第六章 世界は誰がために
(24)胸の内は主色に染まって
遠藤会長と大輝が二人でヒソヒソ話をしている。
「実はな、大輝」「へい」
「稲田の会長から話が有って、稲田会の面倒を見て呉れんかと」
「という事は、稲田会の会長を会長に譲るという事ですか」大輝が思わず大声で聞き返した。
「しい、声が大きい。ここだけの話だ。余生を優雅に過ごしたいが、金が要る。用意してくれるなら会長を譲ると」遠藤が顔を寄せながら言った。
「という事は山本連合会長もお年ですし、引退とかいう事になれば会長が住吉連合会長に、総長になるという事ですか」
「そうなるかのう」まんざらでもない顔をしている。
「そうなるとこうしちゃあいられません」
「何を慌てて、どうした」遠藤はポカンとしている。
「総長選が始まるんですよ。これが落ち着いていられますか。誰かいるか、急いで車を回せ」ドタドタと飛び出していった。
「貴方、どうしたんですか。何を大輝は慌てているんですか」久美が笑いながら部屋に入ってきた。
「いや何、総長の椅子が回ってきそうでな」
「そりゃあ、大輝も慌てるのも当たり前だわ。当の本人が何、ゆったりしてるのよ」
「何って、何するんだよ」
「もう、あなたったら、悠長な。こういうチャンスは二度目はないのよ。他の幹部に手を回すとか、お金を用意するとか、あるでしょう」
「まだ何も言われてないし、何も決まっちゃあいない」
「もう、イライラする。言われてからじゃあ、遅いのよ。それまでに準備をして、根回しをすませておかなきゃあ」久美も出て行った。
「どいつもこいつも慌てふためいて。住吉連合の前に、稲田会の会長を継いでからの事だって話だよ。親父にお土産がいるって話を忘れているってえの」
ここは桜田一家、平田平造の事務所、幹部が集まり何事か密談をしている。
「おい、聞いたか。稲田会の伊藤会長が引退をするそうだ」平田が小声で言った。
「聞きました。後を元若頭で、遠藤組の会長に継がせるらしいですよ」桜田一家加藤組の加藤淳が言った。
「そうなると、住吉連合の理事長も年だ。そう長くはねえ。後を次ぐわけか」桜田一家安藤組の安藤健太郎が言った。
「そうなると本部長の小川康生さんとうちの会長と三つ巴か」
「うちの会長はまだ無理だろう。だが、遠藤浩二はもっと無理だろう」
「そうだよな。桜田一家を継いだとて、一つにまとまるには金もいるし、人がいる。すぐすぐの事にはならん。とすると、小川さんで決まりだろう。あそこは金もあるし、人も多い」
「そうだな、とすると、うちの会長も、伊藤さんもその次だな」
「どの位積むのかな」
「小川さんなら、二十から三十だろう。無理すればもう少し行くだろうが、無理しなくても決まり路線だ。そこそこで行くんだろう」
「うちの会長は名乗り出るかな」
「遠藤が出る気を見せたら、次の為に名乗りを上げるだろう」
「うちはどの位出せるのだろう」
「そうさなあ。五億、気張って八億かな」
「遠藤の野郎は」
「あそこは大した金はねえ。今から集めて三億てとこだろう」
「それでも三億か。どちらにしても俺達には手の届かない金だ」
「小川さんが成るなら、今の内から手を打っておかないといけないな」
「姐さん、こちらでしたか。今日は姐さんにプレゼントを持ってまいりました。受け取って頂けますかしら」久美は恵子の前のテーブルの上に置いた。
「あら、何かしら」梱包された箱を開封し、緩衝材を取り除くと木箱が現れた。
「何これ、仰々しいこと。余程大切な物が入っているのかしら」桜田一家、平田平造の姐さんの洋子が後ろから口をはさむ。木箱を開けると古いバイオリンケースが現れた。
「何だ、バイオリンじゃない。こんな汚いもの持って来ても、お姐さんはすごいのを幾つも持っていらっしゃるのよ。先程弾かれたバイオリンなんて二千万よ。恥をかくだけだから黙って持って帰りなさいな」
「ちょっと待って、これ、ガルネリって書いてあるけど、本物かしら」恵子が言った。
「ガルネリって、あのガルネリかしら。ガルネリ・デル・ジェスって書いてあるけど」稲田会伊藤和也の姐さんの純子がやって来て
「恵子さん、ご無沙汰しております。それで、何の騒ぎですの」にこやかに聞いた。
「バイオリンなら、ストラリバリウスでしょう。こんな汚いの持って来てから」洋子が言うのをさえぎって、
「それを言うなら、ストラディバリウスでしょう」純子が笑いながら言った。
「ガルネリって聞いたことないわ」
バイオリンを制作している千葉和彦が前に出てきた。
「ガルネリと言うのはグァルネリ・デル・ジェスのことで、ストラディバリウスと並び称される“別格の存在”であり、十八世紀イタリア・クレモナで活躍した伝説的なバイオリン製作家です」と説明した。
「よくこれが手に入ったわね。」恵子が聞いた。
「うちの旦那は芸術に無知だから、多分お金に物を言わせたんじゃないかしら」久美は笑った。
「これ、壊しでもしたら歴史に名前が残るかもね」
「でもどうやって手に入れたの。いくらお金を積んでも売ってもらえないわよ」
「保証人と、オールドバイオリン解体修理調整専門鑑定家による整備する人を登録して、認められたら売買が成立するの。後は権威とか教養とかの塊の嫌な人の名前を振り回すとうまくいくみたいな」と言いながら大笑いした。つられて恵子も大笑いした。
「貴方結構下品が似合ってるわ」「あなたもね」
「貴方、案外、見る目があるわね。でも、良いバイオリンだもの。大抵の事はは許すわ。オホホホ」
「これで会長の座が手に入ると思っているのなら、少し甘いのじゃない」
「いいえ、会長になれなくてもこれは差し上げますわ」
「そお、それなら有り難くもらっておこうかしら。触れるだけでも一生のものよ」
「どうぞ、どうぞ。だって私が持っていても飾りだし。それに、先程の方みたいに、価値の分からない方が多いみたいだし。それなりの方に持っていただければいいと思いますわ」
「私もそう思いますわ。豚に真珠じゃ可哀そうですから。では有り難く」
「大事にしてくだされば私どもはそれで宜しいんですのよ」二人は高笑いをしているが、周りの者はあっけにとられている。
(25)入れ札の結果
「皆様、集計が完了しました。旧稲田会会長の伊藤様から発表して頂きます」
「ただ今紹介にあずかりました、元稲田会の伊藤和也でございます。理事長時代は皆さまには大変お世話になり有難うございました。その上、住吉連合の新会長発表の栄誉を賜り有難うございます。では入れ札の結果発表に移らさせて頂きます」封筒から書類を出して読み始める。
「この結果は厳正に審査のうえ、裁定させて頂きました。結果に不満の方は組から破門となります。では一番の方、舎弟頭 桜田一家の平田平造さま、十億」皆に入れ札を見せるような格好をした。
「よく十億も用意できたな」陰口が聞こえるが、それで会長になれるほど安くはない。
「次に、本部長 墨橋会の小川康生様、三十億。宜しいですか」周りからどよめきが起きた。小川はニヤリと笑った。
「次期稲田会会長の遠藤浩二様、百億。宜しいかな」
「ちょっと待て、百億なんて本当に集められるのか、もし駄目だった場合はどうなるんだ」
「当然、ご存じの決まり通り、連合は破門、シマは連合預かり、次期会長は二番札の者となります」
「分かった。念を押したかっただけだ」
「では、十日後の幹部会で承認会を行います」皆は散会して行った。
「どういうことだ。百億ってどうなっている」
「そんな金額は聞いたことが無い。どこから集めてきたんだい」
「山本会長には百億だが、奥さんに五十億のバイオリンを送ったらしい」
「何でそんな事をするんだ。奥さんに幾ら賄賂を贈っても、会長に積む金額が負けたら、ムダ金だろう」
「遠藤のとこの若いのに聞いたが要領を得ん。何がどうなっているのか分からん」
「そんな途方もない金が動いたら何が何でも目立つだろう。それが何で分からんのだ。前もって分からないのは怪しい金じゃないのか」
「銀行を襲ったか、金塊を盗んだか」
「そんな事をしたらテレビのニュースでやるだろう」
「宝石を盗んだのかも」
「何百億の宝石なんかどこにあるんだ。それに、宝石強盗だってテレビでやるよ」
「納得がいかん。金の出所がさっぱりだ」
「どちらにしても犯罪の金なら、警察が持って行くだろう」
「そうしたらこの入札はやり直しだ」
「入れ札を出しなおすのか、それとも二番札が繰り上がるのか」
「伊藤会長もおっしゃっていたろう。次期会長は二番札の者だと」
「黙って見ていれば警察がやってくれるってわけか」
「兎に角、待ってみようじゃないか」
「小川さんが黙って見ているかの方が問題だ」
「遠藤が捕まって、小川さんまで捕まったら、その次はうちの会長だ。ここは静かに様子見だな。これは面白い事になった」
遠藤会長の屋敷に、大和、大輝、会長と姐さんの久美子が酒を飲んでいた。
「大和が入れ札に百億と書いた時にはさすがに桁が違うのかと思って、ひやひやしたぜ」会長が笑いながら言った。
「私も恵子姐さんに出した包みの中のぼろっちいバイオリンが、そんな高価な物だとは思わなかったわ」
「だから若い本職を付けていたでしょう」
「でも本当に五十億もするの」
「正当な値段は三十億位ですかね。でも足元を見られて、ちょっと吹っ掛けられました」
「三十億でも、会長の座の値段と同じだとは」
「この位をしないと上でふんぞり返れませんよ」
「別にふんぞり返ったりはせんが」
「そこですよ。会長はその上の稲田会の上の住吉会に殴り込むんですよ」
「そうですよ、いっちょ噛ましてないと、誰も言う事聞きませんよ」
「そうだな、役員をしていると言っても、下部組織の話だしな」
「姐さんも、姐さん会、綺羅姐会とか作って、派手にやってください。その上で、食えねえ奴の援助とか、住吉会の観音様とか、噂が立つようにする。だが、歯向かうやつは徹底して潰す。それが会長を大きく見せる。そうやって、組運営を旨くやっていく」
「ほんと、お前らは何を考えているのか」
「何言っているんですか。会長に出世して頂きたいですから」
「ところであんな大金どこから持ってきたんだい」
「なるべくなら言いたくないんですが」
「何言ってる。警察沙汰になったら俺達は捕まって、縄張りは没収されて、次期会長は小川康生だ」
「そんな事にはならないですよ。アメリカの宝くじですから」
「宝くじ。そんな当たるか外れるか分からんものにかけたのか」
「で、幾ら当たったんだ」
「三億で」
「三億、違うだろう、もっと大きい奴だ」
「三億ドルですよ」
「三億ドルっていくらだ」
「一ドル百五十円として、四百五十億円」
「四百五十億円。頭が痛くなった」
「ところが、アメ公は税金を寄越せときたもんだ」
「税金を取られるのか」
「外人は三割税金として寄越せと」
「汚ねえ真似しやがる。でどうした」
「払いましたよ。三億ドルの三割で、九千万ドル、百三十五億円」
「ぼったくりだな」
「それを山本会長、姐さん、伊藤会長、私の四人で買ったことにして」
「幾らになるんだ」
「山本会長が百億、恵子姐さんが五十億、伊藤会長が七十五億、私が九十億、その内会長に祝い金として五十億送りますし、大輝に二十億、私に残るのは二十億だけ、それに経費を引くと、十億もないだろうな」
「何もしないで五十億は悪いな」
「その内、十億は姐さんにやってくださいよ」
「分ってる。女同士で、うまくやってもらわんとならんからな」
「そうですよ。これからは内助の功が大きいですからね。大輝もだぞ」
「そうだ、大輝も有能な子分を育てないかん。これからは切った張ったじゃあ、やって行かれん。法と経済に明るい奴が必要だ」
(26)派手な着物を派手に着て披露宴
「新組長披露をやらんといけんのだが、出来る場所が無い。どうにかならんのか」
「ああ、忘れてました。大和さんだその件で連絡をくれと言ってましたよ」
「そうか、有難う」スマホを取り出して
「大和さん、何か御用ですか」
「会長の披露宴は場所決まったかね」
「それが、何所も引き受け手が無くて困っているんですよ」
「以前、忘年会をやった田舎の旅館、覚えているか」
「村おこし」
「そうそう、あそこでどうだ」
「そりゃあ、引き受けてくれるなら有り難いですが」
「式場が新しくできて、こけら落としなもんで、大きい式が欲しかったんですよ。その代わりお行儀よく頼むぞ」
「分かっていますよ」
「じゃあ、打ち合わせに行かせる」
「有難うございます。助かります」と言って電話を切った。
「会長、披露の場所が決まりました」
「よく取れたな」
「大和さんから、以前忘年会をやった場所でと」
「ほんとあの人は、良く気が利くな」
「はい、何時も助け船を出してくださいます」
「アイデアと金を都合してくれる。有難すぎて涙が出る」
「今度会ったらよくお礼を言っときます」
「そうしてくれ」と言って笑った。
「どうされました」
「初めて会った時の事を思い出した」
「あの、私がどつかれて、金庫の金をとられた」
「ああ、最悪の奴だと思ったが、そいつが俺を押し上げてくれる」
「内の組の守り神ですよね」
「足を向けて寝れねえな」
「村おこし大平館の石川芽依さんと村上彩香さんが来られました」
「おお、通してくれ」
「ご無沙汰してます。この度は当館を使って頂いて有難うございます」
「いやいやこちらこそ。で、予算は」
「朝食が二万、昼食が三万、夕食が五万、宿泊料、サービス料が五万で、前日の夕食
、当日の朝、昼、夕、翌日の朝で、十七万、宿泊が二泊で十万として、掛ける百人で二千七百万、式の宮司さん三十万、巫女さんが二人で二十万、合わせて五十万、花や、旗、太鼓等で五十万、その他経費三百万で、合計三千万ちょうどになります」
「結構な額だな」
「そうですね。但し、東京のホテルでやると倍は掛かると思いますよ」
「そうだな。あいつらは足元を見やがる」
「その代わり、宮司はお伊勢さんの資格を持ったほんまもんの正式な宮司さん。料理は寿し、焼き肉ステーキ、ラーメンにおでん屋を連れてきますから、好き嫌いがあっても大丈夫ですし。酒は日本酒、焼酎、ワイン、洋酒、各種高級酒を揃えます。組の名前に傷をつけない物を揃えます。式場はこの度出来上がったばかりの本式の式場です。こけら落としを兼ねてますから、派手にやります」
「分かった。それでお願いする。」
「但し、お隣が警察ですから、くれぐれも騒ぎは起こさないようお願いします」
「分かっている。徹底させる」
「ではお待ちしております」
「鎌田さん、聞きましたか」上野菜月がやって来た。五月蠅そうにしながら、
「何がどうした」
「住吉連合、新会長の披露宴を大平館でやるそうですよ」
「大平館て、あのド田舎の奴か」
「そうですよ」
「なぜおまえが知っているんだ」
「真面目に調査聞き込みしているからですよ」
「まるで俺がサボっているみたいじゃないか」
「パチンコと公園の昼寝と金が入ったら競輪でしょう。これのどこが真面目な捜査なんですか」
「で、何時だ」
「行くんですか」
「行くんですかって、行かないでどうする。何かあったらどうする。佐久間にも言っとけ。課長には言うなよ」
「でも、管轄外ですよ」
「大和と大輝が噛んでいるんだ。行かなくてどうする」
「あの人たちの上部団体の事ですよ。何かあったらどうするんですか。始末書じゃあ済みませんよ」
「何かあったら対処出来るように行くんだろう。黙って付いて来ればいいんだよ」
「はいはい、全く、こうなったら梃子でも言う事聞かないんだから」
「お前、俺のお守でもしてるつもりか。黙って付いて来ればいいんだよ」
(27)暴力団の襲名式と跡目相続
暴力団社会では、親分の地位を継承した者をその暴力団の跡目と称している。
伝統を持つ暴力団では系譜として、その暴力団を受け継いで行くが、その集団継承行為、すなわち跡目の譲渡及び継承の行為を跡目相続といってる。
跡目相続は暴力団社会では最も重要な誓盃儀礼で、襲名式と銘打って、祭壇を設けた式場において、羽織、袴に威儀を正した多くの客人衆の見守る中、代を譲り先代となる親分と代を受ける当代親分が交盃する。これを跡目相続の盃という。
盃事が無事に終わると、博徒系の暴力団では、先代となる親分から、末広、魂(刀)、承認書、縄張りの譲渡、組旗の授与を行う。
跡目の選定は、先代親分の専権事項とされているが、跡目相続は、先代親分が持っていた諸特権や縄張り、集団内の支配権など総てを受け継ぐものであるだけに、跡目の選定を誤れば一家一門の不和の原因となりがちで、主要な身内の事前の同意を得るなど慎重を期して行います。
しかし、通常、跡目は自分の直系の一子分、実子分ともいいますが、昨今では一子分のことを若者頭、若衆頭、若頭などと呼ぶのが一般的となっていますが、その者を指定します。例外として兄弟分を選定したり、一子分以外の子分を選定することもたまにはあるようです。
先代親分が生前、隠退し難い事情があるときは、予め相続人を定めておき、死亡とともに跡目を相続させたり、遺言によって相続人を定めることもあります。
跡目相続によって、先代親分は現役を隠退し、隠居となります。隠居は組織に対する発言権もないのが一般的ですが、しかし、その年齢と実力によっては、その組織の後見役となる場合もあります。
また、跡目相続された組織内では、当然、当代親分と他の組員との間に身分変化が起こり、昨日までの同輩も一文下りとなり相手を親分と呼ばなければならなくなる。ときには、それを機会として、分家として当代親分と同格の独立を与えることもあります。その他の組員は当代親分と改めて親子盃を行う。
また受け継がれる重要なものに代紋があります。
暴力団は、その組織の統制と団結のシンボルとして、代紋と称する紋章を作定しています。この代紋は、代々その暴力団組織が受け継いで行く点では、一般の家紋と類似しています。
この代紋は、組織の大小を問わず、全国の暴力団のほとんどが独自のものを作定し使用しています。このように、暴力団社会で代紋を作定し使用しはじめたのは、明治時代初期以降のことといわれています。組織の統制と団結のシンボルとして、極めて有効であり、また、他の組織との識別が容易にできることなどから、こうした慣習ができあがったものと認められる。
この代紋に関する慣行として、関東では、先代親分の代紋はあくまでも先代限りとし、新親分は新しく代紋を掲げることが多かったのに対し、関西では、跡目相続者が組織とともに代紋を引き継ぐ傾向にある。ただし、現在ではこうした関東、関西で異なっていた特徴的傾向もなくなり、有力な組織では、代々代紋を引き継いで行く傾向にあるようだ。
なお、暴力団の親分は、組織とその縄張りの支配者であり、かつその組織のシンボルであるから、代紋頭と呼ぶことがある。
また、暴力団社会で、代紋をかつぐといえば、その組織に所属していることを意味し、代紋が重たいといえば、組織に属していることが重荷であることを意味している。
ところで、暴力団は市民生活に様々な形で介入し、不法な資金の獲得に血眼になっているが、彼らは、一匹狼では相手にされない。脅しても効果がないということをよく知っているので、常に集団の威力を背景として活動している。それも、世間によく知られ、怖れられている暴力団であればあるほど集団の威力も増し、容易に目的を達することにつながるわけで、現在、広域暴力団といわれる有力な暴力団が、中小暴力団を傘下に収め、有力暴力団のか占化傾向が進んでいる理由の一つもその辺にある。
このような情勢の中で、個々の暴力団員は、組織のシンボルである代紋を名刺に印刷し、バッチとして衣服に付けるなどして、集団の威力を誇示するためにフルに悪用している。
また暴力団社会では、親分がその配下の組員から、その格付に応じて、会費、交際費等の名目で半ば強制的に金銭を徴収し、それによって組織を維持しているが、この徴収される金銭のことを、取締機関が取締上、上納金と呼ぶようになりそれが一般化した。
暴力団社会では、上納金という言葉は使わず、会費、交際費等と呼ぶことが多いようだ。
この上納金制度は、どんな小さな組織でも行っており、平組員から舎弟、幹部など、その格付に応じて月額を決め、毎月、組事務所や組長宅等に集まる寄り合いと呼ばれる組織の定例会の際に納めるのが一般的となっている。
また、こうした上納金を受け取る立場の親分も、いわゆる広域暴力団のように上部組織の傘下に入っているものは、その上部組織に対して、上納金を納めなけねばならない。
具体的な上納金の金額にはピンからキリまであり、その実態は外部から容易に知ることができないが、広域暴力団のような大組識の幹部ともなれば、毎月百万円を超える例もあると言われている。
これによって集まる上納金の額は、有力な広域暴力団によっては、月額にして億単位に上るとも言われている。
また、上納金というのは、会費等の名目だけでなく、義理かけによる特別徴収金や組員が組織を背景として獲得したカネについても、いわゆるカスリといって、その儲けたカネの何割かを親分に上納しなけねばならない決りとなっている。
こうした上納金の性格について、暴力団社会では、組織によって庇護してやることの見返りであるとか、代紋の使用を認めることの対価であるといった認識の下に、月の稼ぎの何割かを持って行かれる苛酷なまでの上納金制度に対して、遊び人が会費を納めることに不満を持つのはおかしなことだ、納めさせてもらうと有り難がらなくてはならないとして、厳しく容赦のない対応をしている。
このように、暴力団社会は富も権力もすべて親分に集中する仕組となっており、大きな組織の親分ともなれば、自ら違法なカネ儲けをする必要はなく、組員が苦労して稼いだカネを上納金として収奪し、組織の運営費や活動資金に充てるほか、豪邸を構え、高級外車を乗り回すなど、豪奢な生活を送る資金として恣意的に際限なく使用しているのが実態だ。
その一方、組員は、儲けたカネの大半を上納金として組織に持って行かれるため、勢い、上納金や自らの生活資金を捻出するため、覚せい剤や賭博、その他の非合法な資金獲得にも見境なく手を染めてしまうことにもなるわけだ。
その上、上納金を何回か滞納することになると、除名その他の恐怖の制裁が待ち受けている。
(28)代紋と上納金
「今まで俺達をコケにしていた連中が一文下りで、みんな頭を下げるなんて気持ちは良いが、元々何を考えているか分からない連中だから、気が許せないよ」
「中にはおべっか使うやつまでいて、気味悪い」
「これも大和さんと頭のお陰だ」
「ああ、二、三年前までは考えもしなかった。それが今じゃあ、金バッチだからな」
「嫁にもいい目させてやれるようになったし」
「大和さんと頭が揃えば天下無敵だ」
「そう言えばお前、上納金はどうしてる」
「遠藤組の上納金は頭がまとめて払っているらしい」
「それでか、俺も払いの請求が来ない」
「上納どころか、小遣い貰っているぞ」
「幾ら貰っているんだ」
「普通の月は百万、仕事をしたらその都度分け前が貰える」
「俺も一緒だが、他の組みたいに、俺達で稼いで、上納しないといけないんじゃないのか」
「詰まらんことして、警察に捕まったら困るからだろう」
「まあ、大輝の頭に任せて置けばいいんだよ」
「姐さんの店によって行くか」
「そうしよう」
「御免よ、邪魔するぜ」
「詩織ママは」
「何々、どうしたの」
「何だてめえは。ここの用心棒か」
「この店を贔屓にしているお客だよ。てめえこそなんだ」
「俺はなあ、聞いてこし抜かすなよ。今を時めく、住吉会系遠藤組の幹部、近藤拓海のお阿兄さんよ。そしてこっちが若頭の井上健太様だ。恐れ入ったか」
「これはこれは、今活躍のお二人じゃないですか。ママ、お二人にジャンジャン酒もってきて」
「お前、話が分かるじゃないか」
「お前らも、こっちに来て座れ。言う事を聞いたら、これからいい目をさせてやるぞ」
「ママ、これから大事な客になるんだから、マスターに連絡して挨拶させるべきだよ。どうせ他の店で飲んでるんだろ」と言って、目くばせをした。
「それもそうですね。ご贔屓様は大事にしなくては」と言って、どこかに電話をしていた。
「すぐ来るそうです。それまで大事に接待しておけって」ニコッとしながら言った。
「おお、この店は大事に使ってやるからな」
五分ほどで大輝は来た。チイママに案内されてやってきた。
「てめえが遠藤組か」
「なんだ、てめえ、態度でかいな」
「ここはわしの店だ。自分の店で威張ってて悪いか」
「お前、わしだ誰だか知っているのか」
「知らん。見たこともない」
「知らんのなら教えてやるよ。遠藤組の大幹部、近藤拓海様だ。驚いたか」
「馬鹿垂れ」と言って頭をどついた。
「てめえ、何をしやがる。俺達は遠藤組の幹部だぞ」
「馬鹿垂れ」と言って、また頭をどついた。
「お前こそ、俺達を知らないのか」拓海が言った。
二人は顔を見合わせた。
「どちらさんで」
「お前の言う、遠藤組の若頭、と言うより、会長代理だ」
「会長代理」二人は思わず声が出た。
「会長代理の吉田大輝様だよ。それも知らねえのか」
「お前、近藤拓海を名乗ったんだってな。こいつが本物だ」
「ええ、近藤さん」驚いて目を向いた。
「そしてこいつが井上健太だ」
本物が目の前にいるとは思わず、今まで威張っていたのがバツが悪い。
「すいません。お二人の名前を語ったのは悪気があったんじゃないんです」
「悪気が無かったんなら何だったんだ」
「へいすいません。どこに行ってもお二人の噂ばっかりで、ちょっとあやかりたいと思って」
「それで名前をかたられたんじゃあ、たまんねえな」
「すっかり有名人だな。お二人さん」大輝が笑いながら言った。
「からかわないでくださいよ。俺達の気にもなってくださいよ」
「で、どうするんだい、この二人」
「港に沈めるか、山に埋めるか」
「ちょっと待ってくださいよ。遊びだったんですよ。勘弁してくださいよ」
「で、お二人さんは何者だよ」
「暴走族上がりの半ぐれで、これでもちょっとは名の知れたお阿兄さんてとこで」
「半ぐれかどうかは知らねえけど、このまま返すわけにもいかねえし」
「片腕貰うか」
「ほんと、勘弁してくださいよ。もう二度としませんから」
「じゃあ、落とし前はどうつけるんだ」
「ちょっと名前を借りただけでしょう。島内で悪さをしている奴らはどうなんですか。やるなら奴らの方でしょう」
「ほう、どこのどいつだ。そのふざけた野郎は」
「社団法人安心会と言う、変な宗教みたいな、年寄り集めて、財産や預金を根こそぎ寄付させて」
「何で寄付するんだ」
「それが良く分かんねえけど、いっぱい寄付するとぽっくり行けるとか何とか」
「何か怪しいからくりがあるんだろうな」
「お前ら、詳しく調べられるか」
「調べろって言うなら、調べますけど」
「じゃあ、調査しろ。分ったら報告しろ」
「ただ、先立つ物が無いんで」
「先立つ物も、後に立つ物もねえんだろ。調査費という事で用意してやるから、きちんと調べて来いよ」
「へい、分かりました」と言って、百万の軍資金を手に入れて帰って行った。
「金渡して大丈夫ですか。金もってとんずらコクかもしれませんよ」
「まあ、大丈夫だろう。それより、安心会だが、話には聞いている。相当怪しげな奴らしい」
「頭知っているんですか」
「話だけはな。だが、後ろのケツ持ちまでは分からねえ」
「奴等、しっかり調べられるかな。不安だな」
「何かあった方が話は早い」
「またまた物騒なこと言って」
「今は住吉会の看板が使える。という事は、話は大きい方がやり易い」
「そうなんですか。どうしてですか」
「住吉と喧嘩するとなると生きるか死ぬかだぞ。誰が好き好んで喧嘩したがるか」
「そりゃ、勝っても無傷という訳にはいかねえし、金は掛かる、警察には睨まれる。良い事なんか何にもねえ」
「お前なら喧嘩するか」
「私は平和主義で、女房を泣かすようなことはしたくねえ」
「今のやくざは自分は無傷で、大金だけ欲しいと言うやつばかりだ」
「だから大喧嘩はしたくねえという訳か」




