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RONDO  作者: maric bee
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ビエロンの上で

スウェロに感謝の意を告げて別れてから1時間、熱気に揺れる広大な地平線を眺めながら、ルージュ達はただひたすらに前へ進んでいた。彼らはレリス騎士団が砂漠で行動する時に使用しているビエロンという鹿と馬を混ぜたような生き物に跨り、まだ見えぬ砂漠の果てに向かって疾走していた。繁茂した長毛が大地を蹴る度にふんわりと浮かび上がる。


「もっと速く! もっと走れ!」


リュダは弾む声を上げ、ビエロンを加速させた。純白の肌が太陽光線を反射し、彼自身が輝く太陽そのもののようだ。ルージュは目を細めながら彼を見やる。


「おい、ペースを考えろよ」


ビエロンも生き物であるのだから、急激な速度上昇で無駄な体力を消耗することは間違いないし、避けるべきであろう。忠告を無視し、彼らの前を駆け抜けていくリュダの背中を不服そうにルージュが見つめている。そして不満そうなルージュの様相を並走するナシュアが眺め、ふっと小さな笑みを浮かべた。


「元気なものだな」

「あいつの取柄はそれくらいだ」

「あとは底知れぬ蛮勇くらいか」


ナシュアがそう言うのは、出立の時のリュダの一言に起因している。


「砂漠の外から歩いてここまで来たのだから、歩いて出られるさ」


常人には成し得ないそのようなことを不敵に言ってのけたのだから、傍らでルージュは溜息を吐かずにはいられなかった。その後に続いた、「徒歩で砂漠を駆け抜けることが可能なのは、魔族くらいだ」と言ったナシュアの言葉がなくとも、彼女に対して、リュダ自身が「魔族」であることを告知したようなものだと容易に想像がつく。


「砂漠を抜けてからのことだが、どこに向かうんだ」


滲む汗を拭いながら、ルージュは問う。全身に刺すような太陽光を浴びながら、一滴の汗もかいていないナシュアは全く別空間にいるようだ。


「ここから一番近い所となれば、風の巫女に会うことになるだろうな」

「風の巫女というと、『ウェルシュ』か」


ルージュが記憶している僅かな情報では、ウェルシュは魔法都市と呼ばれている。彼が知るエルースの魔術師達は皆、その地に憧憬の念を抱き、よく口にしたものだった。そのことを告げると、「それは強ち間違いではない」とナシュアは口を歪め、そしてまもなく「だが、正解でもない」と続けた。


「どういう意味だ」

「確かにウェルシュはかつて魔法都市として、世界中に名を轟かせていたようだ。だがそれは私が生まれる前の話だ。今ではその面影は半分しか残っていない」

「半分とは、また不思議な表現をするものだな」

「そのままの意味だ。今ではウェルシュは西国と東国に分裂している。西国は魔法肯定派、東国は魔法禁止派として、各々独自の文明を反映させている」


レリスのクーデターの件といい、ウェルシュの分裂といい、どこも物騒で不穏な話ばかりだとルージュは思わず眉を顰める。王が失われ強大な闇が復活しつつあるエルースはどう考えても悲惨な状況であるが、箱庭の外側にまでこうも灰色の絶望が蔓延しているとは。


「分裂ね。そこにもまた血生臭い歴史の匂いを感じるよ」

「私も詳しくは知らない。東国の軍部から知らされた情報によると、30年ほど前に魔法の暴走があったらしい。発展した文明がそれ自身の力により崩壊したために、人々は二論を唱え始めた。分裂のきっかけはそれのようだ」


ナシュアは腰に身に着けていた銀色の水筒を手に取り、口を付ける。ルージュもふいに喉の渇きを感じ、同調するように水筒に手を伸ばす。


「残念ながら私は東国しか行ったことがない。東国はレリスなど比較にならないほど大きな商業都市として栄えている。交易が盛んで、隣接しているレリスとは平和協定も結んでいる」

「なるほど、隣人に寝込みを襲われるようなことはなく安心というわけだ。西国の方は?」

「西国は鎖国状態だ。そして困ったことに、風の巫女は西国に住んでいるという情報がある」

「それは気に入らない情報だな。また国に秘密裏に侵入して、美女に恐ろしい尋問を受けるのはごめんだぜ」


ルージュはそう言いながら、レリスの兵舎でナシュアと向かい合い尋問された時のことを思い出す。あの時、まさかこうして彼女と共に旅をすることになろうとは誰が想像できただろう。それが予測できるならば、この世界の行く末すら容易に想像できるに違いない。


「恐ろしい尋問とはよく言う。あの時、全然脅えてなかったではないか」


ナシュアが真顔で言った。冷やかしているつもりなのかもしれないが、表情が伴わないせいで、怒っているように見える。


「脅えていたさ。死んじゃうんじゃないかってな」

「ふざけた男だ。あのままでは、無事で済まなかったのは我々の方だっただろう」


彼女が言うことを安直に否定することはできなかった。確かにあの狭い部屋で複数の兵士達に襲いかかられては、殺しはしなくとも、無傷で彼らを退けられなかっただろう。

既にリュダは数百メートル先を走っているようだった。眼前で熱気に揺らめく景色を見つめ、ルージュは項垂れる。


「ところで、この砂漠はあと何時間走れば抜けられるんだ?」

「あとおよそ8時間というところだろう。半分も走れば、レリスとウェルシュの中継地点となっているオアシスがある。そこで休憩するとしよう」


何度拭っても噴き出し続ける汗を垂れ流しながら、ルージュはナシュアの顔に目を凝らす。相変わらず涼しげな顔をしているナシュアは「何か文句があるのか?」と静かに告げた。「どうやったら、そんな涼しい顔ができるのか教えてくれ」と零しそうになったが、無駄な問いであることには変わりなくやめた。


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