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RONDO  作者: maric bee
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王の意志

「守護獣ティラ?」


リュダは頭の後ろに手を回しながら、先ほどまで荒々しく戦った魔獣を眺めて首を傾げる。古城の暗黒に包まれた通路を引き返し、彼らは色彩豊かな庭園にいた。ナシュアは未だ赤子のように頬を赤らめて眠り続ける巫女を運び、湿った温かい土の上に寝かした。


「守護獣に名前があっては不快か?」


そう言いながらリュダを睨みつけるティラの方がどこか不快そうに見える。首をぶんぶんと横に振り、強ばった顔のままリュダは否定する。


「それにしても、まさか守護獣がこのような有様とはな」


ルージュの深緑の瞳は、灰をかぶったような汚い毛皮を纏った巨大な魔犬を映している。


「聖なる守護獣とはよく言ったもんだ」


フンと鼻を鳴らし、ティラは自嘲した。


「私は汚れたのだよ」

「汚れた?」

「竜を貫くはずの我が牙でヒトを虐殺したのだ」


口角を引き、舌をべろりと出しているせいか、ティラは笑っているように見える。自嘲する守護獣を庇わんと、傍らにいたナシュアが「仕方ない」と呟いた。


「あのクーデターは狂っていた。常軌を逸していた。貴方があの時手を汚さなければスウェロは殺されていた」

「言い訳はできても、規則違反を帳消しにはできまい。現に私は醜い姿へと変わり果ててしまった」


紫色の歪んだ眼光はどこか憂いを含んでいる。捨てきれない希望が彼の中に存在しているのだろう。


「先ほどお前が言ったように、巫女はまだ絶望していないのか」

「俺にはそう見えたが」

「強い娘だ。目の前で親を斬首され、姉を人質に祈りを強制されてもなお、まだ戦うというのか」


ティラは健やかに眠るスウェロを見据えながら穏やかな声で言った。


「ところでお前達、何故巫女と行動していた?」


回答によっては腰に身につけた剣で刺しそうな剣幕でナシュアは訊ねる。


「知らないよ。あっちがいきなり話しかけてきたんだ。通りがかりの踊り子を装ってさ」


逆撫でしないように、慎重にルージュはありのままを語った。


「まさか巫女だとは思わないだろ? あの帳の向こうにいたのが、こんな破天荒な少女だなんて分かれば俺は超人だ」

「魔族はすぐに見抜けるのに巫女は分からんか?」

「魔族は気配で分かるけど、清廉な巫女と無邪気な少女の違いなんて分からないよ」


ナシュアは納得したのかふっと頬を緩ませた。


「何故巫女はおれ達をここに連れてきたんだろうな」


リュダは首を捻る。華奢な首がポキッと音を立てて折れてしまったように見える。


「真意は分からないが、彼女にとっては古城以外は仮初めのレリスに過ぎないのかもな」


ルージュが仮説を提案すると、その通りと云わんばかりにナシュアが無表情のままゆっくりと頷いた。


「ナシュアさんが来なかったらやばかったね」


リュダの声に冷やかしの色は含まれていなかったので、ルージュは素直に「そうだな」と認めた。


「巫女がいなくなったからここに来ているかと思い、出向いてみたら奥の方で騒がしい音が聞こえたからな」

「そりゃまぁ死闘だったからなぁ」

「で、訊ねるがお前達を追ってきた奴らは何者だ」


ナシュアの声色が変わり、出会った時のような尋問口調になった。人を服従させるような強く逞しい凛とした声だ。


「エルースの第一騎士団の奴らだよ」

「それは知っている。私が聞きたいのは、何故お前達が追われているのかということだ」


ルージュは指先で頬をぽりぽりかきながら、「俺達は罪人じゃないよ」と前置きをする。


「俺が王の器を持って逃げ出したからだ」


そう言って彼はリュダを指さす。


「あのままじゃあいつらは器を殺していた。野望のために」

「野望?」

「大いなる闇の解放だ」


ルージュの言葉に反応したのはナシュアだけではなかった。傍観していた守護獣も座っていた首をすっと伸ばした。


「第一騎士団は魔素に取り込まれた者達の集まりだよ。見ただろう、変わり果てたラザアの姿を」


角、羽根、牙が生えた異形の者。虐殺を求め、いたぶることに快感を覚える、恐ろしい少女。


「魔素に取り込まれた者とは魔族になるのではないのか?」

「エルースには魔素を強制的に埋め込む技術がある。先代の影王が作った第一騎士団の騎士達は魔素の力で強靱な肉体と力を持ってたんだ」

「屈強なるエルース騎士団のからくりはそれか」

「あぁ。だがその技術には欠点があった。強大な魔素の影響で人格が崩壊し、やがて魔族に成り下がる。既に第一騎士団は魔族の集団だよ。闇を求め、復活をもくろんでる。闇を封じ込める器を消し、縛り付けている巫女の楔を外し、光を生み出す竜を消そうとしている」


ナシュアにそこまで話すつもりはなかったのにな、とルージュは苦笑する。遭難といい、巫女との再会といい、全て想定外のことばかりだ。


「お前がいち早くそれを察知し逃げ出したのか。誉めるべきか、貶すべきか分からないな」


ナシュアが小さく笑う。吹雪く極寒の地で蝋燭が一瞬点るような奇跡のようだ。


「全ては王の意志だ」

「ほう」

「王は今幽閉されている。彼は城内の異変と、彼の中に蠢く闇の胎動に気付き、俺に指示を出した」


ルージュは虹の見える丘で王と語ったあの時を思い出す。王となった彼と話すのはどこかぎこちなく窮屈な感覚があったと思う。それでも過酷な運命を受け入れた彼の眼光は変わることなく研ぎ澄まされていた。時の濁流に呑まれ、この世の万物は変わりゆくものばかりだと諦めていたルージュに、欠片のような希望を与えてくれたのが王だった。友だった。


硬い表情で話を聞いているナシュアに不安を感じ、ルージュは上目遣いで「また俺達幽閉されるのか?」と問う。幸いなことにナシュアは「いや」と即刻否定した。


「私はとりあえずお前達を信用することにした。今更どうこうする気はない」

「良かった。安心したよ」

「お前達に同行する者はまだ未定だ。しばらく待っていてくれ」


そう言いながら眠る巫女をナシュアは抱き上げた。彼女に促され、ルージュ達は庭園を後にすることにしたが、守護獣は動くことなく彼らを見つめているだけだった。


「留まるのか?」


ルージュが問うと、ティラは「あぁ」と短く答えた。


「光を見た方がいいんじゃないか?」


浅はかな提案に答えようとしないティラの様子にやきもきしていたのはリュダだった。


「頑固だなぁ! 汚れたなら洗えばいいんだって!」

「?!」


リュダはティラの首の付け根の毛皮を両手で掴み、ぐいぐいと引っ張る。


「おれが洗ってやるから行こうよ」


鬱陶しかったのか、はたまた引っ張られて痛かったのか分からないが、驚いたことにティラは顔をしかめたまま重い腰を上げた。


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