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RONDO  作者: maric bee
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目的1

俯いたルージュの顔をのぞき込むにやけた顔がそこにあった。

鉄格子の取り付けられた狭い窓から白い筋のような光が差し込んでいる。部屋に漂う塵や埃の微細な粒子がその光を散乱している。砂嵐は既に通り過ぎたようで、その余韻すら残っていない。


「器用だなぁ。座ったまま熟睡できるなんて羨ましい限りだよ」

「お前がベッドを占領したからだろうが。まぁお前と添い寝するつもりはサラサラないけど」


リュダは大げさに目を見開き、高らかに言った。


「良かったよ。そんな趣味があっても、おれは応えられそうにない」


くだらない実りのない会話をしていると、唐突に扉が勢いよく開いた。そこにはナシュアが仁王立ちしている。


「おはよう。眠れたか?」


彼女は相変わらず愛想のない表情のまま言った。挨拶がまるで事務連絡に聞こえてしまうのは、ある意味彼女の才能かもしれないとルージュは思った。


「早速だがお前達を砂の巫女の元へ連行する」

「こんな朝から訪問なんて巫女に失礼じゃないか?」


傍らで弾力のないベッドに寝そべり、足をバタバタさせているリュダが愛らしい子供のように見える。どうやらナシュアの前では徹底して無邪気な子供キャラでいくと決めたようだ。緩んだ空気にナシュアが釘を差した。


「勘違いするなよ。お前達は客じゃない」

「分かってるよ」

「早く立て。そこの子供もな」


リュダが顔を上げた。だらしなく寝そべっていた少年は深緑の大きな瞳をナシュアに向けた。

ルージュは場の空気が変わるのを感じていた。身体にかかる重力が倍増し、リュダの周りにあったはずの緩んだ空気はどこかへ消えた。奇妙なほど口が渇き、あるはずのない罪悪感が湧いてくる。彼は喉元に出かかっている言葉を、捻り出すように力任せに発した。


「リュダ、やめてくれないか」


ルージュはこの変化が誰によってもたらされたものか知っている。少年は自らの資質を理解していないのか、それとも制御できていないのか。いずれにしろ、なりふり構わず振りかざすものではない。ルージュはこんなに息苦しい思いをしているのに、一方でナシュアは相変わらず表情を動かすことなく彼らを眺めていた。この女、だてに騎士団長を名乗っているわけではないらしい。

ルージュの懇願に近い声に少年ははっとする。息を呑みしばらく静止した後に、にんまりと無邪気に笑った。


「ごめんごめん。じゃあ早く連れていってよ、おねーさん。砂の巫女のとこにさ」


リュダはゆるゆると身体を起こし、首やら腰やらを回した。手をブラブラしながらぴょんぴょん跳ねている。やれやれ、とルージュは深い溜息を吐いた。全身の血管がようやく弛緩し、血流が再開するのを感じていた。


ナシュアに連れられ、彼らは大通りに出た。昨夜の砂嵐のせいだろう。白い砂が石造りの家に被さり、雪が積もったようだった。それらを除去せんと、人々は慣れた様子で快活に働いていた。


「前向きな民だな」


歩きながらルージュが言う。


「最近砂嵐がよく通る。この光景は珍しいものではない」


白い砂の粒は目映い太陽の光で輝いて見えた。美しいが毎日この調子で重労働を強いられるのはたまったものではない。


「今からどこへ行くんだ?」


ルージュが問うと彼女は大通りの先に見える小さな城を指さした。


「レリス王が住む城だ。巫女もそこに住んでいる」

「へぇ、さすが巫女様だなぁ」


彼はできるだけ、関心がないように振る舞った。ナシュアに彼らの真意を気付かれて邪魔をされたくはない。こんな好機はおそらくもうこないだろう。


「巫女って普段何をしてるんだ?」


彼は無知を装う。我ながら下手な演技だなと心の中で苦笑する。だがそんなくだらない質問にナシュアは律儀に回答してくれた。


「巫女は祈りを捧げる」

「祈り、か。何のために?」

「さぁ。それは巫女しか知らないことだ」


ほぼ正解だ。彼は心の中で小さく拍手する。巫女は祈りを捧げる。その理由を知る者は限られている。彼もその1人であることは今告げるべきことではない。

足を動かしながら、ルージュは彼女の横顔を眺める。その氷のような冷たい瞳は一心に城に向けられていた。シミ1つない洗練された滑らかな肌は、本当は造形物であるのではないかと思うほど艶々していた。長い睫毛も漆黒の髪も彼女を女性であることを意識させるに充分なほど美しかった。口調と纏う雰囲気は男にも勝る勇ましさを感じさせるというのに。

昨夜とは異なり、地べたに座り込んだ商人達はどこにも見当たらなかった。あの騒がしい音楽も歓声も聞こえない。夜の華やかさの代わりに、実直さを湛え汗の匂いを放つ労働者達が目に付いた。ルージュは滲む汗を拭った。砂漠に囲まれているだけあって、猛暑は尋常ではなかった。皮膚が焼けるように熱い。


「レリスの民を、俺は心底尊敬するよ。この暑さが毎日続くなんて考えたくもない」

「エルースに砂漠はないのか?」

「あるけど、レリスの砂漠は世界最大規模だし、こんなとこに街を作る王様は普通いないよ。初代レリス王の考えは、全く理解できないね」


首を竦めて悪びれることなく告げる男を、ナシュアはじっと見つめていた。


「なんだよ。王様のこと、悪く言ったのが気に入らなかったなら謝るよ」

「いや」


すぐに彼女は否定し、ぷっと吹き出して首を横に振った。まだ笑みの余韻が残っている。


「この国の王を悪く言う馬鹿者に出会えて、私は嬉しい」


彼女は相変わらず前方に見える城を見つめながら言った。


「なんだよ、それ」

「そのままの意味だ。好きに考えろ」


滲む汗を拭いながら、ルージュは首を傾げる。それに反応してか、後ろから小股で着いてくるリュダも汗を拭きながら首を傾げる。一切汗をかいていないナシュアが別の生き物に見えた。本当に生きているのかと訊ねたくなるほどに、彼女が硬直した美しい容貌を歪めることはなかった。


歩き続けて数十分が経った頃、ようやく彼らは城に到着した。街と同様の石のレンガを積み立てられて作られた城は、彼が知る城の中では小さなものだった。それでも塀に囲まれ分厚い鎧に身を包んだ衛兵達が、余所者から城を守ろうと門番を務めていた。この猛暑の中鎧を着ている兵士達に、ルージュは心からの同情の念を捧げた。

ナシュアの姿を見るなり兵士達は「お疲れ様でございます!」と歯切れの良い挨拶をした。彼女は短く「ご苦労」とだけ言って、彼らを城の敷地内へと誘った。


「いいのか。余所者を城の敷地に入れて」


冷やかすようにルージュが言うが、「いいんだ」と簡単にあしらわれてしまった。彼女の無謀な行動にいささか不安が過ぎった。こんなにとんとん拍子で事が進むことは、どこかで誰かの思惑が動いているような気がしてならなかった。今回の場合、その思惑は確実に「ナシュア」のものであるような気がした。だが今更引き返すことは出来ない。そもそも、彼には「誰かの思惑」など容易に飛び越えられるほどの力を持つという自信があった。

だだっ広い砂場のような庭に通され、すぐに右に曲がった。狭い通路。大人が1人歩くのが精一杯というところか。冷たい石の壁に囲まれ、床もまた灰色の石で出来ていた。窓がなく光が全く入らないことを考慮して、蝋燭が一定感覚で灯されている。彼らの足音は通路に響いた。どんなに気を遣っても、その音を消すことはできなかった。


「ここだ」


通路を通り抜けた先に白い扉がある。灰色の石の壁から浮き出るように存在した扉の向こうからただならぬ気配がする。どうやら間違いないらしい。ナシュアはゆっくりと扉に手をかけた。そしてそれをまたゆっくりと押した。キィという何かが擦れるような音がして扉は開かれた。隙間から柔らかな白い光が射し込む。


扉の向こうの部屋もまた狭かった。身体がすっぽり入りそうなほど巨大な窓があるのは分かったが、大きなついたてがあったため、部屋の奥の構造は分からない。


「砂の巫女よ。連れて参りました」


ナシュアはついたての向こうに話しかける。しばらく沈黙した後に心に染み渡るような透き通った声が返ってきた。


「ありがとう。ナシュア」


巫女の声だ。彼はそのついたてを剥いで、すぐにでも目的を果たしたい衝動に駆られたが堪えた。物事には順番が重要だ。


「はじめまして。ルージュ、リュダ。待っていましたよ」


何故名前を知っているのだ、ということを訊くべきだろうか。一瞬立ち止まり考えるが、すぐに首を横に振る。巫女の前で嘘は通用しないことは知っているではないか。彼は黙っていた。何を言わずとも、巫女は彼の意図など容易に汲んでくれるような気がした。


「貴方達がここにきたことを知っています。貴方達がどういう目的でここに来たのかも私は知っています」

「さすが巫女だな」


巫女の元まで辿り着けたならば、ナシュアの前だろうと欺く必要はないと彼は思っていた。通例、彼の背負った使命は巫女に会った段階で、自動的に達成されるものである。巫女はその過酷な運命を受け入れるために存在している。だが、彼はその使命を果たすつもりでここにやってきたわけではない。


「だが、俺は少しあんたと話がしたいんだよ」

「話?」

「だから、レリスに来た。俺の目的はあんたを殺すためじゃない」


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