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第54話

 ――砂が焼け、障壁が低く唸る。

 縛は沈んだ。残るは滅と無効。


 リン(滅)が帯を振り上げ、静羅めがけて空間を剥がす。

 ゾスが横から入り、白い指で圧の輪を作って刃の角を鈍らせる。

 由衣はその一歩先――砂へ跳び込んだ。


「――抑える。ゾス、締め切って」


 由衣は低い線で足場を噛ませ、リンの膝へ肩から突っ込む。

 倒れる勢いを利用して、片腕を極め、もう一方を脇で絡め取る。

 腹に膝、肘で顎を止め、両腕を腿の下へ封じた。

 「動くな」

 リンは滅を呼ぶが、角を失った斬線は砂へ空振りするだけ。


 白い影がすぐ覆いかぶさる。

 ゾス。

 指先で水を糸にし、喉の輪へ落とす。気道だけを外した絞め――頸動脈を狙う締め。


 「っは……深き親殺しの娘が……!」

 リンが泡を吐いて罵る。

 ゾスの白い睫毛が揺れ、瞳が冷えた。


「父上を侮辱するな」


 輪が締まる。

 喉頭が軋み、血の流れが止まる。

 由衣は腿で上腕をさらに押さえ、肩ごと床に固定。

 リンの指が滅を探す――届かない。力が抜ける。


 数拍。

 痙攣が一度。

 終わった。


 ゾスは輪を解き、立ち上がると唾をひとつ落とした。

 「父上の敵は、沈むだけ」

 由衣は静かに息を吐き、短く頷く。「クリア」



 静羅はすでに少年へ走っていた。

 エース――瞼を閉じたまま、無効の輪を太らせて前へ。

 静羅の滅が薄められる。ならば、と彼女は刀を返し、拳で骨を打つ。

 頬、肋、膝――物理で押し込み、足を奪う。

 少年は倒れない。閉じ目のまま、距離を聴いて受ける。


 障壁の外。

 主は腕を組み、ほんのわずかに口角を上げた。

 (上出来だ、由衣)

 背後で翔真、悠真、彩音が沈黙したまま立ち尽くす。言葉はない。ただ見るしかない。


 主の視線が、少年で止まる。

 「――欲しい」



 低音が深くなる。

 砂が鳴り、空の色が半歩暗い。

 グロースが不機嫌だ。使徒の死――弱さに苛立つ“前兆”。


 月の圧が降りた。

 銀の斜線が少年の背に刺さり、無効の輪が膨張する。

 筋が鳴り、骨が鳴り、呼吸が変わる。


「――っ!」

 静羅の踏み込みが弾かれた。

 由衣が側面から肩で止めに入る――押し返された。

 ゾスの潮が近づく――輪で痩せ、膜が破れる。


 少年の両掌が開く。

 音が消えた。

 爆風だけが残る。


 三人が弾き飛ばされ、砂に転がる。

 障壁が軋み、観衆がどよめく。

 由衣は即、肘で体を起こし、白で足場を作って滑落を止める。

 静羅が血を拭い、ゾスは父の方向にだけ半歩退いて護りを張り直す。


 遠くの望楼。

 王は姿を見せない。だが、見ている。

 王政院の代表が札をめくり、冷ややかに言う。

 「第一節――継続」



 リンの死骸が砂へ沈む。

 ハナの鎖は風に鳴り、もう動かない。

 生きているのは少年だけ。十四。

 だが今、その圧は大人を越えた。


 由衣は短く告げる。「隊形再構。――私が線。静羅、前。ゾス、側面で圧」

 静羅が拳を握り直す。「了解」

 ゾスが白い睫毛の影で少年を見据える。「父上に近づけない」


 砂の上で、少年の呼吸が均される。

 無効の輪が拍で揺れ、月の光圧がそこに脈を刻む。

 グロースの加護。

 前兆は――現象になった。


 主は動かない。見ている。

 満足げに。

 (終わらせろ。――使えるものは残せ)


 由衣は顎を引き、砂を踏んだ。

 第一節、終盤。

 喉は二度と開かない。残るは――少年。

 次で決める。

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