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RONDO  作者: maric bee
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旅立ちの朝

久しぶりの更新です。お待たせしました(?)。

全然書けなくなってて、やばいです。。。

朝陽が砂漠の地平線から顔を出す前に、彼らはすでに兵舎を出て、町全体を囲う土壁に凭れながら、ほのかに紫色を帯びた薄暗い空を見ていた。町の中心からはすでに人々が放つ熱も音楽も失われているようで。砂漠の中心にいながらも、静寂の浜辺に佇んでいるような錯覚に陥りそうになる。


「夜が明けるな」


ルージュが抑揚のない声で言った。昨夜眠れなかったリュダは目を擦りながら無言で頷くだけだった。


昨夜のことを思い出す。

彼の抱える憎悪が、隙だらけの彼を蝕もうとしていた。その彼を救ってくれたのが、悲劇の運命を待つあの憎たらしい巫女だったことがあまりに意外だった。


リュダは傍らに立つ男を見上げる。いつもは緩んでいる頬はいつにもなく硬直しており、精悍な美獣に見えた。こういう顔を見た時、リュダはルージュが騎士団の頂点に君臨していた者であることを実感する。それ以外のときは唯の阿呆面だ。


しばらく呆けていると、街道を颯爽と歩くナシュアとスウェロの姿があった。ナシュアは相変わらず仏頂面で、紺色のマントを身に纏っている。スウェロは昨夜の露出した服装とは異なり、全身を覆う薄いオレンジ色のローブを身に着けている。


「待たせたな」


ナシュアは短くそう告げる。


「いや、構わない。それよりも案内役についてだが」

「案内役は私だ」


眉1つ動かさずに彼女はそう言った。短い付き合いとはいえ、彼女がこんな早朝から冗談をいう人間ではないことくらいわかる。


「でもあんたは」

「気に入らないか?」


不敵な笑みをうっすらと浮かべる彼女の真意が分からず、ルージュは首を捻っている。


「そりゃああんたが同行してくれるのは嬉しいよ。あんたは闘える人間だし、聡明だ。だが、あんたの立場はどうなる。この国の騎士団長が他国のために国を離れるなんて」

「おかしなことをいう男だ。自分のことは棚に上げる気か」

「俺はエルースの反逆者だからな。あんたとは違う」


悪魔に魅せられた国に追われる身なのだ。


「お前と私は大きく違わないさ。私があの愚王に命じられて騎士団長を引き受けたのは、スウェロを呪われた運命から解放し、救うための情報を手に入れるためだ。スウェロを救うためなら、この国を滅ぼしてもいいと思っている」

「俺に同行しても、その方法が見つかるとは思えないが」

「私の目的も、お前の目的も、あの物語のような伝説が関わっている。この国に存在する悲劇のシステムを壊す方法を知るには、この腐った国でフェリンの情報を待つより、自分の足で動いた方が効果的だと思わないか」


やはり腑に落ちなかった。それだけで彼女がこの国を離れるというなら、もっと早く動き出していたのではないだろうか。ルージュの怪訝な表情に気付き、ナシュアは「更に言うなら」と付け加える。


「私の目的は、お前の国だ」

「エルース?」

「フェリンと私はスウェロを救うために、情報をかき集めた。だが、どうしてもエルースに関連する情報は皆無なのだ。入ることは勿論、情報すら滲み出してこない」


閉ざされた楽園。その全貌を知る者は国内にもほとんどいないだろう。そもそも、外に溢れ出た情報が真実かどうかなど、疑わしいものだとルージュは苦笑する。


「私はお前のような男を待っていた」


ナシュアは真っ直ぐな眼で彼を捉える。凛としたその態度とは裏腹に、その瞳には助けを乞うような脆弱な色が含まれている。


そうか。ルージュはようやく納得する。氷山のような心に包まれた、脆い部分に触れたような気がした。彼女はかけがえのない妹の命が削り取られ続けている日々に困窮し、そこから抜け出そうと、必死にもがいているのだ。いつ時も無駄のない生き方をしているような彼女はただの偶像であったのだろう。


「あんたがいなくなったら、スウェロに危害はないのか」

「それについては、問題ない。私は昨夜死んだことになっている」

「死んだ?」

「あの夜騎士団に現れた魔族を少し加工しておいた。あのむくろに私の鎧を着せ、母の形見のペンダントをくれてやったよ。ストーリーはこうだ。魔素に蝕まれた可哀想な王女がフェリンに正体を暴かれ逆上したところを一刀両断。これでフェリンは英雄だ」


彼女は肩を竦めて、冷笑を浮かべた。横にいるスウェロも寂莫の思いを抱えながらも微笑を浮かべている。


「騎士団の連中は、口裏を合わせてくれる。あいつらは裏切るような馬鹿な人間じゃないさ」

「魔族が1人潜んでいたってのに、楽観的なもんだな。まあいい。あんたがそういう楽観的になれる連中なんて希少だろうし」


地平線に僅かに顔をのぞかせた陽光がルージュの半身を照らした。


「そろそろ行かなければな」


街が目覚める前に旅立つべきだろう。騒ぎになってからでは遅いのだ。ナシュアは少し身を屈め、巫女の正装に身を包んだ妹と視線を合わせる。


「いってらっしゃい」


巫女の瞳は潤んでいたし、声もわずかに震えていた。それでも涙が流れることはなかった。強い娘だ、とルージュは感心する。


「どうか、ナシュアに幸福が訪れんことを」


スウェロは両の手を握りしめ、穏やかな口調でそう告げた。


「祈りじゃ世界は救われない」


ナシュアは照れ臭かったのか、窘めるように言った。


「知ってるよ。だから、私からナシュアにお守りを託すことにしたの」


既に潤んでいた瞳は、いつもの快活なものに戻っていた。スウェロが右手を上げると、景色が歪み、何もない空間に黒い渦が生まれる。


「ティラ?」


渦の中から、巨大な黒い狼が現れた。出会った時の禍々しさはなく、その様相も穏やかなものだった。


「守護獣様がこの国を離れるのか。もはや何でもありだな」


リュダが揶揄すると、喉元をグルルと鳴らし、「黙れ、小童が」と太い声を発した。


「我が牙は既にこの国の民の血に濡れている。もはやこの身は守護獣としての機能を果たせないほどに穢れてしまっているのだ。だが、巫女の大切な存在を守ることくらいは、私にもできよう」


ナシュアの顔は固まっていた。無表情というよりは、顔の筋肉がどうすればいいのか困惑しているようだ。


「あ」

「?」

「ありがとう、スウェロ」


ナシュアはスウェロを抱擁する。太陽が彼女達の全身を照らした。その抱擁はわずか数秒のものだったが、そこにいる誰もがとても長い時間に感じていた。時の流れを留めようと、留めてあげようと祈り、それが叶えられた奇跡に遭遇していた。


「大好きだよ、ナシュア」

「そういうことを口にしないでくれ。行きづらくなる」

「だから言ってるんだよ」


スウェロは悪戯な笑みを浮かべて言った。一筋の涙が彼女の頬を伝った。



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