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RONDO  作者: maric bee
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フューリ

砂漠を抜けた先にはウェルシュ東端の小さな村がある。

入り口の村スイード。そこにあるのは、水とビエロンを取り扱うだけの商店と数組の旅人が泊まれそうな宿、あとは数件の民家だ。砂漠の王都レリスと巨大な文明国ウェルシュの中継地にしては随分と寂れている。

驚いたことに砂漠を抜けた途端に雨が降り始め、あっという間に草臥れた彼らの身体を濡らした。


「そいつを宿に運ぼう」


ナシュアはビエロンから降り、ルージュの背中で意識を失ったままの男に手を伸ばした。


「どうした?」


ビエロンの上で呆然としたままのルージュに怪訝な表情を向けると、「いや、別に」と彼らしくない素っ気ない答えが返ってきた。明らかにおかしいが、今は男を安静にできる場所に移動させることが優先されると判断し、ナシュアは追及せずに無言のまま男をゆっくりと下ろした。


雨足は強まり、彼らは逃げ込むように宿に飛び込む。宿と言うにはあまりにお粗末な木造の小屋であったが、贅沢を言うわけにもいかず一泊を過ごすことにした。


大人1人寝そべることすら怪しい朽ちかけたベッドに男を寝かせ、水を吸ったローブをはぎ取り、布団を被せてやる。男のオレンジがかった茶色の髪をタオルでぐしゃぐしゃと拭いてやるが、どんなに手荒に作業をしても男は呻き声ひとつあげなかった。


「私達も休むとしよう」


既に自分のベッドを決め寝転んでいたリュダは深い眠りに落ちていた。ビエロンに乗っていたとはいえ長時間の砂漠の旅が彼らの体力を削っていたのは言うまでもない。


「明日は町へ出て西ウェルシュに抜ける方法を探すことになる。休んでおくべきだ」

「あぁ」


魂が抜けてしまったような返事をしたが、ルージュの表情は険しく真剣である。このうつけのような男もいつものヘラヘラした軽薄な笑みを除けば聡明に見えることにナシュアは感心した。


「ルージュ。やはりお前、さっきから何かおかしいぞ」

「あ、あぁ」

「どうしたんだ」


彼女が顔を近付けてのぞき込むと、ルージュは我に返ったようで、小さく悲鳴を上げて仰け反った。


「体の調子でも悪いのか?」

「そうじゃない。ちょっと考え事をしてただけだ」

「お前のような男が深刻そうな顔をしているのはどうも不吉な気がする。やめろ」


ナシュアはうっすらと微笑を浮かべている。


「俺だって人なんだから深く考えることだってあるさ」

「何かあったのか」


そう言って彼女は慣れた手つきで濡れた甲冑を外し始める。


「話したくなければ話すな。黙ってウジウジ暗い顔をするくらいなら話せ。こっちの調子が狂う」


彼女は椅子にかけられた薄汚れたタオルで長い髪を乾かしながら言った。男と同室だろうが、タオルが汚れていようが全く気にしないのは、女性としては随分逞しいものだと、ルージュは素直に感服する。それでも佇まいにどこか気品を感じるのは、彼女が王女たる所以であろう。


彼は熟睡する男を見下ろしながら、あの言葉を口にした。


「リリィ=アンジェに光あれ」

「何だ、それは」

「ナシュアは『フューリ』のことを知ってるか?」


彼女は即座に首を横に振った。


「フューリとはエルースに最後まで抵抗した民族の名前だ」

「エルースは侵略戦争をまだ続けているのか」

「いや、先代の影王の時が最後だよ。先代は随分近隣諸国に戦争をしかけていたけど、王が変わってからは平和そのものだ」


あのお人好しが、名誉や野望のために戦争を提案する様子など微塵も想像もできない。


「フューリは独特の宗教を信仰するために、エルースに狙われ迫害された。虐殺だよ。彼らの信仰が危険だという大義名分を掲げ、王は力を以てフューリを滅ぼした」

「どこも血生臭い話ばかりだな。で、危険な信仰とは?」

「竜信仰さ。神竜リリィ=アンジェを王とし崇めるんだ。代わりにエルース王を汚れた器として蔑視する。エルース王からすればこの上ない侮辱ってわけだが」

「なるほど。つまり先ほどの言葉はフューリの」


ルージュは小さく頷く。


「その言葉をこの男が口走ったんだ」

「ということは」

「あぁ。こいつはたぶんフューリの生き残りだろう。エルースからの亡命者だ。何故レリスに向かっていたのかは不明だがな」


ナシュアは部屋の隅に置かれた腐りかけの木の椅子に腰掛け、「まだ腑に落ちんな」と指摘する。


「お前の深刻な顔の理由はさっぱりだ。こいつが竜信仰者の生き残りだからどうだというんだ」


目を閉じれば、一瞬で別の世界に行けそうだった。相当疲れていたのだろう。瞼が石のように重く、自然と閉ざされていく。

ナシュアの問いは的確だった。考えていたことは彼のもっと深い部分に隠されている。

彼が抱える悲壮な記憶だ。

生きている自分に反吐が出そうになるほどの重罪の過去だ。

未だその罪を口にする勇気がない自分に、更に嫌気がさす。追いかけてくる過去から逃げ出したい衝動に駆られ、ルージュは猛烈な睡魔に身を任せることにした。


彼の体はそのままベッドにダイブした。ぎしっと軋む音がしたものの、奇跡的にベッドが倒壊することはなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。相変わらず暗い話ばっかり。。。

まだまだ続きます(笑)


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