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RONDO  作者: maric bee
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本質の検証

「闇の祝宴……?」


 ぽつりとこぼすように呟いたのはティラの背中に隠れていた巫女テティスだった。その怯えた声に反応するように、ネヒューは彼女の方へ3歩ほど歩み寄り、丁寧に頭を下げる。


「これはこれは風の巫女、ご機嫌うるわしゅう……」


 畏まる姿勢がわざとらしく、敬意の片鱗すら感じさせないせいで、テティスは顔を歪めた。


「貴方は誰? 貴方がライゼンの……」


 警戒心を剥き出しにして彼女は問う。黒い甲冑に全身を包んだ騎士といえば、祖国にあの忌まわしい大樹を植えた者と身なりが一致する。30年も前の話であるため、鎧の中身が一致している可能性は低いかもしれないが、彼女の中でけたたましい警鐘が鳴っていることは間違いない。


「貴女がいうライゼンとは辺境の地ケニスに住む可哀想な魔族の青年ライゼン=ウィンブランドのことかな」


 ティラの傍らで巫女が息を呑む音が聞こえた。男の口から出た彼の名前フルネームに愕然とし、彼がケニスの魔族であることに驚愕する。そんな彼女の様子を楽しむように、「当たり、だな」と調子の良い声がした。


「ライゼンはよく働いてくれたよ。辺境に追いやられても戦おうとしない老いた魔族達に反発した猛々しい青年。オレがこの国にプレゼントした闇の大樹を育む根気強い青年」

「あ、貴方が……大樹を?」

「オレは与えただけだぜ。これを育んだのは今は亡き巫女シウル、そして貴女だ」

「私が?」

「この大樹は巫女の闇を映す鏡のようなものだ。シウルの中に潜む闇の心は絶大なるものだったから成長はたやすかったがな。ライゼンの施策により真っ白な貴女の心の闇は膨らみ、大樹はまもなく完成するだろう」


ネヒューは曇天を突くように悠然と聳える大樹を見上げながら言う。


「何故少女だったのだろう」

「え?」

「何故世界の闇を封じ込める竜の手を取りながら、竜を貫いたのが〈少女〉だったのだろう」


 感傷に浸る黒騎士に対してティラの冷たい視線が向けられるが、彼は構わず続ける。


「オレはこう思う。少女は一時の正義感と好奇心に駆られて闇の帳を取り払いたくなった。少女であるが故に」

「何が言いたい」

「精神が未成熟だった少女の本質は闇と光、どちらにあるのかな。異国で聞いた話によると人間の本質が善にあるか、悪にあるかという論争があるらしいが、それに似ている」

「少女は一時の衝動に囚われて竜を刺したのかもしれない」

「そうだな。それに関しては否定できないし、全ては推測にしかならない。巫女の剣であるお前ですら、巫女の真意を知ることは出来ない。だからオレは検証バリデートしたわけだ」


 ネヒューは大樹を指さした。


「この樹がどれほど成長するのか。まぁ結果として闇は膨れ上がり、巫女の本質が証明されたことになる」

「お前の犬が彼女を追いつめて孤独にしたからだ。本質がどこにあるかなど分かるわけがない」


ティラは吠えながら、脳の片隅で悲しそうに微笑む己の主スウェロの顔が浮かんだ。彼女も巫女であるが故に絶望に歪まされた被害者だった。


――お前が巫女と表裏一体の存在だというなら、お前が見つめるものはただの黒い絶望ではないぞ。


不意に腑抜けの男が口にした言葉が浮かんだ。ルージュ=ヴィスランには見えたのだろうか。彼女の秘めたる本質が。


「オレの可愛い傀儡はおそらく死ぬだろう」

「傀儡? ライゼンとやらのことか」

「あぁ、ライゼンだけじゃないがな。ライゼンは結界石を守るために、今神殿の中でお前のお仲間と対決している。勝ち目のない戦いってやつだな」


 ティラにはこちら側で勝ち目のない戦いを仕掛けられる者の見当がつかなかった。仮にあののらりくらり男が絶大なる力を秘めているとして、この侵入計画が正しく進行されているならば、彼がその力を発揮しているのは神殿裏口のはずである。石を破壊する役目を担うのは、ラスタのはずだが平凡な騎士にしか見えなかった。思案するティラの様子を愉快げに笑い、ネヒューは更に続けた。


「赤い眼の男だよ。オレの招待客だ。絶滅したと思われていたフューリが生きているなんてオレにとってはまたとない幸運だったが、ライゼンには不運だったな」

「幸運だと? 貴様、何を企んでいる?」


いくらティラが凄んでも相手の表情が分からないせいで闇に対峙しているような気分になる。数秒の沈黙があった末に、長い吐息が聞こえた。


「企む? オレは世界をありのままに戻すだけだ。むしろオレにはルージュさんの気持ちが分からないな。闇を器に封じ込めてさえいれば、世界は平和になると思っている。まるで円舞曲を奏でるように何度も何度も繰り返し、それを秩序だと勘違いしている。お前は巫女の剣。まやかしの秩序によって縛られた可哀想な存在。お前の中に倫理があるならば、お前にとって何が正しいか再考することをお勧めするよ」


 ティラは顔の筋肉を引きつらせていた。何か途轍もない恐ろしい怪物を前にしているような錯覚に囚われたのだ。


「さて、楽しい討論の時間は終わりだ」


ネヒューが言うと同時に場の空気が張り詰めた。どうやら結界を張ったらしい。彼の手から白い靄が吹き出し、辺り一面が白い空間へと変貌を遂げた。



===================



 激しい息切れが狭い空間で反響し、更に何重にも聞こえた。ラスタの前で向かい合う2人の男の様子は対照的であり、既に足の筋を断たれて動けない魔族の男だけが息を切らしている。一方、美しい獣の如き男は先ほどまでの死闘が何だったのかと訊ねたくなるほど、すました顔をしている。

ウルは膝を着くライゼンの前に立つと、しゃがみ「オレの勝ちだな」と歯を見せて笑った。


「まぁまぁってとこだな。剣筋は悪くないし、実際オレも一太刀入れられたわけだし」


そう言い、彼は自身の親指の付け根を見つめる。薄皮に入れられた小さな傷からは僅かに血が滲んでいた。


「くそっ……化け物が……」


ライゼンが吐き捨てた言葉にウルは顔を歪める。


「よく言う。アンタも化け物だろーが」

「私は誇り高きケニスの魔族だ……」

「オレも自分の血に誇りを持ってる。血に従い、オレは自分の使命を全うする」


 彼はライゼンの腰から下げられた小さな布袋をはぎ取り、拳サイズの石を取り出した。

淡い光を放つ石は美しかった。それに共鳴するようにラスタの持つ石が輝く。ようやく再会できたと囁き、歓喜するように。


「ルージュさんは無事かなぁ」


 石を見つめながら、ウルは呟いた。ルージュ=ヴィスランの顔があやふやなせいで、想像することすら難しい。

心配そうにこちらを見やるラスタの視線に気付き、彼は「どーする」と云わんばかりに首を傾げて問う。思いが通じたのかラスタは強ばった顔のまま声を張り上げた。


「それを壊してくれ!」


ラスタが指示すると同時にパキンと鋭い音がして、ウルの掌からキラキラと儚げに輝きを放つ欠片がこぼれた。


急激に場の空気が変化した。先ほどまで決して息苦しいと感じていたわけではないが、元来の呼吸がいかにたやすいかを実感した。空気の薄い山頂から下山した時の感覚に似ている。


「結界が壊れた……」


共鳴し光り輝いていたラスタの持つ石は、生気を失ったようにみるみる澱んだ。対となる石が失われたからだろう。


「これでこの国に風がはしるだろう。魔素に正気を奪われた人間達も我に返るはずだ」


神妙な顔をしたラスタが石から視線を外し、眼前の美しい獣を見た。その刹那の間にウルは涼しい顔をして元の人間の姿へと変化していた。


「一体……お前はオレ達の味方なのか……?」


ぽつりと呟いたその言葉にウルは小さく笑い、「違う」と首を振った。


「オレはルージュさんの味方だよ」


 燃えるような赤の双眸は磨きあげられた原石のように爛々と輝いている。消えそうな微笑は微睡むように消え去り、ウルはやがて紫の血液にまみれた可哀想な魔族を見下ろす。


「さて、こいつをどうするか」


どうすべきか悩みながら呆然と眺めていると、ライゼンの肩が小刻みに揺れていることに気付いた。


「この状況で笑ってるのか。お前、面白なやつだな」

「ククク……お前は何も分かっていない。我が主は全てを見通していらっしゃるのだ……。私は全てをあの方に捧げる。私は竜から迫害された魔族の末路から目を反らし逃げ続ける愚か者ではない……」


ウルは突如発せられた〈竜〉という単語に反応し、瞳を大きくする。


「竜がいる限り……箱庭に眠る大いなる闇が目覚めることはない。あの闇なくして、我らが……世界を掌握することは不可能であろう」


ライゼンが息が荒くなり、言葉も途切れ途切れになる。血液を流しすぎて意識が途絶えようとしているのだろう。


「世界は……元の形を取り戻……す……」


ライゼンの手から騎士剣が転がり落ち、鈍い金属音が本堂に響いた。



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