第三話 マーケター、ドキドキする
そうして早くも月曜日が来てしまった。
あの後、帰って舞衣に就職が決まったよと言ったら会社名を聞かれたから「商業ギルドっていう会社だよ」って言ったら、
「なに? そのラノベに出てくる社名は。ちゃんとした企業なの?」
って疑問系で問われたんだけどちゃんと鈴白(?)さんと交わした契約書もあるし大丈夫だよと応えた。
その後、夕食時には
「兄さん、その企業ホムペも作ってないじゃない! ネット上では何処かの暴力団のフロントじゃないかって書かれてたよ、本当に大丈夫なの?」
なんて言ってきたけど僕は鈴白(?)さんが嘘を言う人には見えなかったから舞衣に「大丈夫だよ。兄ちゃんは人を見る目は確かだから」と言って心配ないと再度伝えたよ。
「兄さんの人を見る目は確かだけど立ち回りが下手だから心配してるのっ!」
おっと、義妹に立ち回りが下手だと断言されてしまったよ。確かに僕は人とコミュニケーションを取るのは下手くそだけどそこまでハッキリ言わなくても…… お兄ちゃん、泣くぞ。
「ま、まあまあ、舞衣。兄ちゃんも社会人としてそれなりに成長してるからそんなに心配してくれなくても大丈夫だから、なっ」
泣きそうになったけど何とか堪らえて年上の威厳を保つ僕に舞衣からトドメを刺されてしまう。
「はぁ〜…… 成長してないから言ってるんだけど……」
刺さった、お兄ちゃんのチキンハートはその矢に貫かれたよ舞衣……
そうして真っ白な灰になったまま迎えた月曜日だけど、僕のチキンハートもようやく矢の傷が癒えて初仕事に向う気持ちになっていたんだ。
朝、起きたら既に舞衣が起きていたよ。
「兄さん、今日からでしょ。はい、これ」
「おおお、お弁当!! まさか作ってくれたのかい舞衣?」
「初めて行く場所なんだからどこに食事出来る場所があるとか分からないでしょ。私の分を作るついでだからそんなに手間でもないし。でも、お弁当を作るのは兄さんが新しい環境に慣れるまでだよ!」
あんなに反対してたのにいざ行くとなったらこうやってお弁当まで準備してくれる。このツンデレ義妹には感謝しかないよ。
「有難う舞衣。助かるよ。それじゃ、支度したら行ってくるよ。舞衣も学校まで気をつけてな」
「私は子供じゃないんだから大丈夫よ。それよりも兄さんも初日から遅刻したりしないようにね、それじゃ私はもう出るから。行ってきます」
「行ってらっしゃ〜い」
舞衣を送り出して僕も大急ぎで支度をする。そんなに慌てる時間じゃないけれども、ノンビリしてて遅刻なんてしたら大変だからね。
支度を整えて駅に向かい、電車に乗って三駅目で降りた。スマホの地図アプリを頼りに鈴白(?)さんに書いて貰った住所に着いたのは午前七時半。
うん、ちゃんと時間前に着いたよ。でも僕の目の前にあるのはそろそろ取り壊した方が地域の安全の為に良いんじゃないだろうかと思えるオンボロビル……
三階建てみたいだけどエレベーターらしき物は無さそうです。えっ、もしもこのビルの三階が仕事場だったら階段で登るの? いや、無理無理無理!!
心臓麻痺でお星さまになっちゃうよ! やっぱりここに就職したのは間違いだったのかな〜……
そんな事を考え、そのオンボロビルの前で僕が煩悶としていたら後ろから声がかかった。
「あら、早いですね春夏冬さん。私よりも早くなんて、遅刻しないって言うのは本当だったんですね」
振り向くととても綺麗なメガネ女子がそこに立ってたんだけど…… 誰?
「あれ? 分かってない? 私ですよ〜、先日面接を担当させていただいたスズシロですよ〜」
「ええーっ!? いや、でもあの時はメガネはかけておられなかったですよね? それに髪が!」
「あの日はコンタクトを入れてたんですよ。髪は長すぎたから近々切りたいと思ってたんです。ちょうど中途採用とはいえ新人の春夏冬さんがわが社に来られるタイミングで私も心機一転しようと思って、前から挑戦したかったショートにしてみたんです。どうです、似合ってますか?」
ど、ど、ど、どストライクですっ!! とは僕は言わずに(言えずに)「は、はい、とてもお似合いだと思います」と下を向いてゴニョゴニョと言ってしまう。
「フフフ、有難うございます。さあ、それじゃ中に入りましょうか。一階から三階までこのビルは全てわが社の物ですから気にせずに入って下さいね。あ、先にこれを渡しておきます。社員証です。これをビルに入る時は常に首から下げておいて下さいね」
「は、はい。分かりました」
渡された社員証を僕は素直に首からさげた。そして鈴白(?)さんと一緒にビルに入る。
と……
「えっ!? ええーっ!!」
中は外から見える様子とまるで違っていたんだ。綺麗な白壁に洗練された様子のオフィスが扉なしで丸見えだ。そして外からは無いと思っていたエレベーターもある!
「フフフ、良かったわ驚いてくれて。これで何のリアクションも無かったら落ち込むところだったわ」
鈴白(?)さんの言葉にも僕は何も言い返せずにビルの中をキョロキョロと見回す。すると、一階の奥から女性が現れた。
「おや、リナくんおはよう。珍しく今日は早いじゃないか。そちらが新人さんかな?」
「はい、おはようございます課長。そうです、今日から働いて貰う春夏冬さんです」
課長!? 課長だっていうの、この綺麗なお姉さんが!? リナさんとそんなに年齢が変わらなさそうなんだけど、この若さで課長だなんてきっと物凄く優秀な人なんだろう。って、挨拶しなきゃ!
「初めまして、本日よりお世話になる春夏冬正司です。よろしくお願い致します!」
「ショージくんだね。私は(株)商業ギルドのマーケティング課の課長でラメル・タナカという。ショージくんは私の部下になるけれども優秀だとリナに聞いているよ。どうぞよろしく。それじゃ仕事の前にちょっとした契約書を交わして貰うから来て貰えるかな」
「は、はい!」
就業契約書だ。前の会社では一方的にこうなりますって見せられただけなんだけど、この会社だと交わすっていう言葉通りに何らかの規則を見せられて同意するっていう形なのかな。ちゃんとした会社みたいで良かった。
僕はマーケティング課とプレートのある部屋に案内されて中に入ったけど……
あれ? 課長の机と椅子にあと二つしかセットが無いよ。ひょっとして残りは僕と鈴白(?)さんかな。この課って三人なの!?
「驚いてるみたいだけど…… まあ説明は後にして、こちらの契約書を良く読んで欲しい。それに同意してくれるなら一番下にサインをお願いするよ。同意出来ない場合は再就職は無しになるし、私たちの事も忘れてしまう事になる……」
忘れるって? こんな美人さん二人を? それは絶対に無いって断言出来るけど、取り敢えず僕はドキドキしながら契約書を読ませて貰う事にした。




