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RONDO  作者: maric bee
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人助け

きっかり15分後、彼らはビエロンに跨り、緑のオアシスを抜けて再び乾いた大地を駆けていた。先ほどの麗しい光景は幻であったとしか思えないほど、単調で殺伐とした風景にウンザリしているルージュの横で小さく声を発したのはリュダだった。


「何かいるよ」


ルージュが目を凝らしても、そこには揺れる蜃気楼しかない。幻覚でもいいから、砂漠の大地以外のものが見えたらいいのにと苦笑していると、「倒れてる。人間みたいだ」とリュダが今度は輪郭を帯びた声で言った。


リュダは常人にはない視力を持っている。視力だけではない。聴力も腕力も人では決して持たざるものを彼は持っていた。そもそもリュダは人間ではないのだから、当たり前と言えばその通りである。

リュダが人影を発見してから数分。

砂漠の砂にまみれた状態で黒いローブを纏った青年が倒れていた。頭まですっぽりと隠れるフードを被ったまま、意識を失っている。一瞬死体かと思ったが、男の指先が僅かに動いたため、ルージュはビエロンから飛び降りて彼を揺さぶってみる。


「しっかりしろ」


男の肌は砂漠の砂の色を真似たように生気を感じさせないものになっており、既に砂漠に取り込まれて無機物に成り下がろうとしていた。身体はぐにゃりと脱力し、うめき声すら上げられないほど衰弱しているようだ。


「脱水症状のようだな」


既に虫の息の男を前にしても、ナシュアが取り乱すことはなかった。ヒョイとビエロンから降り、表情を動かすことなく水筒を手にした。彼女は慣れた様子で男を抱え、無理矢理男の口に水筒を押しつけた。


「徒歩で砂漠を抜けるつもりとは……。最近は無謀な真似が流行っているのか?」


ナシュアがちらりとルージュを見るなり、彼は愛想笑いを浮かべる。


「相当な自信があるのか、ただの馬鹿かどちらかだな」

「どちらも、ということも有りうる。お前のようにな」


ナシュアは真顔であるが、おそらく彼女なりのジョークだと判断する。否、「判断したい」という願いに近いかもしれない。


「どうするの? 放置するわけにもいかないでしょ」


リュダがビエロンの上から問う。このクソ生意気な少年も性根は優しいことをルージュは知っている。


「ここからオアシスに戻るのとウェルシュに行くならどっちが近いんだ?」

「残念だが、どちらも同じくらいに遠い。ならば先に進む方が良いだろう。安静に、と言いたいところだが、この状況ではそれは望めない」


灼熱の砂漠にいるだけで、死は刻一刻と近づくだけだ。今は前に進むか、後ろに退くか、どちらかを選択する必要があることは、砂漠に住まないルージュですら簡単に分かることだった。

ビエロンに大人2人を運ばせることは簡単だ。それは既に砂漠で遭難した彼自身が証明済みである。


「全速力で行けば、あと2時間ほどで着くはずだ。何度か立ち止まり、水分補給をするべきだとは思うが」


水が気管に入ったのか、男がケホッと微弱な咳をした。彼の生体反応を見たルージュが「生きてるふりをしている死体じゃないようで良かった」と安堵の言葉を発した。


「一応訊ねるが、この男は魔族じゃなかろうな」

「さあ? 少なくとも俺のセンサーには反応しないよ」


そう言いながら、ルージュは自らのこめかみにトントンと指を当てる。

もし、意識を喪失してもなお力を制御しうるほどの手練てだれならば話は別だが。彼は心の中でそう付け足す。


結局ルージュが男を担ぎ、ビエロンに乗せた。意識が全く無いため、黒ローブの男を背負うような形となった。男が男を負ぶうことよりも、干からびたミイラを背負うような感覚に嫌悪感を感じていたが、ルージュの中で燻っている正義感が男を手放すことを許さなかった。


やがて日が傾き始め、砂漠が橙に輝き始める。急激に気温が下がり、それに伴い風が強まる。夜に来る嵐の到来を予感させる。あのままにしていたら、この男は本物のミイラになり朽ちていただろうな。ルージュは背中に身を任せている見知らぬ男を見た。


砂塵にかき消される僅かな吐息。それでも懸命に生きようとしている命。あの小さくて馬鹿な小僧は、このたったヒトツの命を救ったことを自覚しているのだろうか。


その当たり前の行為に対して、胸を張る権利を有していることを自覚しているのだろうか。


セラは、――つまりは現在のエルース王でありルージュのかつての親友のことであるが、彼は目の前で朽ちていく儚い命の悲しい結末を嘆いた。大国を動かすほどの絶対的な権力を持ち、華やかな衣に身を包む彼は、しょせんは闇の器にすぎないことを恥じ、その豪勢な衣が拘束着であることを嘯いた。


王が誰かに手を差し伸べるという行為そのものが、思想であり、象徴となる。

王という衣を着ることで、善意ある人間が些細で当たり前に思えることを禁じられる日が、いずれはリュダにやってくる。


ルージュの頬に吹き付ける細かな砂の粒が静まった時、青年の呻き声が聞こえ、続いて小虫の羽音のような脆弱な声が聞こえた。


「……リリィ」


あまりにか細い声だったからだろうか、それとも屍が息を吹き返したような驚きが先行したからだろうか、ルージュはさほどその呟きに反応しなかった。


しかし、後に続いた男の言葉に彼は硬直した。


「……リリィ……アンジェに光あれ」



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