第四話 マーケター、困惑する
契約書を何度も良く読み込んでみて僕は困惑してしまった……
【株式会社商業ギルド就業契約書】
一、弊社に所属するに辺り例え身内であっても就業場所について口外してはならない
二、顧客がどのような種族であろうとも常に冷静に対処しなければならない
三、顧客のあらゆる情報を日本にて口外してはならない
四、上記三は身内にも当てはまる
五、勤務時間は朝八時から十六時半とする
六、残業時には十六時三十一分より、一分単位で支払われる
七、給与は月末締めの翌月五日に現金手渡しにて支払われる
八、春夏冬は主にアーキンにてマーケティングを行い、顧客の望む商法を考える
九、アーキンで得た能力は日本では原則として使用禁止である
十、上記九つについて守れないならばこの場から退席する事
えっと…… この契約書によると勤務地は日本じゃないって事なのかな? 海外? いやいや、それは困るよ。義妹が居るから放って海外勤務なんて出来ないし。それに、アーキンなんて国が何処にあるか知らないからね。
僕は先ずは質問をする事にした。
「あの、タナカ課長」
「なにかな、ショージくん?」
「質問しても良いでしょうか」
「勿論だよ。疑問点は確認してもらってからサインしてもらう方が良いからね」
課長の男前なお言葉に甘えて僕は一つ一つ確認をする事にした。先ずは一番重要な事だ。
「あの、僕はこの契約書によると海外勤務になるのでしょうか?」
もしもそうならば就職した初日に退職しないといけないので、その覚悟を決めて僕は課長に聞いてみた。
「? 海外じゃないよショージくん。アーキンに勤務してもらうけれども、基本的に今日と同じく自宅通勤をしてこのビルに来てもらう事になるよ」
課長の返事に僕は訳が分からなくなる。えっと、この市にアーキンなんて地名があったかな?
僕の顔を見て鈴白(?)さんが課長に進言してくれた。
「課長、まだ春夏冬さんには詳細を説明してません。今日、契約書を交わす前にするつもりでしたので……」
鈴白(?)さんの言葉に納得したように頷く課長。
「ああ、そうだったんだね。それは悪い事をした。それではリナくん、ショージくんに説明をしてあげてくれたまえ」
「はい、課長。それでは春夏冬さん、今から就業場所について説明させて貰いますね」
キリッとした顔の美しいメガネ女子! どストライクです〜。
「はい! よろしくお願いしますぅ」
ちょっと語尾が伸びちゃったけど気にせずに鈴白(?)さんは説明を始めてくれた。きっとスルーしてくれたんだと思う。
「それでは説明を致しますね。春夏冬さん、異世界ってご存じですか?」
唐突にそんな事を鈴白(?)さんから聞かれてしまった…… 大人なメガネ女子に見える鈴白(?)さんはひょっとしてあの病を患っているのだろうか?
「あ、あの異世界というのは昨今、巷で流行っているラノベなどで見かける異世界の事でしょうか鈴白(?)さん?」
「リナです!」
「はい?」
「私の本当の名前はリナと言います。こちらに住む為に便宜上、スズシロという苗字を使ってますが本来はリナという名だけしか私はないんです。そして、それは課長も同じでラメルという名だけです」
「ちょっと何の事を仰っているのか理解に苦しみますけど…… ひょっとして僕の理解力が無いって事になるんですかね?」
本当に唐突に鈴白(?)さんが言いだした言葉を僕の脳は理解出来てない状態だ。
「いいえ、それが普通の反応だと思います。春夏冬さんの反応は間違ってません。これから詳しく話をしますから聞いて下さい」
「はぁ、はい……」
そう返事をするしかないよね。
「私も課長もこの地球からみて異世界となる星、ルネリアからやって来てます。私たち異世界の人間が何故、こちらに来れるのか? それは次元の壁が歪んだからです。その出来事が起こったのは今から百三十年前だと私たちは聞いてます。初めは何人かがこちらの世界にやって来て二日〜三日ほど滞在してまた戻るという感じだったそうです。それからこの国、日本は大きな戦争が始まり終戦した時に、戦後のドサクサに紛れて戸籍を持った者が百名ほどいたそうです。まあ今ではそのうちの二十家ほどが協力者として動いてくれてます。今は日本政府ともつながっていますのでコソコソする必要は無いのですが、その昔はかなり慎重に動いていたと聞いてます。私たちは私たちの星で取れる資源を日本に売ってます。そしてそのお金を使って日本の便利な物を購入して私たちの故郷、異世界ルネリアにある商業国家アーキンに持ち込んでいるのです。私も課長もその為にこのビルの管理と、この市に市民権を得て住んでいるんです。で、今回の件なのですが…… 実は国の方で困った事が起こってまして、その解決の為に優秀なマーケターをスカウトしてこいとギルド長から指示されまして、春夏冬さんにたどり着いたんです。ここまでの話で何かご質問はありますか?」
いえ、質問だらけなんですけど…… す、いやリナさん。そんな完璧な秘書に見えるメガネ女子姿であの病を発症してしまったのは僕としては本当に同情いたします。が、それとこれとは話が別です。僕がリナさんにオトナの男性として世の現実をお教えしなくては! 僕は使命感に駆られてリナさんに語り出した。
「落ち着いて聞いて下さいね、リナさん。ここは日本国〇〇県〇〇市で、異世界ではありません。なので今、リナさんの頭の中にある異世界の事はいったん脇に置いて下さい。それで、僕の質問に答えて下さいね。僕はこのビルで勤務するという事で間違いないんですね?」
冷静に、そしてリナさんを馬鹿にするような言い方はせずに僕はそうリナさんに問いただした。
だけど……
「もう、ちゃんと私の話を聞いてましたか、春夏冬さん。春夏冬さんの勤務地は異世界ルネリアの商業国家アーキンにあるわが社の本社ですよ!」
とあくまでも妄想の中の勤務地を僕に指し示すリナさんだった……
う〜ん、どう言えばこの病から目を覚まさせる事が出来るだろうか?




