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RONDO  作者: maric bee
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侵入

研究所の玄関には城の門番のように、険しい顔をした警備員が立っていた。警備員は軽装ではあるものの、その身体にシエライトの胸当てを纏っているようだ。軍から派遣されている者達かもしれない。


「交代だ」


扉がゆっくりと開き、中から別の警備員が現れた。

「はっ、問題ありませんでした! 交代をお願いします」


向かって右側の男が背筋を伸ばし敬礼する。現れた男の方が上官なのだろう。上官らしき男が声を低くし何事かを2人の警備員に伝えている。常人には聞こえるはずの距離ではなかったが、ティラの耳は人のそれよりも優れており、感覚を研ぎすますことで聞き取ることは可能だ。


「容態は安定している。先ほどようやく床についてくれたよ」

「昼間は大した怪我じゃないくせに大騒ぎしちゃって大変でしたからね」

「怖かったのだろう。あの人はそういう性格だからな」


2人の警備員は深く頷き敬礼をした。動きが見事に揃っていて、よく洗練されている。右側にいた警備員が「それではお先に休ませていただきます」と歯切れの良い声で言った。

男が扉を開けた瞬間、ティラは駆け出しその隙間に滑り込んだ。姿が見えない以上、強風が吹き抜けたとしか感じないだろう。扉は何食わぬ調子で閉ざされた。


部屋の中の照明は一切点けられておらず、唯一の光源は小さな天窓から差し込む月明かりだけだった。先ほどの話から推測すると、襲撃されたがクルーゼ博士は軽傷であり、未だ彼はこの研究所にいるということになる。カモフラージュのために、明かりを消し人の気配を感じさせないようにしているのかもしれない。


それにしても――。


ティラは研究所に入るなり、何か懐古の念を感じずにはいられなかった。勿論、この研究所を訪問したことなど一度もない。彼がレリスを離れたことなど、今回を除けば一度だけだった。それも遙か昔の話。この歴史の浅さしか感じさせない場所に訪れたことなど当然ない。

匂いのせいだ。懐かしい匂いがする。それは彼にとって心地よいものではなかった。彼を奮い立たせる香辛料のような匂いである。ラウムが身に纏ったシエライト製の鎧を見かけた時に感じた匂いに似ている。涙果の放つ特有の匂い。それが今この建物内に充満している。

磨かれた石床のせいで気を抜けば足音を立てて気付かれそうだ。慎重に彼は足を動かし、細い廊下を進む。まっすぐ伸びた青白い通路の左右には8つ扉があり、突き当たりに階段がある。


鼻が曲がりそうだった。人には感じないだろうが、あまりに苛烈な涙果の匂いで油断すれば気がおかしくなりそうだ。


入ってすぐ左に応接間らしき部屋を見つけた。右には台所のような炊事場がある。シエライトの情報が転がっているとは思いにくいため、無視した。

その先に書庫と書かれた部屋があった。鍵などはかけられておらず簡単に侵入できそうだ。ティラは器用に前足を使ってドアを開ける。


入るなり本の山が崩れてきた。さすがに気付かれたかと思ったが、ドアがしまった後だったため音は漏れずに済んだようだ。ほっと胸をなで下ろした時、闇の中から「誰かいるの?」と脅えるような声がした。子供の声だ。


マズイ……!


ティラが黙っていると、「誰かいるのは分かってるんだ」と更に念を押した。


「僕が大声を上げたら、警備兵達が一斉にここに駆けつけるんだよ。それでもいいの?」


脅えているくせに脅すとは、なかなかの度胸だ。ティラはその度胸に免じて口を利いてやることにした。


――姿を見せたらどうせ大声を出すさ。


本の陰に隠れていたのは10歳ほどの少年だった。クルーゼ博士には子供がいるのだろうか。


「出さないよ。約束する」

――人間は時折約束を破るからな。

「静かにする。誓うよ」


少年は崩れた本の山を凝視しながら言った。しばらくの沈黙の後、本の山を飲み込めそうな黒い渦が発生し、ティラは姿を現した。黒い獅子とも犬ともとれそうな姿をした彼の姿を見て、少年は口を開けたまた立ち尽くしている。


「フフ、このような来客は予想外だっただろう」

暗闇と同化しそうなティラの姿を数秒見つめてから、少年はようやく口を動かした。


「あ、あなたは今日うちを襲った人の仲間なの?」

「まさか。どうやら博士は無事だったようだな。お前はクルーゼ博士の子供か?」


少年はあっさり「そうだよ」と答えて、「何の用でうちに忍び込んだの?」と訊ねた。


「事情があってシエライトの情報がほしいのだ」

「みんなシエライトのことばっかりだ。確かにアレはこの国の全てだけどね。あなたは西のスパイではないのに、シエライトの情報がほしいんだね」

「ああ、私が気になる点はひとつだがね」

「何?」

「この国の守護獣の所在だ」


少年は息を呑んだ。彼が後ずさりしたせいで、積み重なった本が倒れ、再び本の山ができあがる。


「な、何故あなたがそんなことを」


子供であろうともこの狼狽えようであるなら、間違いなく守護獣がこの研究に関与しているのだろう。


「私が同族の安否を気にすることに理由はいるまい。シエライトが涙果そのものであるなら、私がここを訪問する理由も説明不要だ」

「ということは、あなたは巫女の守護獣……」


ここまで言えば返事も不要だ。ティラは首を垂らしたまま、事の成り行きを待った。


「ねぇ、この研究所はパパじゃないと開けられない扉でいっぱいなんだ」

「ほう」


ハナから侵入し情報を得ることなど不可能だったということだ。あの男が無理矢理侵入したところで、無駄骨だったということか。


「でも、僕が案内できる部屋がひとつあるんだ。そこであなたが欲しい情報はきっと得られると思うんだ」

「そう言って私を牢屋へ連れていくつもりではなかろうな」

「まさか、それならもうとっくに大声上げてるよ」


少年は当たり前のことを言わせるなと言いたげに、肩を竦めた。


「2階にパパの部屋がある。そこには警備兵がいるけど、今から向かうところは地下室だから誰もいない。姿を隠さなくても大丈夫だよ」

「やれやれ、こんなはずではなかったのだがな」

「ラッキーだと思うべきだね。闇雲にさまよっても無駄だったから。この研究所には何も情報はない。全てはパパの頭の中にある」


少年には既に脅えた様子はない。むしろ暗がりの中ですら瞳は輝いている。


「さあ行こう」


音を立てないように、そっと扉を開き、彼らは通路に出た。



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