理想の夫
初投稿です。温かい目で見てください。
「君を愛することはない。」
とある公爵邸の寝室、一応初夜である。
寝室に入りいきなりドヤ顔で切り出したのはカーボナイト王国、四大公爵家の一つアーガイル家の当主、エリオット・アーガイル 23歳。金茶の髪、青灰色の瞳を持つ社交界では見目麗しいとまぁそれなりに有名な青年。
数年前、不幸な事故で親である前公爵夫妻が亡くなり公爵家を継いだ若き当主である。
相対するのは今日式を挙げて妻となった令嬢…結婚したので彼の新妻であるジャネット・アーガイル。
公爵家よりも格下のソネット子爵家から身一つで嫁いできた 18歳。茶色い髪にヘーゼルの瞳、良くも悪くも特徴のない…でも若くて可愛い娘さんである。
ジャネットは一瞬俯き、唇の端が上がるのを抑えながら「はい....」と答えた。
エリオットはドヤ顔の頬を満足気に上げ....いや自慢の容姿を台無しにする歪んだ表情で頷いてる。容姿は性格や年齢に合わせて変わる事をまだ知らない。鏡を見るべきである。
ジャネットは続けて「分かりましたが、理由を教えていただけますか?」と質問した。まぁ当然の反応。
エリオットは、調子づいてマウント取った感出しながら喋り始めた。
「私には心を捧げている方がいる。その方は私の唯一の女神、訳あって男女としては結ばれないが、真実の愛を捧げ一生その方のために生きると誓いをたてているのだ。だが、公爵家の当主として独り身では周りが煩い。お前との結婚は、公爵家としての最低限の形式を整える為のものだ。」
はぁ、真実の愛の為に独りを貫く気概はない訳か。
「お前のような平凡な下級貴族が私の様な高貴で素晴らしい夫を持てることを幸運を神に感謝しろ。どうだ理想の夫だろ。」
君からお前への切り替え早いわ、見下したら言葉使いも酷いもの、しかも自分持ち上げすぎ。まあ他にも色々貴族ゆえ自由のない事の悩みだの、自分の容姿目当て近づく女性への蔑みだの、唯一の方のへの賛美だの、運命の馴初めだのをダラダラ話したが、だのだの多すぎで割愛。
哀れジャネット、だが何だか神妙に頷きながらメモとる勢いでエリオットの話を聞いている。若いのにできた子なの?
気持ちよく喋りたいだけ喋ってエリオットは寝室をでていった。うん、お約束の白い結婚だね。
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翌朝、夫に相手にされない低位貴族出身の妻へ嘲笑を隠さない使用人達から離れという名の物置小屋に閉じ込められ、半軟禁状態、ギリギリの食事、数週間後からの世話の完全放棄と、これまたお約束の扱いが待っていた。雇い主もだけど使用人も下と見たら切り替え早い。子供だったら死亡案件、いや大人に対しても大問題。
だがジャネットは淡々と黙って自分に降りかかる悪意をやり過ごしていた。静かに静かに存在を消す様に..
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アーガイル公爵と王太子妃の不貞とその不貞隠しに巻きこまれた哀れな娘をモデルにした演劇が城下で大ブームとなったのは、その結婚から1ヶ月経った頃だった。噂と物語は市井の一角から少しずつ広まった。上位貴族と王族への不敬にならない様に、架空の国、人物名であっても、不貞を隠す為に婚姻した妻を虐げている様がリアルに描写されたその物語は、婚姻の時期が重なった事もあり、社交界ではアーガイル家の事実として認識されていった。
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「ジャネット! ジャネットはどこだ!」
エリオットは、完全放置していた妻の名前を呼びながら邸宅内を探し回る。離れの小屋なんだから探す場所間違ってるんだけどね。
家令を捕まえ詰問したところ、妻は離れの小屋で放置されていた事を知る事になる。ホント今更である。
貴族の割に噂に疎い、というか自分の見たいことだけを信じる自分至上主義なエリオットは王太子に直接呼び出され、やっと自分の置かれている状況を知るに至った。
世間で流行っている物語は不貞を働く2人に虐げられた妻が幼馴染の平民と駆け落ちするハッピーエンドと、虐待の上に衰弱死するバッドエンドが面白おかしく入り混じり、遂にアーガイル家の新妻殺害疑惑に発展していた。結婚したらしいけど奥さん見たことないよね~と。
兎に角噂の払拭の為に妻を伴って公式の場にでないといけない状況になっていた。
エリオットは家令の説明から離れ小屋に使用人と共に向かう。が、気の所為か異臭が漂ってくる。それまで本当に誰も近付かなかった証拠として、最悪の物語が臭いと共に近付いてくる。小屋の扉を開けるとそこにはいつ亡くなったか分からない死体が倒れていた。
あまりの状況に嘔吐しながら、目を背けながらも、それは変わり果てた妻である事を理解した。
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数日後の深夜、合同墓地の前で怪しい人物を警邏隊が発見した。女性の不明遺体と共に捕縛された小物達は始めは黙秘していたが、まあ所謂破落戸なのでアーガイル家の依頼であることなんて、ちょっと突かれれば簡単に口を割った。
大スキャンダルであるその事実は、平民愛読の新聞各社が大大的に取り上げ、当然アーガイル家への捜査に繋がった。流石の公爵家も終わりである。
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「アーガイル様、妻の殺人罪で牢屋入り、公爵家は取潰し。死刑はギリギリで逃れたけど、強制労働の為に鉱山送りになったらしいわよ。使用人達も貴族への虐待致死犯として、家令は死罪、他も鞭打ちの上で強制労働、軽い罪でも牢での懲役、出所してもまともな職には就けないでしょうね。」
「想像通りですが、クズ&クズ達なんで、その辺が落とし所ですね。」
王都のとある貴族のタウンハウスにて、ゴージャスな縦ロール金髪の美女の前でお茶を飲みながらジャネットが座っている。あれっ生きてたの、良かった〜。
没落手前の子爵家にも関わらず豪奢をやめない無責任な親の元に生まれたせいで、人より早く大人にならないと生きていけなかったジャネット。幼い頃は完全放置、更に10歳位からは使用人同様の仕事、いや給金、休みなしだから使用人以下の扱いの上、将来はお金になる所に嫁がされるための躾という名の虐待じみた教育を受け生きてきた。
没落手前の貴族の使用人など勤め先で何かをやらかした紹介状なしの問題ある人物ばかり、ジャネットは親以外の大人達に虐げられない為、彼らに目を付けられないよう一緒に働きながら、ある事に気がついた。人はどんなに表面を取り繕おうが、他人の下世話な噂話が大好き、特に自分より上の地位や身分のある人物の転落ネタは老若男女関係なしに盛り上がる。
であれば、どうせお金で望まぬ結婚、もしくは愛人として売られ、そこで虐げられるであろう将来を下世話にルポし、物語として儲けることを希望として生きてきた。
そしてやってきた結婚話、寄親のアーガイル公爵家からの申し入れはその想像を超えた幸運だった。
エリオットは社交界で見目麗しい貴公子としてだけではなく、とあるグループのメンバーとしても有名だったのだ。そのグループとは、王太子と現王太子妃を囲んだお花畑の住人達。
あろう事かエリオットを含むお花畑ズは、王太子誕生日を祝う外国の貴賓も招かれている公式のパーティで王太子の婚約者へ婚約破棄と断罪を言い渡し、男爵家の庶子である令嬢(今の王太子妃ね)と婚約を宣言し、強引に結婚。しかも王太子妃は結婚後もエリオット他、宰相、騎士団長の息子達をお友達と称して侍らせているという事で、既に社交界では物凄〜く有名だった。エリオットが結婚を焦ったのも、お友達に対する噂の払拭を狙ったものだった。
結婚が決まって直ぐにジャネットは市井のゴシップ専門新聞社へ地道に通い、有名なお花畑ズに迫る潜入記事を書き下ろす契約を取り付けた。そしてある日、その新聞社でやんごとなき高位貴族の方を紹介される事となる。それが、今ジャネットの前に座っているゴージャス金髪縦ロールの御方、筆頭公爵家ゼネクワィアット家のエスメラルダ様だ。
彼女こそお花畑王太子の元婚約者にして、公然の場で婚約破棄という形で貶められた方。チープな冤罪は完全クリアできたが、やはり婚約破棄された、というのは重く、隣国に療養に向かったとされ公の場から姿を消していた方である。
「貴方を支援させて頂きたいの。」柔らかな声で淑女の中の淑女、かつて次代の完全王妃と謳われたエスメラルダ様は微笑んだ。何であんな男爵令嬢に転んだのか、王太子の趣味の悪さを露呈する麗しさ。いや、比較など烏滸がましい完璧麗人である。
「貴方の計画、とても面白いわね。私はその計画を完全にする為に、公爵家の力でバックアップするわ。」
という訳で、公爵家の調査部の協力を受け、噂広がるにはある程度時間かかるな~、完全に逃げ切れるかな~、等々個人では時間と手間と物理的な危険面で不安視していた点が、一気に力技で解決。やっぱり権力様々だ。
ジャネットは虐げられていた期間、アーガイル家のメイドとして使用人の中に完全に溶け込み、夫の真実の愛について多々詳細に調査した。メイドとして執務室や私室に忍び込み、元王太子妃との手紙や行動記録を使って、芝居と噂のネタにした。そして公爵家の力で噂の拡散、芝居の公演と短期間で絶大な効果を出し、仕上げに不明死体で虐待を完全補完した訳である。
さて、現在のお茶会に戻る。
「この件で王太子妃は公爵との不貞は真実とされ、他に侍っていた諸々とも不適切な関係を持っていたという疑惑を払拭できず、王太子諸共、廃太子と廃妃、侍っていた側近達も家から除籍。そして、平民になった彼らは行方不明だそうよ。脇の甘いアーガイル様に感謝ね。」
「はい、結婚初日に長々詳細に王太子妃との秘めたる恋の諸々をお話し頂き、それだけでも楽しいお話が作れる所、あの家、使用人が無管理すぎで、簡単に色々調べられました。主が蔑ろにしていても仮にも公爵夫人に対して平気で虐待する様なレベルの低い使用人達なので、私が紛れて調べても全く気付かない。本当にやりやすかったです。」
2人は穏やかにほほ笑みながらお茶を嗜む。
ジャネットの計画は、話として盛り上がらない中途半端なクズと結婚すると、自身へのリスクも高く、成功率も下がることになる。
だがエリオットの場合…
初夜で手を付けてから虐げる、ことも無く、本物の白い結婚。
慎重で秘密主義ではなく、自ら喋るし情報ダダ漏れ屋敷。
結婚後に監禁ということはなく、完全放置で自由。
地味な一般人ではなく、既に噂の人物、しかも王家も関わるなんてネームバリューがあり過ぎ、おまけにエスメラルダ様という雲の上の御方と共同戦線という御縁まで結んでくれた。
お陰で公爵家の庇護の元、話は派手に盛り上がり、危な目にあうことなく大成功した。多分エスメラルダ様も満足な結果になったはず。
元王太子達はいずれは自滅するだろうと言われていたが、公爵家のスキャンダルで完全終了。彼等の行方不明は人為的なのか噂なのかちょっと疑問もあるけど、それはそれで1つの結末である。
ジャネットはその後エスメラルダ様の侍女兼公爵家の調査部隊のエースとして出世した。
キッカケとなったエリオットはジャネットにとって正に理想の(元)夫であり、感謝しているそうだ。
end




