第一話 マーケター、クビになる
僕の名前は春夏冬正司、二十五歳。
大企業であるカルディ商社に大学卒業後に勤める事になったんだけど、今、人事部長から自主退職を勧められてます……
「そういう事でね。正司くんには他人の功績を奪ったという嫌疑がかけられていて、その証拠も提示されているんだよ。このままでは懲戒免職になってしまうのだが、私は君がそんな事をするとはどうしても思えないんだ。なので今ならば自己都合退職を選べば少ないながらも退職金も出せる。こんな事しか言えないのは心苦しいのだが、どうか自分を守る為にも今すぐ退職届を提出するのが良いと思う」
人事部長は実は亡き父の同級生で入社してからも何かと面倒を見てくれていた人だ。
さっき言われた人の功績を奪ったというのは完全なる濡れ衣だけど…… 僕の部署の部長による攻撃だというのは分かっている。
部長はカルディ商社社長の次男で、部下が成果を出すと自分の功績にしてしまう最低な男だ。
そして、先々月、先月に僕がマーケターとしてマーケティングして計画、立案したプロジェクト二つが大成功となり、その功績を奪おうとした時に僕は自分が成し遂げた証拠を提示して阻止したんだ。
それが気に入らなかったのだろう…… 部署の中のイエスマン五人を使って僕が人の功績を奪った話をでっち上げたんだと思う。
ここで社長の身内である部長と争っても僕に勝ち目はない。
僕の両親は既に亡くなっているから親に迷惑をかける事は無いけれども、大学受験を控えた義妹には迷惑をかける事になってしまう。
だから僕は……
「分かりました、今からここで書きます。部署に戻って書いてるとそれすらさせて貰えない可能性がありますから……」
「そうか…… 悪いな正司くん。力になれなくて……」
「いえ、そんな事はありません! 入社してからかなり助けて貰いました。そのお陰で僕は他の会社でもやっていけるという自信がつきましたし」
僕はマーケターとしての自分の能力に自信を持っている。これまでの実績からしたらきっと何処かに雇って貰える筈だ。
僕は手早く教えて貰った書式に則って退職届を書いた。そして、言われるがまま事前に書いていたという体で有給休暇取得の紙を書いた。
「よし、これは俺の権限で受理しておくし、退職届も一月前に出されていた事にしておくから。これで間違いなく退職金を会社から出させるから。それと、中内部長から連絡があっても出る必要は無いからな。俺が対応するから」
「何から何まですみません…… お世話になりました」
「うん。私物も俺がまとめて家の方に送る手配をしておくから、今日はこのまま退社しなさい。明日からは再就職活動を始めるんだ。そうだ、ちょうど転職系の会社が明後日にここの市民会館で各企業の担当者を集めて相談会をする筈だよ。それに行ってみたらいい」
「はい、そうしてみます!」
こうして、僕は大学卒業後に就職した会社を三年と三ヶ月で退職いや事実上のクビになったんだ……
はぁ〜、義妹になんて説明しようかな……
少しだけ落ち込みながらいつもより早い時間に帰宅したら高校三年になって益々可愛くなってきた義妹の舞衣が家に戻っていた。
「あれ、舞衣? 学校は? ひょっとしてサボり?」
僕が思った事をそのまま口に出して聞いた途端に舞衣から口撃がきた。
「何バカな事を言ってるのよ、兄さん。今日は期末テストで三時限で終わったから戻ってるだけよ! それより兄さんこそサボりじゃないの? こんな時間に家に戻ってくるなんて!」
しまった! そりゃ僕の方がサボりに見られても仕方が無いよね。仕事がある日にこんな時間に戻った事は無いんだから。
どうしよう…… ええい、隠すと後が怖いから今すぐ正直に話しておこう。怒ると般若よりも怖いからね我が義妹は。
「いや〜、実は思うところがあって転職しようと考えててね。今日は退職した後の手続きに行ってたんだ。だからこの時間に戻ってきたんだ」
僕の完璧な返答《言い訳》に舞衣の目がスッと細められた。あれ? 何でかな? バレる筈が無いんだけど……
「兄さん、私に嘘を吐くのね…… 昨日まで私にプロジェクトが上手くいったって話してたのに転職? そんな馬鹿な事ある訳ないでしょっ!! さあ、キリキリ白状しなさいっ!!」
そうだったーっ!! 僕はプロジェクトが上手くいったから機嫌よく舞衣に話してたんだった!?
何で忘れてた僕!!
「いや、あの実はね舞衣……」
こうして僕は洗いざらい全てを語った。大学受験前の舞衣に心配をかける事になるけどやっぱり正直に話しておく方が良いよね。
「そう…… そうだったのね。それで兄さんはどうするの? 貯金があるから暫くはゆっくりしても大丈夫じゃない?」
なんて事を舞衣は言うけれども僕としてはそんな悠長な事を言ってられないんだ。
舞衣の大学受験に大学の学費は貯金で十分に賄えるけれども、やがて良い人を見つけて結婚するだろう舞衣に恥ずかしくない準備をしてあげなきゃダメだからね。
その為にはもっと働いて貯金を増やしておかないと!
僕は自分が結婚するのは夢見てないんだ。だって身長も百六十五センチしかないし、体重は七十八キロもあるからね。顔はそれほど悪い訳じゃないけど暑苦しい体形は女性ウケしないのは自覚してるよ。
それに比べて舞衣は身長が百五十センチと低いながらも、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでる抜群のプロポーションなんだ。
高校生活三年間ももう直ぐ終わるけどこの期間に告白された数は僕が知ってるだけでも二桁にのぼるからね。
自慢の義妹だよ。あ、舞衣にはまだ僕と血の繋がりが無い事は教えてないんだ。亡くなった両親の意向で舞衣が高校を卒業するまでは話さないって事になってるからね。
僕と血の繋がりが無い事を知ったら多分舞衣は家を出て一人暮らしをするだろうなって思ってる。その費用も稼がないといけないからね。
「……さん、兄さん! どうするのって聞いてるの! 聞こえてる?」
ハッ、つい自分の殻に閉じ籠もってたよ。
「あ、ああ聞いてるよ。それでね、明日は家でノンビリして会社から届くだろう私物を受け取るだけなんだけど、明後日は市民会館に行って就活をする予定だよ」
「なんで市民会館で? 普通はハローワークでしょ?」
「転職系の企業が各企業を集めて面接まで行うらしいんだ。それに行ってみようと思ってるんだ」
「ふ〜ん、そうなんだ。そんなに慌てなくても良いって私は思うけど…… でも明日は家に居るのね」
「うん。舞衣は学校だよね?」
「明日はテスト終わりの休日だよ。だから私も家に居るわ」
「そうか、それじゃ久しぶりに僕が食事の支度をするよ」
「うん、分かった。お願いね兄さん」
こうして全てを舞衣に話した事で僕の気分も晴れやかになったんだ。隠し事は苦手だからこれで良かったんだよね。
さあ、明後日は就活だ! 絶対に良い企業に再就職して元の上司を見返してやるっ!!




