第54話
――砂が焼け、障壁が低く唸る。
縛は沈んだ。残るは滅と無効。
リン(滅)が帯を振り上げ、静羅めがけて空間を剥がす。
ゾスが横から入り、白い指で圧の輪を作って刃の角を鈍らせる。
由衣はその一歩先――砂へ跳び込んだ。
「――抑える。ゾス、締め切って」
由衣は低い線で足場を噛ませ、リンの膝へ肩から突っ込む。
倒れる勢いを利用して、片腕を極め、もう一方を脇で絡め取る。
腹に膝、肘で顎を止め、両腕を腿の下へ封じた。
「動くな」
リンは滅を呼ぶが、角を失った斬線は砂へ空振りするだけ。
白い影がすぐ覆いかぶさる。
ゾス。
指先で水を糸にし、喉の輪へ落とす。気道だけを外した絞め――頸動脈を狙う締め。
「っは……深き親殺しの娘が……!」
リンが泡を吐いて罵る。
ゾスの白い睫毛が揺れ、瞳が冷えた。
「父上を侮辱するな」
輪が締まる。
喉頭が軋み、血の流れが止まる。
由衣は腿で上腕をさらに押さえ、肩ごと床に固定。
リンの指が滅を探す――届かない。力が抜ける。
数拍。
痙攣が一度。
終わった。
ゾスは輪を解き、立ち上がると唾をひとつ落とした。
「父上の敵は、沈むだけ」
由衣は静かに息を吐き、短く頷く。「クリア」
◆
静羅はすでに少年へ走っていた。
エース――瞼を閉じたまま、無効の輪を太らせて前へ。
静羅の滅が薄められる。ならば、と彼女は刀を返し、拳で骨を打つ。
頬、肋、膝――物理で押し込み、足を奪う。
少年は倒れない。閉じ目のまま、距離を聴いて受ける。
障壁の外。
主は腕を組み、ほんのわずかに口角を上げた。
(上出来だ、由衣)
背後で翔真、悠真、彩音が沈黙したまま立ち尽くす。言葉はない。ただ見るしかない。
主の視線が、少年で止まる。
「――欲しい」
◆
低音が深くなる。
砂が鳴り、空の色が半歩暗い。
グロースが不機嫌だ。使徒の死――弱さに苛立つ“前兆”。
月の圧が降りた。
銀の斜線が少年の背に刺さり、無効の輪が膨張する。
筋が鳴り、骨が鳴り、呼吸が変わる。
「――っ!」
静羅の踏み込みが弾かれた。
由衣が側面から肩で止めに入る――押し返された。
ゾスの潮が近づく――輪で痩せ、膜が破れる。
少年の両掌が開く。
音が消えた。
爆風だけが残る。
三人が弾き飛ばされ、砂に転がる。
障壁が軋み、観衆がどよめく。
由衣は即、肘で体を起こし、白で足場を作って滑落を止める。
静羅が血を拭い、ゾスは父の方向にだけ半歩退いて護りを張り直す。
遠くの望楼。
王は姿を見せない。だが、見ている。
王政院の代表が札をめくり、冷ややかに言う。
「第一節――継続」
◆
リンの死骸が砂へ沈む。
ハナの鎖は風に鳴り、もう動かない。
生きているのは少年だけ。十四。
だが今、その圧は大人を越えた。
由衣は短く告げる。「隊形再構。――私が線。静羅、前。ゾス、側面で圧」
静羅が拳を握り直す。「了解」
ゾスが白い睫毛の影で少年を見据える。「父上に近づけない」
砂の上で、少年の呼吸が均される。
無効の輪が拍で揺れ、月の光圧がそこに脈を刻む。
グロースの加護。
前兆は――現象になった。
主は動かない。見ている。
満足げに。
(終わらせろ。――使えるものは残せ)
由衣は顎を引き、砂を踏んだ。
第一節、終盤。
喉は二度と開かない。残るは――少年。
次で決める。