」と続ける。

「上々なんだわ!」

 ルナさんはくるりと宙返り。カウンターの上で、彼女がいとおしむように触れているのは黄色い……タンポポの花?

 気が付いた。タンポポが咲いているのは、僕が任された五つの鉢のうちの一つ。

 ソルさんを伺い見ると「良かったね」と満足そうに笑った。形の良い唇がそっと言の葉を紡ぐ。

「アド・マイオーラ……幸運を願う、素敵な言葉だよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ