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RONDO  作者: maric bee
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この国の要

ルージュとナシュアはカウンターの向こう側に陳列された名も知らぬ地酒のボトルを眺めている。


「さて、あんたの友達もいなくなっちまったが」

「あぁ。だが有力な情報は得られた」


東ウェルシュに潜んだ西のスパイの存在。それを足がかりに何か活路が見出すことができれば、西ウェルシュに入国し巫女に会うことが可能になるだろう。

問題はスパイをどうやって釣り上げるかだ。釣りの餌によっては、この計画は見事に失敗する。


「スパイは何の情報を求めているのだろうな」


ナシュアが宙を眺めながら言う。ルージュに訊ねていると言うよりは自問自答のようである。


「たとえラウムがいきなり書庫に現れたと言っても、やはり手口が粗すぎると私は思う。相当な馬鹿なのか、スパイの存在を敢えてちらつかせたいのか」

「あるいは相当焦ってるか、どれかだな。奴がスパイの存在をわざと臭わせてるとすれば、この国にとっては大問題になる。挑発されてるわけだからな。戦争のお誘いってやつだ。ただ焦ってる場合ケースなら西が今、何かしらの事情で困窮していることが予想される。西ウェルシュが東に要求するものとは何だろう」


ラウムの話では盗まれたのはシエライトの情報だった。何故西はシエライトの情報を求めているのか。ただ単に武力として東に対抗するためだろうか。


「シエライトの詳細な情報は伏せられているようだったな」


ルージュが小さく呟くと、彼女は「ラウムも知らないようだった」と付け足した。


「シエライトの開発はこの国の汚点だよ」


背後から唐突に声がして、彼らは同時に振り返った。段ボールからはみ出すほどの膨大な数の野菜を抱えている、店主の姿があった。中年とは呼びにくいスレンダーな身体が特徴的で、頭に巻いた赤いバンダナにはじっとりと汗が滲んでいた。


「話は終わったのかい?」

「ええ。彼は忙しい人だから。ところでさっき何と?」

「シエライトの話をしているようだったから」


店主は笑った。深い皺が顔に刻まれ、彼らより一回り長く生きてきた年数を感じさせた。


「30年前に起こった内乱の火種がシエライトなんだよ」

「かつてこの国で何があったんだ」


店主はカウンターの向こう側に段ボールを置き、片隅に放り出されていた黒いエプロンを身に付けながら言った。


「新素材の製造を強行した東とそれに反対した西が対立し内乱が始まったのさ。正確には巫女の声を無視した東と尊重した西の対立だがね」

「ここでも巫女が絡んでくるのか」

「新素材は国を豊かにし、民を幸福へと導く。東はそう主張したが、巫女はそれに強く反対した。東の新素材開発の目的はそれを戦争に利用することだったから。それなのに東は開発を強行して、あの事件が起こってしまった」

「噂に聞いた魔法文明の暴走ってやつか」

「ああ、恐ろしい話だ。30年前の話さ。シエライト製造中に大爆発。そこから、膨れ上がった不満が戦を起こさせた。もう口論じゃ収まらないところまで来てたんだ。結局、激しい内乱の末、西は国境に巨大な壁を作り、完全に鎖国した。まあ、そんな危ない行為を強行した東に賛同しない西の気持ちは充分に理解できるがね」

「だがあんたは東に住んでるじゃないか」

「基本的に移住は禁止されているから、当時製造に賛同した者やその子供達は東に住むしかない。各個人にどんな思想があろうとね。しかし一方で既にこの国に無くてはならないものであることも皆分かっている。シエライトが生み出す魔力が生活の要となっていることも分かっている」


どんな危険があろうと、どんな犠牲があろうと人間は非情になれる。それは約30年生きてきたルージュがいやというほど感じてきたことだ。


「爆発の原因は分かったのか?」

「政府からは作業員の過誤が原因であったと報道されたが、実際は分からないよ。御託を並べられても私たちはそのシエライトが何物か説明することすらできないのだから、その真偽を判断することなど無理だ」


店主は首を竦め、眉を顰めた。もうシエライトの事について話すことはないと云わんばかりに、彼はルージュ達に背を向けて、棚に並んだ酒を整頓し始めた。あまり長居しても邪魔になると判断し、彼らはその場を去ろうとする。


「ありがとう。開店前に邪魔をした」


ナシュアが深くお辞儀し感謝の意を述べると、店主は「構わないよ」と微笑んだ。営業スマイルであったのかもしれないが、とても好感が持てるいい笑顔だ。



彼らが店を出ることには陽は傾いていた。太陽はその身を変えたようにオレンジ色に輝き、背の高い建物の石壁を照らしている。


――ナシュア。


店を出るなり突然聞き覚えのある声がして、2人は足をとめた。


――ナシュア、私だ。ティラだ。あまり騒ぎになりたくないので姿を消したままお前達に語りかけている。


ティラの判断は賢明だ。確かにここで彼が魔犬の姿を見せれば、道歩く人々に魔族の出現と騒ぎ立てられることは目に見えている。


「あまり驚かせないでくれ。そうか、貴方は姿を消せるのだったな」


彼女は全く驚いた素振りなどなかったが、そう言って微笑を浮かべた。


――先ほどの話、シエライトのことだが。


「シエライトがどうかしたのか」


――先ほどの男が身に着けていたあの鎧。あれは私の見立てでは、守護獣の生み出す涙果るいかが含まれている。


「涙果?! あれが?」


ルージュが思わず引っくり返りそうな素っ頓狂な声を上げたため、丁度彼らの前を通り過ぎた中年女性がこちらを振り返った。ルージュは取り繕うように笑い、その場を凌いだ。


「ルージュ、何だ。涙果とは」

「守護獣は巫女の剣だ。それは比喩的な表現でもあり、巫女の代わりに竜を貫くための武器として守護獣は機能する。でも巫女を守るために、守護獣はその身に秘めた魔力を結晶として生み出すことがあるらしい」


――涙果は武器であったり、盾であったりいろいろだ。私はスウェロのために涙果を生み出したことはないが。


レリスの内乱で、ティラは代わりに自身の身を穢し、巫女の命を脅かす人間を殺した。幼いティラにとっては涙果を与えることでは無力であると判断したのだろう。


――先ほどの鎧からは確かに涙果の気配がした。守護獣である私が言うのだから、間違いない。


「だが、この国の守護獣は行方不明になったという話ではなかったか」


ラウムの話では、内乱の最中いなくなってしまったという話だったはずだ。巫女が西にいるのだから、守護獣も西にいる。ただ、東の者が行方をしらないだけかと思ったが――。


ルージュは思案する。

もし、シエライト製造のために守護獣が東に囚われているのだとしたら?


当然それを知れば、西に住む風の巫女は黙っていないだろう。

内乱で失われた守護獣を取り返すために、策を打ち出してくるに違いない。


全て話を継ぎ接ぎして構築した仮説にすぎない。

だが、西と東を繋ぐものは巫女と守護獣しかないのだから、この仮説をただの妄想であると鼻で笑うことができないこともまた確かだ。


「ナシュア」

「なんだ?」

「襲撃されたっていうクルーゼ博士の家に行こうぜ」


ルージュが突拍子もない提案をしたため、ナシュアは思わず彼の顔を凝視した。年齢にそぐわない、悪戯を考えているような幼い笑みを浮かべる青年に、彼女は頬を緩めて笑った。



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