呪われた一族ですが次女なので関係なくこの家を継がせていただきます
シドリー・ロップスは姉を見る。貴女の婚約者を奪ってしまったと泣いている姉を見る。しかし姉の涙に心動かされるシドリーではなかった。だってこれから起こるのは茶番。一族を犯す呪いから、解放されるための茶番なのだ。それでもやる必要がある。シドリーの心の安寧のために。思考回路が単純でお粗末な姉に、沙汰を下すのに躊躇はない。
※細かいことは気にせず読んでください。
呪い、と言われるものがある。魔術とは違う体系を持つ呪いと言うものは、一度発動すれば解くのがかなり難しい。そのため、その呪いの解析をし、どうすればその呪いと上手く付き合っていくかが解決の焦点となる。
私ことシドリー・ロップスの実家であるロップス伯爵家にも呪いがかけられている。今より百年前に一族にかけられてしまったその呪いは、長い年月をかけて我が一族を苦しめてきた。しかし解決法がある。そのため、今日まで存続できたのである。
その解決法は、子供を二人以上設けること。それが、唯一の、一族存続の解決法である。
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「シドリー、本当にごめんなさい!」
わっと泣き出したその女性を見て、私は何も感じなかった。こうやって泣いたふりをすることがお上手な女性は私の姉である。ただ、私は姉の名前を憶えていない。小さいころからずっと、彼女のことは姉としか呼んでいないから。
「本当はだめなことを知っていたのに、貴女の婚約者を好きになってしまったの……」
今日は隣国から大切な来賓をお招きしてのパーティであった。そんなパーティに向かった私を引き留めて泣きながら喚き始めた姉に、私は何の感情も抱かなかった。
ちらり、と、姉の隣にいる人物を見る。その人物は確かに私の婚約者だった。……のだが、特別な情なんて持っていない。私が見ているのに気が付いた彼は、意を決したように頷いた。私を見て。私の顔を伺って。
「シドリー嬢、彼女の言うとおりだ。私も君の婚約者失格だ。君と言う存在が居ながら、こんなにも惹かれてしまったのだから」
彼はそう言いながら姉を抱きしめる。しかしその目線は私の方を見続けていた。こういう時は姉の方を見なければならないはずなのに、彼は目線で訴えかけてくる。
「……話は分かりました」
私がそう言うと、姉が彼の胸から顔を上げ、そうして笑った。ただ、その笑った顔の醜悪さにやっと感情が芽生えた。気持ち悪い、これが本当に私と同じ母から生まれたと思いたくない。
まぁ、今日でこれまで。お役御免。物語はここで終わるのだから。
「姉、次に問題を起こせば後はないと言ってきました。……そのため貴女は今日をもってロップス家から追放します」
「……え?」
ただ、この先が輝かしいものになると思っていたらしい彼女は私の言葉に目を丸くした。次の瞬間にははっとなり、私に向かって言葉を投げつけてきた。
「何を言っているの!?私が彼と結婚して家を継ぐのよ!立ち入りを禁止されるべきは貴女の方だわ!」
「いいえ、姉。正式に伯爵より跡取り教育を受けているのは私です。婚約者が変わってもそれに変わりはありません」
「跡取り、教育……?」
「ああ失礼、勉強が苦手で遊び事だけを重んじていらっしゃった貴女には無縁すぎる話でしたね。そんな頭で領地経営ができるものですか」
「なんですって!?」
この間、姉に寄り添っていた彼は疲れた顔をしてそっと姉から離れていて。急に怒り出した姉の剣幕に周りの人たちも引いている。そうして聞こえてくるのは、ひそひそ話。
「あれってロップス家の……」
「ああ、呪われた……」
「なるほど、あちらが長子か……」
理由が分かったらしい周りの人たちは険しい顔で姉を見つめていた。しかし私は姉との付き合いをしている暇はない。これから功労者を労わる必要があるし、正式な破門宣言をしたことを両親に伝えないといけない。
「貴女は呪われているから、いらないんですよ」
長子がかかる呪いだった。だから姉が呪いにかかり、私は無事だ。私の父も次子だし、その前も、その前も、家を継ぐのは次子だと決まっている。
しかし勉強をしてこなかった姉は家の歴史なんてほとんど知らない。自分が領地を継ぐのだと本気で言っていたし、それを訂正しようものならひどく暴れ、しばらくしたら暴れた記憶などどこかに捨ててくる。
私たちだって、命と言うものが尊いことを知っている。だから呪われた子供といえども両親は姉に最上級の教育を与えてきた。けれどもそれを無下にし続けてきた姉に、呪い関係なく家を継ぐ能力はない。
すぐにわかることなのに。私はため息をついてすぐに指を鳴らした。この合図を皮切りに、数人の男性が垣根をかき分けながら姉の元へ行き、そのまま連行していった。その際にも何かを喚き散らしていたが、何と言っているかもわからなかった。まるで癇癪を起した幼児のようだった。
「……シドリー様」
額の汗を拭きながら、彼が私の元へと歩いてきた。ヘロヘロな様子の元婚約者様に、私は無表情のままグッドサインを出した。
「お疲れさまでした。家に戻り次第残りの報奨金をお渡しします。娘さんのご病気のほどは?」
「伯爵家の医師様のおかげと取り寄せていただいた治療薬のおかげで歩けるようになりました!これもシドリー様が私にお声かけしていただいたおかげです」
彼は妻子持ちの男爵であった。しかし先代の金遣いの荒さのせいで金がなく、家族の食事を賄うだけでも精一杯な暮らしをしていた。爵位を返還し、平民として再スタートを切ろうと思っていたところ彼の娘が発病、余命は三年と言われていた。少し前にやっと治療薬が出てきた病なのだが、その治療薬が高すぎた。彼は娘が日々弱まっていくのを見つめることしかできなかった。
……ところにさっそうと現れたのが私である。
私は彼と仕事の契約した。一時的に私と婚約者であるそぶりをする道化となること。そう、それが彼の仕事だった。
男爵として他の貴族の前に姿を出したことのほとんどない彼を身ぎれいにして整えたら結構なイケメンになった。きちんと奥さんにも私は仕事上の関係であることの念書を渡し、定期的にロップス伯爵家に足を運んでもらい、姉には、公爵領の方から来た婚約者だと紹介した。嘘は言っていない。
――我が一族にかけられた呪い、それは、“長子が強欲になる”、と言うものだった。
強欲になれば、相手から物を奪い、相手から命を奪い、渇望し、欲望し、そうして破滅に導くことになる。長子と限定されているのは、この国の貴族法では、『長子に継承権を与えること』とされているからだったからだと思われる。つまり長子が強欲になればその一族はそいつに潰されてしまう。呪いの詳細を調べたのはと呪いをかけられた長子の弟であった次子であり、このままでは長子によって一族が滅ぼされると思った次子は、横領の罪で裁かれようとした長子を見捨てた。
しかし次子に呪いが移ることがなく、平和に暮らせるようになった。そのため次子は考えた。長子に家を継がせなければいいが法律が長子を守る。なればある程度の歳になるまでは好きにさせ、問題をわざと起こさせて追放すればいい。そう、思いついた。
以降、一族では必ず子供を二人以上設けることだけは守ってきた。長子の追放の仕方はその世代で様々だったが、私のように比較的穏便に追い出せたのはきっと初めてではないだろうか。もちろん、ロップス家に立ち入ろうとすれば、その両足をちょん切るつもりである。
「シドリー!」
遠くでまだ姉だった人の声がするのを聞きながら元婚約者をねぎらっていると、遠くから声が聞こえてきた。その声のする方へと顔を向け、その人を認めた私の頬が緩む。
「パレス様!」
「お疲れ様、長子追放おめでとう!……前から思ってたんだけど、こんな大変なことしなくても、生まれたときに息の根を止めればいいんじゃないの?」
「それがだめみたいなのです。一度試した代があったらしいのですが、次に生まれた子供が呪いにかかりました」
「はーん……適度に育てて長子として認識しないとダメ、とかかな?」
「おそらくは」
私の元に向かってきたパレス様は、この国の第三王子だ。そして、本当の私の婚約者だ。
「作戦のことは聞いていたけど、自分以外が君の隣にいるのに嫉妬してしまったよ」
「あら、こちらの方はうちの従業員なのですから、そう思わなくても」
「えっ、従業員!?」
元婚約者が私の言葉に驚いたような反応をした。伝えていなかったかしら、と思って首を傾げる。
「だって私が雇ってちゃんとお給金も出していたし、報奨金出すのよ?立派な雇用主と従業員の関係では?きちんと契約書にもサインしたじゃない」
「あ、それもそう、ですね?……あの、もしもこれからも雇い続けてくださいと願った場合は?」
「もちろん歓迎よ。貴方ちゃんと仕事処理ができるし人当たりもいいもの。むしろ貴方を連れ帰らないと怒られちゃうかも。いい機会だわ、奥さんと子供もつれてきなさい」
「良いのですか?」
「もちろん。あ、男爵位はそのまま持っていなさい。何かの役に立つ日が来るわ」
はい!と嬉しそうに返事をした男性が実は自分よりも10歳以上年上なのが信じられないが、こういう明るいところに姉は惹かれたかもしれない。何せ姉に対していい態度をする人はうちの家ではほとんどいなかったのだから。
でも両親はきちんと姉のことを考えていたのだ。それをないがしろにした姉が悪いのだ。それに幾度も注意喚起だってしてきた。でも姉の頭の容量はとても小さいらしくて、自分の欲を満たすことしか考えられたない。賢君には絶対になれない思考回路を持つ姉、もっと早くおさらばしたかった。
「じゃあ今日から俺もロップス家に向かう準備をしようね」
「……まだ婚約式してませんよ?」
「いいじゃんいいじゃん、これからの事のために、ロップス家の事もっと知っておきたいからね」
パレス様は私の家に降嫁(男性なのだから降夫とか降婿とかと呼ぶべきなのだろうか?)することになっている。以前は爵位を国王から頂き嫁を取るつもりだったらしいのだが、1年ほど前に行われた夜会で私のことを見初めていただいたらしく、姉のいないところでトントンと話が進んだ。姉がいなくなったらすぐに婿入りするとは言っていたが、すぐすぎる。
まぁ、周りで聞いていた他の方々からはお祝いの言葉をいただいた。
「お二人の関係は以前から聞いておりましたし、ロップス家も安泰ですね」
「本当に長子にのみかかる呪いとは恐ろしいものですね」
「でもしばらくは安心してお過ごしになられることでしょう」
きっと私が子供を産んだら、一番目の子が姉のように育つのだろうと今からでもわかる。しかしできるだけは愛する努力はしてみるつもりだ。いつか追放されるか死亡するかの選択が起こるかもしれないが、そうなったとしても私の子供だ。きっと、必ず、完膚なきまでに叩きのめしてやれる。私はそれも愛だと思っている。
「シドリー、次は必ず君の隣にいるから」
パレス様の優しいお言葉に、私は微笑んだ。そうして今日の劇場は幕を閉じた。
……私たちの様子を見ていた隣国の大切な来賓の方が、呪いの解き方を知っているとロップス家を訪れるのは次の日の出来事となるのであった。
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