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第57話

 ――轟。

 月鎌が再び振り下ろされるより早く、主の触腕が根を掴んで折った。

 斜光の骨が悲鳴を上げ、前兆の胴が軋む。

 海圧が一点に畳まれ、女の胸郭――核が割れる。


 爆。

 黄都上空の雲が一枚消え、石と塵が逆落としに降った。

 グロースは巨体のまま仰け反り、月の肉片が闘域に雨となって散る。

 主はさらに一歩前へ。深圧核を二重に組み、拳で胸を押し潰した。


 沈黙。

 次の瞬間、巨体は内部から崩壊。

 鎌はただの石へ、髪は灰へ、歌は空気へ。

 前兆は、終わった。


 障壁の外で歓声も悲鳴も出ない。

 ただ、見ていた。

 静羅が拳を掲げる。「主様!」

 ゾスは父の死角に半歩寄り、「視界、良好」

 由衣は息を整え、三人(翔真・悠真・彩音)に目で安堵を伝える。

 エースはひざまずき、額を砂につけた。



 王政院キングズ・メンの代表が砂を踏み、札を掲げる。

 「第二節・勝者――海の側」

 短い礼のあと、彼は声を落とした。

 「次へ進む。危険は増す」


 主は顎をわずかに上げる。「どういう意味だ」

 「距離は曲がり、方位は裏返る。時は味方をしない。……戦域を移す」


 代表が指を鳴らす。

 黄の印が列をなぞり、由衣たちの水印バンドが青を返す。

 「えっ――」彩音の声が途切れ、

 翔真・悠真・彩音・静羅・ゾス・エース、そして随員の術士らが一斉に薄れていく。

 由衣は白で四人の手を繋ぎ、「離れないで!」

 光が畳まれ、彼らは消えた。


 残ったのは主だけ。

 闘域に風が戻り、王はなお姿を見せない。


 代表が最後の札を伏せる。

 「海、単独転移。――第二回戦、開始」


 主は肩をすくめた。「早いほうが退屈しない」


 地面が裏返り、空が近づいた。



 ――白。

 冷。

 静。


 主は人の姿で立っていた。

 雪原。

 遠くに鋸歯の山脈。

 風は吹いているのに、音が薄い。

 足元の粉雪が舞う――遅れて落ちる。


 「……どこだ、ここは」

 吐息が白くほどけ、空に残る。

 残った息が凍りつく前に、足跡が一歩、その先に刻まれた。

 踏んでいない場所に、先の足跡。


 主は目を細める。

 遠くの山が近く見え、近くの雪面が遠く沈む。

 日は出ている。だが温度は上がらない。

 風が頬を撫で、遅れて冷たさが来る。


 (つまらん。――だが)

 彼は首を回し、潮を指先に呼ぶ。

 雪が水路に変わり、地形の筋が露出する。

 道はある。誰かが置いた道。

 隊は――先に飛ばされた。


 「歩ける。……すぐ追いつく」


 主は一歩、白を踏んだ。

 雪が鳴る――半拍遅れて。

 足跡が先に伸び、次に踵が沈む。


 遠くで、金属が擦れるような音が一度。

 方角は掴めない。距離も。

だが、潮は嘘をつかない。

 彼は海だ。


 「退屈は、凍ったところのほうがよく割れる」


 主は笑い、白の中へ歩み出す。

 山は黙り、空は乾き、時間は遅れて追ってくる。

 ――第二回戦、雪域。

 敵はまだ名乗らない。

 だが、見ている。どこからともなく。

 海は、進む。

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