第52話
――闘域。
砂が熱を吐き、障壁が低く唸る。外で主は腕を組み、遠い塔では誰かが監視している。王だ。
対面の三人――リン(滅)、ハナ(縛)、エース(無効)。
由衣は短くまとめる。「順序:縛→滅→少年。――距離で剥がす」
ハナが先。
砂に鎖を潜らせ、足首を引きに来る。
「低い線」
由衣が掌を斜めに切る。足元に白が走り、鎖の角度が逸れて砂上に噛む。
静羅は一歩で詰め、手首・肘・顎へ三連。物理で崩す。
リンの滅が横から帯で差し込み、静羅の肩口を薄く剥いだ。
「……当たるが、死なない」静羅が血を拭い、距離をずらす。
エースは瞼を閉じたまま前へ。
空気が鈍る。
由衣の白が痩せ、静羅の滅が薄く、ゾスの潮の膜が滑らない。
「無効化、半径拡大」由衣が警告。
ゾスが握り拳ほどの水玉を十、二十――術ではなく質量として撃ち込む。
「術を捨て、物で押す」
鈍音。ハナの肩が落ち、鎖が緩む。
リンが刈り込み、エースの輪が拍のように広がる。
由衣は薄板を肩前に立て、滅へ角度を与えて逸す。
「近づくな、刻みで来る」
◆
「――分断する」
由衣は砂に二本の路を引いた。
一本はハナを右角へ押し出し、もう一本はリンの踏みを浅くするための逆勾配。
「静羅、右。ゾス、左。――少年は私が止める」
静羅がハナへ一直線。
鎖が床から噴き、身体に巻きつく――が、膝の楔で節を外し、頭突き一発。
「立つな」
ハナがよろめき、縛の輪が乱れる。
ゾスはリンの側面へ。
白い指が潮位を上げ、砂地の水分を奪って膝下を重くする。
滅の刃が来る。ゾスは半身で抜け、喉下へ水弾を打つ。
「父上の前は通さない」
エースが由衣の正面。
少年の無効が輪になって押す。
由衣は白を極薄にし、足裏だけの現実を確保。肩と腰の重心で滑る。
「殴る――当てる――離れる」
音も匂いも最小。少年は聴覚で距離を読むが、由衣は線で足跡を偽装した。
掌底が顎に入る。半分は無効に痩せ、半分は骨を鳴らした。
エースの足が砂を引く。
◆
ハナが反転。
鎖を扇に広げて周囲を制圧、静羅の脚を刈る。
静羅は落ちかけた体を片手で受け、踵で鎖の節を砕く。
「近すぎる」
素手の打で肋を沈め、鼻梁へ一発。
縛の輪が解けかける。
ハナの眼にためらいはない。止めに来る眼だ。
リンは滅を帯で面に広げ、ゾスの動線に壁を作る。
ゾスは潮で砂を板に固め、踏み台を三段生む。
斜に跳び、肩で刃を外し、喉へ水弾を二連。
リンの咳で帯が緩む。
エースは瞼を閉じたまま押す。
由衣は無効の輪の縁に身体を乗せ、外へ出たり内へ入ったりで強度を乱す。
「閉じ目の感覚優位。――足裏に嘘を」
砂に白で硬柔を作り、踏み違えを誘う。
少年の踏みが一拍ずれて、由衣の肘が鎖骨に刺さった。
「っ……!」エースが膝をつく。
◆
外で主が爪先で砂を叩き、退屈を紛らわす。
王の影は動かない。見ているだけだ。
由衣は一息、隊へ。
「今、縛を落とす」
静羅が短く「了解」。
――突っ込む。
鎖が炸裂。
静羅は滅の点を掌に凝らし、鎖の心を潰す。線ではなく点。
同時に膝で腹を抜き、肘で顎を跳ね上げ、頭を砂へ。
ハナの喉が無防備に晒された。
リンが救いに来る――ゾスが横から掴んで止める。
白い指が頸動脈の前に水圧の輪を作り、気道だけを外す。
「眠れ」
窒息へ向かう秒が数えられる。
由衣はエースに半身を向けたまま、視線だけで静羅へ合図。
静羅のブーツがハナの首に置かれる。
鎖が再起しようと砂で鳴る。
ハナの眼は冷たい――まだ止めない眼。
「……来る」由衣の声は低い。
選択の重みが、踵に集まる。
◆
エースが突っ込んでくる。
無効の輪が太い。守るための前進だ。
由衣は斜に踏み、輪の縁で加重をずらし、肩で線を押し戻す。
「止まれ」
少年の胸に肘、足に白、呼吸に冷。
止まった。一拍だけ。
静羅の踵がわずかに増圧する。
ハナの喉が鳴った。瞳は折れない。
ゾスの指先がリンの喉に深くかかる。
「父上を拒む者は、沈む」
リンの指が滅を探す――力が抜ける。酸素が薄**い。
由衣は短く息を呑み、結びを置く。
「ここで切る**」
縛を落とすための距離は――今。
踵が、砂に沈む。
ハナの喉が、軋んだ。
――次へ。