プロローグ
純ファンタジーに初挑戦です。
見苦しい箇所や読みづらい場面などあるかもしれませんが、是非アドバイスをいただけたらと思います。
感想、コメントお待ちしております。
彼は瞳を閉じたまま、その時を待っていた。
じっと息を殺し、獣のように毛を逆立てたまま気配を消す。勿論、彼は獣ではないし、目の前に獲物もいない。それどころか、ここにあるのは闇しかない。闇の向こうには闇しかないことを彼は知っている。自分が悪魔と呼ばれる存在であることも、「存在してはいけない」ことも知っている。
彼に存在しているものは「使命」だけだった。それをやり遂げるために今、彼はここにいる。
動くはずのない大気に震えを感じた。何かが漆黒の部屋に侵入してきたようだ。コツーンコツーンと無機物に無機物が衝突するような音がする。おそらく侵入者の足音だと彼は予想した。部屋に響く音が耳に沁みる。音がこの部屋に存在していることそのものがあってはならないことのように思えた。
「王」
彼は上擦ったその声に反応してうっすらと瞳を開けるが、彼を包んでいるものは全てを飲み込んでしまうような暗闇なので、声の主は全く見えなかった。重低音の声は厳かに部屋に響いている。
「貴方は本当に蝕まれてしまったのですね」
彼にかけられる声が哀れむような色を帯び、彼は動揺する。その言葉の意味を彼は彼なりに理解していた。
「非常に悲しいことですが仕方ありません。蝕まれてしまったというならば私は貴方を殺さなければなりません」
金属が擦れるような音がする。漆黒の闇の世界でも、瞳が視力を失っていたとしても、彼には目の前の男が何をしようとしているか分かった。そんなことは「蝕まれた肉体」をもつ彼ならば予想できる。
「お前には解放できない」
掠れた声だった。その声が自分の声とは思えないほどしゃがれていた事に彼は思わず苦笑する。もう一度、喉に力を込めて彼は言葉を発する。
「お前のその剣でおれを貫いても、おれは死なない。やめた方がいい」
彼はそれ以上告げる必要はないと考えていた。それだけで、目の前の存在は自分の言葉の意味を理解できるはずだ。1%の可能性を信じてやってきた、追い詰められた哀れな男に極めて単純な標識を示してやった。それだけで充分だと彼は思っていた。
しかし、男はその1%の希望を信じ、研ぎ澄まされた剣を彼の胸に突き立てた。彼は苦痛に顔を歪める。この呪われた肉体であっても痛覚は存在する。しかし血液は流れない。代わりに赤い光が剣先から溢れ出て、目の前の男の顔を照らす。
「だめなのか・・・」
男の顔は絶望で歪んでいる。彼もそれを見て更なる絶望を覚える。男の顔に見覚えがあった。目の前の男はかつて自分が王と呼ばれた時代に側近として自らを慕ってくれた者の1人だった。王を信頼し、この国を共に支えてくれた大切な存在だ。
赤い光を全身に帯び、男は膝をついた。蝕まれた身体から放たれるこの赤い光は如何なる生命をも吸い取る。無情に。確実に。
「王よ。どうかこの国に御慈悲を」
この光景を幾度となく見てきた。いつも彼は、目の前に現れ自らに刃を突き立てて倒れていくかつての同胞を見下ろす。何故、こんなことに。そう思うのはやめた。考えても状況は変わらないし、彼はその「使命」を果たすまでは、この悲しい歴史を繰り返すしかない。解放してくれるのはたった1人。
たった1人のヒトがこの蝕まれた身体を解放してくれる。
彼は昔出会った、まだあどけない華奢な少年を思い出す。
あの少年は覚えているだろうか。
あの脆く曖昧な約束を。
彼は瞳をそっと閉じた。祈りを込めて、深い深い眠りについた。