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特別な街 2


「ピエリス……」

 僕はもらった名前を口の中で転がしてみる。何度も声に出すうちに舌に馴染んで、まるで元から自分のものであったような気がしてきた。

「気に入ったかい?」

「……はい」

 僕は心からうなずいた。ふたりも嬉しそうな顔を見合せる。どこかで、見たことのあるような――。

 つい、と女の子が僕の鼻先まで飛んできた。彼女は本当に小さくて、今は濃紺の短めの髪や睫毛(まつげ)の一本まで見える距離に浮いているけれど、きっと僕の片手にのるくらいの大きさしかない。笑顔が可愛いなぁと思いながら、僕も寄り目がちに彼女を見る。彼女の方は満足したのか、ふわりと距離をとって、丈の短いドレスの裾を摘んでお辞儀。

「改めて、こんにちは。あたしはルナ。で、あっちの彼が」

「ソルだよ。よろしく、ピエリス」

 ソルさんと、ルナさんか。

 近くで見て気付いたのだけど、ルナさんの目も蜂蜜色をしている。このふたりはどういう関係なんだろう? 僕はそれこそ関係のない考えを巡らせる。

「よろしくお願いします」

 そして返してから、ふと思った。

「……あの僕、仕事とかノルマとか、全然わからなかったんです、けど」

 何をよろしくすればいいんだろうか? 僕の疑問は想定内だったらしく、すぐにルナさんが「それはね、」と説明を始めてくれた。

「この花屋にある花は世界に住むあらゆるものの“笑顔”を表すの。喜びとか嬉しさに反応して花開く。そしてピエリスには、ここの仕事を手伝って欲しいのだわ」

「そうそう、それで君に花を咲かせてもらいたい」

「だから説明不足だって! ピエリスが混乱するんだわ!」

 笑顔の花――幸福の、花。確かに脈絡のない話に混乱はしていたものの、それ以上に僕はこの花の数に感動していた。なんて、きれいに咲いているんだろう。なんて、たくさんの喜びがあるのだろう。

「あたしとソルはここを出ることができない。でも、もっともっと多くの花を咲かせたい」

「この場所はどこまでも広がるからね」

「そこでピエリスにお願い。ここにある五つの花を咲かせて欲しいんだわ」

 ええと、つまり。

「僕がソルさんとルナさんの代わりに、みんなを笑顔にしてくればいいんです、か?」

 満面の笑みの肯定が二つ。なんだか大変なことになった。

「気負わなくていいんだ。人助けとか、もっと言えば、君に出来ることをやってきてくれればいい。その代わり、精一杯ね。フォローはルナがするから」

「ソルの人任せっ!」

「仕事に行く時はあの、」

 ソルさんは金色の髪を一房引っ張られていても気に留めないようだ。彼が指差す動きにつられて振り返ると、なんで気付かなかったんだろう、棚が途切れた部分に姿見が置いてある。

「鏡が出入口になるからね」

 細めの鏡の向こうで、茶色の癖毛を揺らして少年がうなずく。白いブラウスに、膝までのズボン。少年の瞳は蜂蜜ではなく若草色をしていて、それが少し残念と言えば残念なような。そういえば、僕はきちんとこの店の入り口が来たのだか、どうだったか。

「仕事が終わったら、」

 快い声に、再び首を戻す。

「鈴の音を鳴らしてあげよう。それが聞こえたら、ここに帰る合図だ」

 ――帰る。

「あの」

「ん?」

「五つ全部の花を咲かせ終えたら、僕はどうなるんですか。消えちゃったり、するんでしょうか」

 クスクスと笑ったのは妖精のルナさん。

「気が早い子なんだわ。でも、飲み込みが早い子は好きなんだわ」

 僕、変なことを言ったろうか? だってどこから来たのかわからないのに、仕事の終わりが設定されていたら、誰でも不安になると思うんだけど。

「大丈夫、消えないのだわ」

「元いた場所に帰るだけだよ」

 さっきからふたりは息がぴったりだ。言い争ってる割には。

 って、ちょっと待ってよ。

「“元いた場所”?」

 ソルさんは穏やかな表情のまま首肯した。頬杖をつくの、癖なんだろうか。退屈そうな格好に、好奇心に満ちた眼差しの組み合わせは、どこか面白い。

「君をね、ちょっと、さらった」

「さらった?!」

「嘘だよ、冗談。君の力を借りたくて、連れてきてしまった。何も覚えていないのは仕方ないよ。“この街に”来てしまったんだから」


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