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RONDO  作者: maric bee
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やる?

紫色の光弾が彼らの傍を通り過ぎていく。風の巫女が闇に触れたことで発生したそれは蛇体のごとくうねり、ルージュやリュダの腕をかすめていく。


光に塗り潰された空の中で、蠢くそれは既に清廉な巫女の姿をしていなかった。身体にフィットした紅蓮のドレスを身に纏い、こちらを無表情のまま見下ろしている。未熟な少女の身体は成熟した大人のものとなり、その瞳は妖しい紫色の光を秘めていた。


「あれが風の巫女?」


リュダの呟きな答えるように、大樹の幹に護られるようにして佇む彼女は妖艶な笑みを浮かべた。


「いや、これが『果実から生まれる邪悪なるもの』だ」


答えたのはネヒューだった。闇の大樹から生まれし邪悪なるもの。巫女の絶望を餌に育った哀れな存在。

ルージュの中の魔が共鳴するように疼いている。同胞の誕生を喜ぶかのように激しく歓喜しているのが分かった。


「ようやく、だ」


空から零れるように、言の葉が落ちてくる。麗しいその声は闇に堕ちた聖女から発せられたものだと気付くまでに数秒かかった。


「ようやく手に入れた。我が肉体を」


溢れんばかりの邪悪な光を携えたまま、彼女はゆっくりと下降し、大地に足を下ろした。


「アヴァロン」


ネヒューは彼女に向かって呼びかけた。


「お前のことを待っていた」

「貴様は?」


生まれたてのアヴァロンには目の前の黒騎士の正体は分からないようで、怪訝な表情を浮かべた。


「安心するがいい。オレは闇に属するものだ」

「云われずとも分かろう。貴様から迸る力は、貴様が我が同胞であることを執拗に悟らせてくるのだから」


彼らを纏う闇が共鳴するように蠢く。彼らの間にそれ以上の言葉は不要だった。


ネヒューとアヴァロンの存在感に圧倒され傍観していたルージュは口をぽかりと開けたまま、力なく言葉を漏らし立ち尽くしていた。

見る影も無い巫女の姿に彼は愕然としたのだ。


「巫女を返せよ」


リュダが吠える。それが虚勢であることは、その場にいる者全てに分かった。その言葉を聞いた黒騎士は悠然と歩き出し、リュダの目の前で跪いた。


「可哀想な奴だな」

「何だと?!」

「無知なお前達は巫女が聖なるものだと勘違いしている。そんなものは幻想だよ。俺は彼女の中に元々あったものを育んだに過ぎない」


ネヒューが口にした内容は絶望に満ちたものではあったが、それはルージュが知る残酷な現実であった。巫女が闇に属する存在であることは、竜の伝説にも口述されている。




少女は器を生み出した。

器の隙間から見えたその深い闇に魅せられた少女は、その闇の全てを知りたいと願った。

しかし光はあまりに巨大で、少女の祈りではどうすることも出来ない。

そこで少女は、竜を剣で貫いた。




少女、つまり巫女は闇の存在を愛し、光の象徴である竜を貫いた恐ろしい存在。伝説のとおりならば、むしろ目の前にいるこの邪悪な気を纏った女こそが巫女の本質なのかもしれないとさえ思う。


「巫女の本性を抑え込み、仮初めの姿を強いる愚かな人間は本当に正義たりうるのかな」


気がつくと刺すような視線が、ルージュに向けられている。彼の目は鉄仮面の向こうに隠されているはずなのに、息を飲むような眼光が彼を金縛りにした。


「ルージュさん。とりあえず俺は彼女を連れてエルースに帰るとするよ。楽しいショウにあんたが立ち会ってくれて本当に良かったよ」

「待て!」

「俺だってもう少しここに居たいよ。だって目の前にもう一つの任務の標的である『王の器』がいるんだからね。でも、物事は優先順位が高いことから遂行していかないとね。俺は色んなことを同時にできるほど能力が高くないから」


ネヒューは喉元でくっくっと笑っている。彼の隣で能面のような顔をこちらに向けている女性は、どこか哀れむような瞳をしていた。


「任務、だと」

「ああ。俺は司令塔(コマンダー)では無いからな。兵隊は忙しいものだ」

「闇の復活のため、か」


ルージュの問いに対し、ネヒューは豪快な笑い声を上げた。


「相変わらず滑稽だな、ルージュさんは。あんたの答え合わせに敵である俺が付き合うわけないだろう。それに」

「?」

「それにさっきも言ったとおりさ。あんたの力は俺達の力と同じ闇の力。知ったところで何もできないんだよ、ルージュさん」


ネヒューの言葉がひとつ、またひとつと鉛の粒となって、ルージュの胸の奥に積もっていく。かつて彼を支配した灰色の感情が急激に息を吹き返すのを感じた。彼はギュッと両側にぶら下がった拳を握りしめることしかできない。


風が吹いた。ルージュの頬を滑らかに撫でるような心地よさがあった。


「なんだよ、分かってないな」


背後から聞いたことのない男の声がして、ルージュは振り返る。


「ルージュさんが役に立たなくても、オレがいるから問題ないでしょ」


背後には二人の青年が立っていた。ひとりはルージュの知っている青年、ラスタ=ウィーブ。もうひとりは知ってはいるが、語ったことはない男だ。

柔らかい茶髪を風に靡かせ佇む青年は、ルージュがはっと息を呑むほどの美貌をたたえている。不敵な笑みを浮かべ、彼は腕をポキポキと鳴らしている。


「フューリのオレならあんたと充分戦えちゃうだろ?」


彼が砂漠で無意識に呟いた言葉の内容から既に予想はしていたことだったが、改めて本人が口にすることでルージュの胸中で複雑な感情が暴れ出す。そんな彼の様子に構わず、ウルは黒騎士の前に躍り出る。


「やる?」


まるで酒場で一杯飲むかと言うような軽い口調で言った。既にウルがこういう掴みどころのない性格であることを把握しているリュダは大きく溜息を吐いた。


「フューリか。失われし龍の一族。確かに光の力を持つお前なら、俺と楽しい殺し合いができるかもしれないな」

「だろ? オレもそんな気がするんだよ」

「だがここで時間を取られていたら、ご主人様に怒られちゃうからな。さっさとお暇するよ」


ネヒューは腕を伸ばし、掌から闇の渦を生み出す。禍々しい黒の渦は、貪欲に何物も吸い込みそうな勢いがある。


「待てよ」

「大丈夫だ。お前達の遊び相手は用意してある。まさかこんなに早くオモテナシするとは思っていなかったが。さぁ、アヴァロン。俺に着いてくるんだ」


彼はくるりと背を向け、かつて巫女だった者を連れて渦の奥に姿を消した。


「また会おう。生きていたらな」


渦は瞬く間に消失する。数秒間の沈黙の後、爆発的な緑色光が生じ、彼らの視力を一瞬奪う。


「何だ、この光は?」


視力が戻る前に、地を這うような獣の唸り声が聞こえてきた。


グルルル・・・


ネヒューが何かしらの魔獣を召喚したことは簡単に予想できた。だが彼らの目が光に慣れてきた時、そこに入ってきた闇の刺客に目を疑った。

全身から生えたボサボサの黒い毛皮、背中からは巨大な翼が生えていて、爪は磨かれたように鋭い。凶悪な魔族であることは間違いないが、その顔は見紛うことはない。


「シス?」


緑色に怪しく光る瞳をこちらに向けて佇む魔族は、先日レリスの古城で闘った女の成れの果て。


ズィ=エルース王国第一騎士団、シス=ブラッドフォードだった。


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