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RONDO  作者: maric bee
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ルージュは青く生い茂った巨大な木に寄り添うように立っている。大地を貫くような太い根が彼の足下で絡み合っていた。樹液により放たれたものなのか、ほんのりと甘い匂いがした。


彼の立つ丘から眺める景色は美しかった。向こう側に見える緑の高地には純白の輝く城が見えた。城を守るようにほんのりと雲が懸かり、その雲を貫かんと城の脇にそびえる滝が、虹を生み出していた。彩り鮮やかなその風景はまさに楽園と呼ばれるにふさわしいと彼は思った。


これは夢であり、記憶なのだと彼は知っていた。だから彼の横には間違いなくあの頃の若き王がいるだろうし、王が今から口にする悲しい言葉の内容も知っている。


「ルージュ」


王は彼の名を呼んだ。ルージュは首だけを王に向けた。王はいつもの上質なシルクのローブではなく、質素な綿で作られたローブを着ていた。長くうねった黒髪を後ろに束ね、緑色の瞳を遠くに聳える城を眺めながら訊ねた。


「何でしょう?」


彼が敬語で丁寧に応えると、王は目尻に皺を作って困った様子で微笑んだ。


「2人の時は敬語は無しにしてくれ」


彼は首を横に振りながら言った。


「この国をどう思う?」


王が何故今更自分にそのような問いをぶつけるのか、分からなかった。この時ルージュはまだ若かったし、世界は広すぎて国について何かを提言するには彼は未熟すぎた。


「この国は美しい」


彼は自然に囲まれた色彩溢れる世界を眺めながら言った。


「でもあまりに秘密が多すぎる」


彼は口にした言葉に王は遠い目をしながら「そうだな」と同意した。


「秘密は嫌いか?」

「秘密は誰にでもある。でもこの国には多すぎる。それに」

「それに秘密は構わないけれど嘘は良くない、と言いたいか」


王が彼の言葉を拾い上げると、ルージュはポカンと口を開けたまま頷いた。


「ごめん」

「何故謝る? おれが聞いたんだ。謝る必要はない」


王の口調は終始穏やかだった。いつもの威厳が失われていることに、ルージュは首を捻る。


「何故、俺をここに?」


王に呼び出されたのは昨日のことだった。一介の騎士団長に過ぎない彼が、王とふたりきりで話すことは、王が即位して以来3年ぶりのことだった。王と謁見できる者はこの世界で100人もいない。彼はその中でも王にとって特殊な存在であるという自覚はあった。


「お前に頼みたいことがある」

「俺に?」


何故、と問いたい衝動に駆られたけれど堪えた。黙っていても、彼は説明してくれる。王はいつでも律儀で優しい。


「まず、ある少年を迎えに行ってほしいんだ」

「少年……」

「お前は知っているだろう? この国の掟を」


王の濛々とした表情を見て彼は察した。王には愛とも憎悪とも表現しがたい複雑な感情を抱いていたルージュにとってそれは衝撃的で、彼の心臓は激しく脈打った。


「おれには時間がない」

「随分急な話だな」


王位の変遷とはこんなにも早いものなのか? 先代の影王えいおうの時は150年も君臨したのではなかったのか?

問い質したいことはたくさんあったけれど、それが無意味なことはルージュも知っていた。王は嘘をつかない。少なくとも自分には。


「その少年が王の器だと?」


もうその時が迫りつつある。彼は恐れていた事態に取り乱していた。王と呼ばれるこの男は、かつての王の誰よりも知謀と力に優れているだけではなく、優しかった。彼は王国を統治してきた歴代の王を全て知っているわけではないが、この国の気質から考えて目の前にいる男は王として異質な存在だった。彼は過去の王達の共通点である、残虐で冷酷な一面を持ち合わせていなかった。少なくとも影王よりは遙かに人として優れていると、彼は認識していた。


「そうだ。おれにはわかる。だが器だけでは闇を封じることはできない」

「知ってるよ」


ルージュは何も言わなかった。彼の脳裏にくっきりと浮かび上がるのは、3年前の赤い悪魔に包まれた村の風景とおぞましい阿鼻叫喚。髪の毛にべっとりと付着した虫の死骸を振り払うように、彼は首をぶるぶると振った。


「あとは、竜の加護を。おそらく、国境の森にいるはずだ」

「あぁ。そうだな」


王は自分の使命を全うし、かつての王と同じ道を辿ろうとしている。彼は落胆する。そして、全てを飲み込むようなウネリに力なくその身を委ねようとしている王に対して、湧き立つ怒りがあるのを感じていた。

それを噛み殺すようにして、王に背を向けた。王に対してこのような無礼を働くことは許されないことだけれど、この時ばかりは我慢が出来なかった。自らに潜む「剥き出しの力」をこのまま解放してしまうよりはマシだ。


王はそんなルージュの背中に向かってはっきりと言った。ルージュにとってそれは意外な言葉だった。


「おれは全てを終わらせたいと思っている」

「?」


そこにいる男はではなかった。3年前まで親友として共に小さな村で過ごしていた正義感の強い青年だった。


「だから」


ルージュの眼前が光に包まれる。キィィという高周波の音が頭の中に貫通し、王の声は掻き消されていく。

夢が終わるのだな、と彼は感じ取った。何故今頃になってこの記憶を夢としてみるのか。その答えは誰にも分からない。


彼はゆっくりと目を開けた。


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