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RONDO  作者: maric bee
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兵どもが夢の跡

赤い厚手の絨毯が敷かれた広間に、深紅のローブに身を包んだ男の姿があった。鼻筋の通った整った顔立ちと深緑の瞳、茶色の長めの髪を持つ彼は、既に主を失った玉座の前に立ち、未だそこに残り香のように漂う闇の気配に意識を集中させていた。

この広間には思い出がある。先代の影王の時代、影王が栄華を謳歌したあの頃、ここで彼にを与えられたあの日のことをルシフェルは忘れられない。影王により黒い刃の剣を与えられ、騎士としての地位を与えられたことが、今から考えれば全ての始まりだったことを彼は感慨深く思った。


「ルシフェル」


ローブの男は背後から名を呼ばれ悠々と振り返る。声の主は分かっている。


「どうした? 面白いことでもあったか?」


ルシフェルの太い声が誰もいない広間にこだました。広間の入り口には鈍く輝いた黒曜石の鎧、さらには鉄仮面を身につけている騎士が腕を組んで立っている。


「貴方の言うとおりで、非常に面白いことが起こっている」


騎士はそう言って広間へ足を踏み入れた。彼が歩き出すと共に鎧の継ぎ目が摩擦する鈍い音がした。


「ルージュ=ヴィスランを見つけたよ」


その朗報にルシフェルの深緑の瞳が大きく見開かれ、やがてじわじわと口元に笑みがこぼれる。


「ほう。それは確かに面白いな」

「レリスに潜ませていた魔族がどうやら一瞬で倒されたらしい。密偵に探らせてみたら案の定、奴は器を連れてレリスに潜伏していることが分かった」


ルシフェルはいなくなった「彼」のことを思い浮かべながら、豪勢に装飾された玉座に深く腰掛けた。


「やはり国外にいたか」

「やはり? 予想通りだと?」


返答はなく彼は笑みを浮かべているだけだったが、黒騎士は深く言及することを避けた。ここで思わぬ墓穴を掘ってルシフェルの機嫌を損ねるのは最も避けたいことだった。


「ネヒュー。お前はルージュの目的、何だと思う?」


ネヒューと呼ばれた黒騎士は、首を傾げながら笑ってしまう。


「あの男に目的などあるのか? エルースから逃げ出しただけだろう?」


ヘラヘラと笑うだけのあの男が一体どれほどの大義を持っていると言うのか。彼が第二騎士団の団長をしていた理由は間違いなく、その身に秘めた強力な力ゆえだ。責任感や使命感の欠片もないあの男を黒騎士は常に見下していた。ルージュは他の騎士団長から異質な浮いた存在だったし、戦闘に於ける功績以外は見下されて当然の男だと認識されていた。だからルージュを過剰に危険視し、奇妙な質問を投げかけるルシフェルが滑稽に思えた。

だがそんなネヒューの思いとは反するように、ルシフェルは優雅な笑みを浮かべたまま、首を傾げている。


「あの男が、わざわざ器を連れて逃げ出すかな。ただ逃げるなら器を捨てた方が賢明だし、あの狡猾な男ならそうするのが自然だ」

「随分あの男を過大評価しているようだな」

「そんなつもりはない。だが、あるがままを冷静に分析するとそうなる。俺はルージュ=ヴィスランのことをある程度は分かっているつもりだ」


ネヒューはルシフェルが誇張表現や嘘を嫌うことを知っていた。彼が主張することはいつも綿密に計算され根拠に基づいた、予言に近いものであることも知っていた。

ルシフェルは玉座からゆっくりと立ち上がる。冷えきった広間に立ちこめる空気を深く吸い込み肺を膨らませた。身体の隅々で内に秘めた彼の「力」が蠢く。


「奴がレリスに向かった理由を調べさせろ。自慢の密偵でも使え」

「了解。それにしても随分力を入れるんだな。ノミを潰すだけでも全力か。さすが我らが団長様だ」

「お前達の団長様は更に追っ手を派遣するつもりだが?」

「本気か?」


またルシフェルは応えない。既に騎士に背を向け広間の天井中央に飾られた水晶でできたシャンデリアを仰いでいる。誰もいない鬱蒼とした部屋に一際輝いているそれは、場違いなドレスで着飾った女性のように可憐かつ高飛車に見える。無駄に広い謁見の間の中心に立ち、我を失ったように呆然と天を仰ぐルシフェルの考えていることなど、黒騎士には分かるわけもない。数分間の沈黙が続いたので、やれやれと首を竦め彼は立ち去ろうとする。


「王様は」


ルシフェルが唐突に口を開いたので、黒騎士は過敏に反応してしまう。


「王様はどうしている?」


質問に質問で返す趣味はないし無礼であることも理解しているが、つい訊ねてしまう。


「みんなの王のこと?それとも俺達・・の王様のことか?」


あぁ、とルシフェルは顔を歪めて笑う。確かに親切ではなかったと反省し「前者」と短く答える。


「随分苦しんでいるよ。この前、ケインが王を殺すために彼処に乗り込んでいったが、その時の刺し傷が痛むようだ」

「ケイン?」

「側近の頭でっかちの男だ」


ルシフェルが思い出したように「あぁ、あの男か」と興味なさそうに頷いた。


「道を見失った人間が次々に王を殺すために彼の元を訪れている。その度、王は激痛と絶望を味わうわけだ。俺の良心が早くくさびを外してやれと疼いているよ。王を解放せよ、とな」


酔いしれたように語るネヒューの言葉に彼は吹き出す。


「お前の方が分かりづらいぞ。それはどっちの王だ?」

「両方の意味だよ。まさか今から会いに行くつもりか?」


当然と云わんばかりに彼は口元に笑みを浮かべたまま黙っている。


「世界は王を中心に回っている。彼が今どの段階にいるかで、俺達の動き方は変わってくる。頭に叩き込んでおけよ」

「それは団長命令か?」

「あぁ。皆にも伝えてくれ」


そう言ったきり、ルシフェルは再度天を仰ぎ、「兵どもが夢の跡」の感傷に浸り始めた。騎士はルシフェルに一瞥をくべ、その場をあとにした。


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