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RONDO  作者: maric bee
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接触

麗らかな昼下がり、ラウムは背丈の高い建物が建ち並ぶ大通りを歩いていた。黒鎧を脱ぎ捨てる元気すらなかったので、全身を覆うベージュのローブを着て気張らしに兵舎を飛び出したのだった。


彼の頭上をスウェバーと呼ばれる魔力を機動力とする浮遊バイクが走り抜けていく。向こうが相当焦っていたのか、こちらが呆然としすぎたのか、もう少しで衝突するところだった。本来なら危険な運転をする違反者を取り締まるところだが、そんな気分にもならず見て見ぬ振りをする。


 快活な天気とは裏腹に、彼の気持ちは沈んでいた。悶々とした彼を慰められるものはあるのだろうか。彼の頭に浮かんだのは1人の女性だった。


 かつて隣国のレリスから外交の使者として派遣された騎士団長の女。ラウムは彼女の滞在期間の警護を命じられたのだった。美しすぎる無駄のない顔からは全く表情が読みとれず、むしろ冷淡にこの国を分析する機械のようだと思った。出会った当初はウェルシュに対して敵対心でもあるのかと勘違いさえしそうだった。

 彼女はどちらかと言えば寡黙だった。警護中に無駄口を許すような気配はないし隙もない。彼女には警護など全く必要ないのではないだろうかと彼はなんども思った。しかし時折悲しそうな表情を浮かべており、敵国に差し出された姫君のような脆さがあった。そんな彼女の二面性に興味が湧いて何の気なく話しかけたのが仲良くなったきっかけだった。

 警護の任務を終えて以降、彼女は年に数回、軍事に関する交渉でウェルシュを訪問することがあった。その度に彼女とラウムは街外れの酒場で飲み、他愛のない愚痴を言い合った。相手は隣国の騎士団長。本来は一兵卒ができることではないだろう。


 こんなスパイ疑惑をかけられたことを彼女に伝えたら、何と言われるだろうか。おそらく一笑に付し、「男のくせにメソメソするな」とあしらわれるに違いない。それでもいい。ラウムは彼女に会いたいと強く願った。


 しかし一方で、そんな想像もするだけ虚しいだけであるという自覚もあった。数日前に彼女が病気で亡くなったという訃報が報じられたのだから。


 彼女が死を待つような重病を抱えていたという話を聞いたことがないだけに、その知らせには驚愕した。思い返せば、彼女はあまり自身のことを語らなかった。美女を前に舞い上がっていた自分が猛烈に情けなく感じる。


 大通りを抜けた先にある広場に辿り着き、彼は丸太造りのベンチに腰掛けた。広場には風呂敷を広げて骨董品やアクセサリーを売っている違法の路商達がいた。これに関しても本来は自分が取り締まるべきであることを自覚していたが、もはやそんな気分ではない。


「いい天気だなぁ」


急に見知らぬ男が傍らに座り話しかけてきた。普段ならば「そうだね」と同意し愛想笑いすらたやすく作られたであろうが、タイミングがタイミングなだけに、ラウムは男の慣れ慣れしい態度に苛立ち冷ややかな視線を向けた。


「こんな天気とは相反して浮かない顔をしてるな。何かあったのか」

「……放っておいてくれ」

「放ってはおけないなぁ。あんた、自殺すらしそうな顔してるぜ」


ちらりと男を見る。澄んだ深緑の瞳と目が合い、反射的に反らした。


「別に自殺なんかしない。放っておいてくれ」


最初は新手の路商のセールステクニックかと思ったが、明らかに男の様相から違うことは分かった。確かに取り繕ったような笑みと調子のいい明るい口調は商人のようであるが、少し色褪せたローブと鋭利な刃物のような眼光は、物を売る人間にしてはあまりに異質だった。


「あんた、冒険者か」

「おぉ、ご名答。汚い格好のせいでバレたのかな」

「何となくな。あんたはここらで獲物を探してる商人には見えないよ」

「それは褒め言葉として受け取っておこう。実はウェルシュに来たのは初めてでね、東ウェルシュがこんなにも栄えているとは思っていなくてビックリしたんだ。魔法文明国とは聞いていたが、ここまでとは」

「そりゃどうも」


別に自分が褒められた訳でもないが、祖国を褒められたのだから代表して感謝の意を述べることくらいはすべきだろう。相手がいかに怪しげな冒険者だとしても。


「西にはやっぱり行けないんだな」


男が突然このタイミングで「西」のことを言及したことに、ラウムは過敏に反応した。一瞬ビクリと身体を反応させ、目を見開いて右手をブンブン振る。


「西のことなんてオレは知らん」


ラウムが捨て鉢に言うと、男は無神経に「怪しいなぁ」と茶化した。


「軍で何かあったのか」


ラウムははっと顔を上げ、再度男の顔を見る。先ほどのヘラヘラした顔はどこか精悍なものに変わっているように見えた。


「どうしてオレが軍の人間だと」

「悪いが兵舎からあんたをつけてたんでね。うなだれるあんたの背中をひたすら追いかけてきたってわけだ」


尾行されていた? 警戒心からラウムは立ち上がり、一歩たじろいだ。そんな彼の様子に男は柔らかな笑みを浮かべて手をひらひらさせながら「別に何もしないって」と弁解した。


「あんたに会わせたい人がいるんだよ」

「オレに?」

「あんたがラウム=ニステルだろ」


男は不躾に指先を向けて訊ねてから、「俺は冒険者ルージュ。よろしく」と歯を見せて笑った。



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