踊り子の少女
彼らはフェリンに促されるがままに、小道を突き進んでいた。歩き進めるにつれ、先ほどの朽ちた町並みが生き返るように整備された住宅街へと変化していく。誰もいなかった街には徐々に人の気配が漂い始めた。すれ違う人々の視線は相変わらずリュダに集中していた。銀色の髪と白い肌は太陽により光り輝いており、ヒトというより獣に見えるのかもしれない。強ち間違いではないぞ、と彼らの耳元で囁きたくなる。
「この国の民はあからさまにおれのこと警戒するんだよね」
水路に渡された石造りの橋に差し掛かった時、頭の後ろに両手を回しながら、リュダがぼやいた。
「そのナリじゃ仕方ないだろう。聞いたところによると、この国は異国の者が自由に出入りできるような場所ではないようだし、お前はどう見てもレリス人には見えないよ」
「そんなこと分かってるよ」
「そうむくれるな。お前が悪いなんて言ってないだろう」
機嫌を損ねて頬を膨らませる少年に、珍しく微笑ましいものを感じてルージュは笑った。やがてリュダの風船のように膨らんだ頬がしわしわと萎んでいった。彼の視線は眼前のほっそりとした少女に釘付けになっている。彼女は橋に寄りかかるようにして立っていた。頭に真紅のバンダナを巻き、そこからはみ出ている短めの黒髪を風にそよがせている。彼女に方に視線が思わず向いてしまうのは、彼女の服装が原因だった。色鮮やかなオレンジの腰布を巻き、太股にぴっちりと張り付いた伸縮性のありそうな黒いスパッツを履いているが、問題は上半身である。胸しか隠しておらず極めて露出が多い。この灼熱の砂漠で、露出することは自殺行為ではないか、とルージュは忠告したくなる。
「よっ」
彼女は軽やかに手を挙げて、旧友に再会したように声をかけてきた。顔立ちまだ10代のあどけない世間知らずな少女のようだ。
「お兄さん達、見ない顔だね。もしかして冒険者様?」
「なんだよ、お前」
自分を強く大きく見せたいのか、リュダはルージュの前に立ち偉そうに胸を張る。逆にその姿が幼く見せていることにも気付かないままに。そんなことをせずとも、彼は潜在的に人を従える能力を備えているというのに、とルージュは心の中でクスリと小さく笑った。
「なによ。レリスには知らない人に話しかけてはいけない法律なんてないわよ」
口調そのものは不機嫌な色を漂わせているが、少女は愉快そうに笑っていた。
「あまりにアンタが面白い容姿してるからさ、思わず声かけちゃった」
不躾にリュダに指を向ける少女は、それがマナー違反であることを理解しているようだった。分かりやすいほど、機嫌を損ねるリュダの様子を見て、更に声を上げて笑う。
「もしかして気にしてる? だったら謝るよ」
「謝るようなテンションじゃないだろ? て言うか、お前何なんだよ」
彼女はよくぞ訊いてくれましたと云わんばかりに、再び指をリュダに向けた。
「私は通りすがりの踊り子様っすよぉ」
「踊り子だぁ?」
「うん。夜まで暇なの。でさ、時間潰そうと思ってたんだけど、誰もかれも砂嵐の復旧やらなんやらで湿気た面しちゃってるからさ、退屈だったわけ。そしたら、格好いいおじさまがヘンテコな子供連れて歩いてるから、ちょい声かけてみたわけ」
大した内容ではなかったが、少女は身振り手振りを駆使して、丁寧に説明をした。
「格好いいおじさまって俺のことか? まだ29だぞ」
顔を歪ませて自分の歳を主張するルージュのローブを引っ張りながら、リュダは首を振る。
「格好いいお兄様とか、こんな馬鹿女に言わせても意味ないって」
「はぁ? このガキ、超腹立つんだけど」
少女は眉間に皺を寄せながら、何度も何度もリュダの顔を指差す。ルージュは唐突に不良品のクレームを受けているような気分だった。
「まあまあ……。声かけてきたのはそっちだろ? なんか用か?」
両者を宥めながら、ルージュは慎重に少女を観察していた。彼女はヘラヘラ軽い口調で話しているが、その裏を隠している可能性があってもおかしくない。盗人である可能性も大いにある。元々ルージュは何事においても慎重な態度をとるように心がけるタイプだが、それが他国でのこととなると、その態度が強化されるのはルージュ自ら自覚していることだった。
「用はないよ。本当に話したかっただけなんだ」
彼女はけろっとした様子で答えた。あまりに素直に居直られ、ルージュは「そうか」と首を縦に振るしかなかった。
正面から彼女を見つめると、その容姿が極めて整っていることに気付いた。可憐なカールした睫と妖艶な厚めの唇。何かを塗っているのか、頬にはラメのような煌めきがあった。
「ねぇ」
急に何かを思いついたのか、少女は上目遣いでルージュを見た。
「もしよければ、レリスを案内してあげるよ」
「は?」
「私、さっきも行ったんだけど夜まで暇なの。時間潰したいからさ、どこでも案
内してあげる。レリスは広いし、たぶんアンタらだけじゃ迷子になっちゃうんじ
ゃないかなぁ」
ぐうの音も出ない。自由気ままに探検をするには、レリスは広大すぎた。無計画に歩き続けることに疲れ始めていた彼らにとってガイドを無償で引き受けてくれる少女が現れたことは幸運にも思えた。
「もしかして警戒してる? 私のこと」
いや、と言いかけて止めた。分かりやすい嘘をつくことの必要性は感じられなかった。
「まあな。俺は注意深い性格なんだ」
「ふーん。悪いことじゃないとは思うけどね。レリスも物騒な一面を持ってるのは確かだし。たださ、アンタ、そんな重そうな大剣を背負ってんだから相当強いでしょ? 私みたいな小娘を警戒するのは些か格好悪いよ」
「随分言ってくれるな」
彼女は「せっかく見つけたんだから」と目を輝かせた。
「どういう意味だよ」
「アンタらみたいな、暇そうな冒険者はあんまりいないからね」
彼女の言葉に腹を立て、分かりやすいほど怒りを露わにするリュダの頭に重い拳骨を降り下ろしてから、「いいだろう」とルージュは不敵な笑みを浮かべた。それを受けて立つと言わんばかりに、彼女もまた笑みを浮かべた。
「私はティラ。よろしく」
「俺はルージュ。彼はリュダだ」
ルージュは差し出されたティラの手を握った。滑らかな冷たい肌だと彼は思った。そしてこの弾けるような元気な少女には似合わないなと思った。
「さて。どこに行きたい?」
彼女は手を腰にまわし、勢いよく尋ねてきた。レリスのほぼすべてを知らない彼らにとってその質問がどれほど難問であるかは彼女は分かっていないのかもしれない。ルージュは顔をしかめた。
「俺はレリスの何も知らないんだぜ?」
彼は苦笑を浮かべながらそう言った。そして「あっ」と小さく息をのんだ。
「旧家の古城に行きたいんだが」