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RONDO  作者: maric bee
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釣りの提案

「しかし貴方達が軍部をウロウロするわけにはいかないでしょう。どうするつもりですか」


左から順にルージュとナシュア、そしてラウムという位置で、彼らはカウンターに座っていた。ニスを塗られた滑らかなカウンターにうなだれるようにしてラウムが訊ねる。顔は厳めしいのに、声が泣き出しそうなほど上擦っている。


「そうだな。闇雲に探して分かるような奴じゃないだろうな。そんなに簡単に見つかるなら、スパイ失格だ」


ナシュアが首を竦めて言う。


「あんたはどうするつもりだったんだ」


ルージュに訊ねられると、ラウムは目をパチクリしてから伏せた。みるみるうちに頬が紅潮していく。


「お恥ずかしい話ですが、何にも考えてませんでした」


確かに広場で座り込んだ彼は、状況を打開する策を考えるというより絶望的状況に悲観しているようであった。ルージュは「顔は勇ましいのに女々しい奴だな」と内心思ったが、口に出して無駄に時間を引き延ばしたくないので黙っていた。


「仕方ないな。釣りをしようか」

「釣り?」

「相手が黙っていられないような情報を横流しするんだよ」

「黙っていられないような情報? そんなものがありますか。西ウェルシュの国勢すら分からないに」


ルージュは不敵に笑い、頬をさする。


「西ウェルシュの詳細な国勢は分からない。俺達がもっている情報エサはたったひとつしかないな。」

「風の巫女、か」


彼は頷きカウンターから立ち上がり、熱心に弁論を説く宣教師の如く話始めた。


「例えば、彼らは巫女を崇拝しているとする。もし東に存在するものが西の脅威となるようであれば、スパイはその情報を得んと動き出すだろう。巫女にとって脅威なら尚更だ」

「巫女は西にとっても東にとっても大切な存在ですよ。巫女は西ウェルシュに住んでいますが、巫女が死んだ情報だけは東にも伝わるようになっています。西と東が同じ国だったのだという唯一の証が巫女なんですよ」

「風の巫女の守護獸は? まだこの国の守護獸は生きているのか?」

「守護獸? 『巫女の剣』のことですか」


巫女の剣。巫女を守るために、あるいは竜を貫くために生み出された存在だ。


「守護獸シエラは内乱の最中いなくなってしまったと祖父からは聞いてますが」


レリスの内乱で人間を殺し、血で汚れてしまった守護獸ティラ。どこにも憎しみと悲しみが蔓延していて、聖なるモノが片っ端から堕ちていく。世界に蔓延る闇の波動を感じずにはいられなかった。


「もうひとつ確認したい。さっき流出したといっていた情報ってのは何の情報だ」

「そんなこと言えるわけないじゃないですか。機密情報をベラベラ話してたらオレが怪しまれますよ」


ラウムは両手をぶんぶん振りながら、不可能を主張する。


「ケチだなぁ。中身についてはどうでもいいんだよ。俺の推測だが、ただ東の情勢を把握したいがためにスパイを潜ませたんじゃないと思うんだ」

「どういう意味です?」

「何か目的があるんじゃないのか? 知りたい情報が東にあると踏んで軍部に入り込んだんだ。そうじゃなければ足がつくような無茶なことしないだろ?」

「まぁそいつにとっては本当に不慮の事態だったでしょうけどね。オレが軍部に迷い込んだ黒猫を追いかけて、いきなり機密文書庫にやってきたんだから」


愛らしい迷い猫を追いかける強面男。もはや絵面が滑稽すぎる。


「オレが見張り当番だった夜のことですがね。まぁ通例深夜に書庫に出向くような奴はいないから、スパイは安心してたんでしょうね。そこにいきなりオレが来たから、痕跡を消す間もなく逃走ですよ。オレの手柄だってのに、オレのアリバイがなくなって犯人にされたわけです」

「猫に目を奪われて職務を放棄したんだから、その報いだろ」


ルージュは冷然と言い放った。彼もかつて騎士団の団長を務めていた男だ。自分の部下が猫にかまけて仕事を投げ出せば、厳しく叱り、場合によっては拳さえ振り上げるかもしれない。

緊張感を感じさせない柔和な笑みを消した反動で、その場の空気が凍結していくのをラウムは感じていた。言えることは言っておくべきかもしれない。ラウムは急激に自責の念に駆られ、思わず口を開いた。


「な、無くなったのはシエライトに関する書類でした」


中身さえ言わなければ問題はないのだ、と自身に言い聞かせながら彼は言う。


「シエライト?」


ルージュが首を捻ると、ナシュアが「東ウェルシュが誇る素材のことだ」と説明した。


「シエライトは絶大な魔力を結晶化させたものだと思って下さい。強度の高さはオレが知る限り1番ですし、何より人の持つ魔力を増幅させる機能があるのです。ちなみにオレが着ているこの黒い鎧もシエライト製です」


そう言ってラウムはベージュのローブから鎧の一部を覗かせた。


「そんなスグレモノ、恐ろしくて俺は絶対に装備できないな」


身体に埋め込まれた魔素を制御することですら大変なのに、増幅などされてはたまったものではない。


「西のやつがシエライトの情報を求めるのは何故だろうな。あんたはシエライトのことをどれくらい熟知してるんだ」

「オレは知らないですよ。詳しく知っているのは軍団長くらいじゃないですかね。もしかしたらリザルト先生は知っているかもしれませんが」

「リザルト先生?」

「リザルト副軍団長のことです。オレの恩師ですよ。かつてはシエライトの開発計画に反対していたらしいです。開発当初に軍にいた人間の大半は内乱に巻き込まれて死んだそうですから、希少な存在ですよ。そもそもシエライトの考案者は」


ラウムが語っている最中に、バタバタと騒がしい足音が聞こえ、勢いよくサンセットの扉が開けられた。


「やっぱりここにいたか! ラウム」


激しく息を切らし、入り口に立っている男もまた黒い鎧を身に付けていた。


「ラスタ。そんなに血相を変えて何かあったのか?」


何かが起こったのは間違いないだろう。ラスタと呼ばれた男の焦り方は尋常ではない。


「クルーゼ博士が何者かに襲われた」


知らない名前が飛び交う中、みるみるうちにラウムの血の気が引いていく。


「クルーゼ博士って誰なんだ?」


ルージュが訊ねるとラウムは顔を強ばらせ、喘ぐように答えた。


「クルーゼ=フィン博士。シエライトの開発者でリザルト先生の弟だ」


ラウムと共に開店前のサンセットにいる薄汚れた男と絶世の美女。不審に思われたのか、彼らに向けられるラスタの視線は冷たかった。


「こちらの方々は?」

「この人達はオレの友人だ」

「ラウムに冒険者の知り合いがいるとは意外だったな」


ラスタは目を丸くして、ポツリと呟くように言った。


「リザルト先生がお前を呼んでいる。何やら話があるようだが」


数時間前に話をした相手に再び呼び出されるなんて。その場にいる誰もが聞こえるようなボリュームで、ラウムは盛大に溜息を吐いた。


「オレは軍に戻らないといけなくなりました。お二方は決して無理をなさらぬようにお願いします」

「無理なんかしねぇよ」


ラウムは手荒な真似をするな、と釘を差したつもりだったのだろう。ナシュアがふっと頬を緩めて笑った。


「この男は無理はしない。無茶はするがな」

「え?」


聞きそびれたラウムが再度問うが、説明をされる前に彼はラスタに引っ張られるようにして退室した。あの勇ましい容貌が滑稽に思えるほど、その姿は弱々しかった。ラウムがいなくなったサンセットはその名の通り、沈んだ夕陽を惜しむような哀切なる空気に満ちていた。



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