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RONDO  作者: maric bee
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第三の選択肢

眼前で悶える魔獣は、醜悪に顔を歪めこちらを睨んでいる。苦しそうにフーッと息を切らし、今にも飛びかかってきそうな荒々しさがある。


「お前は・・・シス?」


ルージュの脳裏に、先の戦いでナシュアに討たれたラザアの存在が浮かんだ。己に埋め込まれた魔素に飲み込まれた哀れな少女。まさにシスがその状態になっているわけだが、それにも増して邪悪に満ちたこの気配。彼女が満ち溢れた力に踊らされているのは、すぐにわかった。


「るー・・・じゅ」


彼女の口から絞り出すように零れた言葉は彼の名前。後が続かず、彼女は苦しそうに胸を抑えている。


「いたい・・・イタイ・・・」


敵でありながらその苦悶に満ちた言葉にルージュは憐れみの念を抱く。何故こうなってしまったのか。あの美しかった姿はどこへいってしまったのか。


彼女はやがて我慢できないと言わんばかりに、天を裂くような咆哮を上げた。その場にいた者達の中でも聴力が特化しているティラは顔に皺を作り、不快感を露わにする。


「コロ・・・ス! コロス! コロシテ!」


彼女は泣き喚くように、ルージュに襲いかかる。背中の鞘に収められた大剣を素早く抜き取り、彼女の鋭利な爪を受ける。


「何だよ。あんたまでこうなっちゃうのか!」


彼女の猛攻は我武者羅で、第一騎士団の智勇溢れる才女の気配は一切ない。本能のままに殺そうとしている、哀れな魔獣だ。


エルースで幾度となく見てきた光景だった。先代の王・影王の時代に生み出された魔素を強制的に注入する技術。そうして生み出された屈強な騎士団が第一騎士団だが、その輝かしい功績の裏側には膨大な失敗があった。その恐ろしい行為で犠牲になった人間達の末路は苦悶の死か、自己の喪失。つまりはシスと同じだ。


人間は体内に侵入した異物を排除する機能により守られている。それが正常に機能する者は過剰反応で死に、機能しなかったものは闇に飲み込まれる。ほんの一握りの人間だけが、飲み込まれることなくその力を体内に共存させることができる。シスも当然そうだったはずだ。


彼女が魔素を制御できなくなった理由は彼女の免疫機能に異常が生じたか、それとも新たに膨大な魔素を与えられたか、だ。



ーーお前達の遊び相手は用意してある。



去り際にネヒューが残していった言葉。あれから推察するに、彼女はあの男に何らかの処置(・・)をされたに違いない。


「コロシ・・・テ。おわ・・・ら、せて」


コントロールできない魔素に翻弄された傀儡人形。彼女はもう戻ることはない。辛うじて残された自我が、彼女をより憐れな存在にさせている。


「終わらせてやるって言いたいけどな・・・!」


そう言い大剣を振り下ろすが、シスは身軽に後退し太刀を回避する。ただでさえ強大な力を持つ騎士に、更なる力が備わっているのだ。そう簡単に片がつくわけがなかった。


シスは彼の剣を素早く回避した。そして気付いた頃にはシスの腕に魔力が蓄積されていて、こちらにそれを放とうとしていた。


「クッ!」


ルージュが避けようとした時、彼らの間に割って入ったのは思いも寄らぬ人間だった。


「ダメだねぇ。ルージュさんはもっと強いはずなのになぁ」


彼はルージュに背中を向けたまま愉快そうにそう言い、全身から白い波動を放った。シスの魔力とそれがぶつかり合い、更なる眩い光を生み出す。


「魔素に飲み込まれた人間の末路は知ってる?」


ウルはルージュの代わりに暴走するシスの爪を受け止めながら問う。呆気にとられているルージュは首を傾げたまま、彼の鮮やかな動きを目で追っている。


「死ぬか、こうして魔素の傀儡になるかどっちか」


ウルはそこまで言ったところで、執拗に攻撃を繰り返す魔獣を跳ね飛ばし、「と、思ってない?」と問う。息を切らすわけでもなく、何事もなかったかのように美しい笑みを浮かべている。


彼の言っている意味が分からず、ルージュは更に首を捻るしかなかった。魔素に飲み込まれた者は限られた悲しい運命を選択し消えていった。それ以外に道は無い、と。


「面白い手品を見せてあげるからさ、オレを仲間にしてよ」


そう言い、ウルは再びシスの方へ歩み寄る。威嚇するように彼女は鈍い唸り声を上げて構えた。

そして瞬きした刹那に、彼女は攻撃を再開し、ウルのつるんとした肌に鋭い爪が僅かに触れた。あと少し避けるのが遅ければ、首筋を掻き切られていただろう。


回避したウルは、ほっそりとした腕を伸ばし、今や毛むくじゃらになっている彼女の額に掌を当てた。ボンヤリと淡いオレンジ色を放った掌は、彼女の動きを一切止めた。何が起こっているのか、その場にいる誰もが分からず見守ることしかできない。


やがて変化が起こった。


シスの体からほんのりと光が溢れ、彼女を覆っていた黒い毛皮は全て抜け落ちていく。悪魔の象徴のように広げられた両翼は腐れ落ちるように消え、彼女の瞳から禍々しい緑色の光は失われていった。


彼が笑いながら「手品」と表現したこの奇跡は、まさに魔法と呼ぶに相応しい。ルージュは固唾を飲んでその光景を見つめていた。


三分程経った頃、ようやく「こんなものかな」と拍子抜けするような気の抜けた声が聞こえてきた。

ウルが手を離すと、崩れるように意識を失ったシスが地面に倒れた。


「びっくりしただろ」


誇らしげに彼は胸を張り、子供のように無邪気に笑っている。

ルージュからすれば、びっくりしたなどというレベルでは無い。彼の中にあった強固な絶望の壁がガラガラと崩れていくのを感じていた。

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