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第42話

――夜半。

 旧天象館のドームが、星を喰ったまま黒で膨らんでいた。

 非常灯は入口で折れ、受付には子ども連れと職員が固まって座る。目は焦点を失い、影が足首を糊のように縛っている。


「ここで終わらせる」

 ミハルが短く言い、配置は四角スクエア

 前=由衣。右=悠真。左=翔真。後=彩音。

 天羽ショウマは一歩引き、「無韻は刺し所だけ」と指で小さく×を作った。


 由衣は掌に境界片を二枚、重ねずずらして立てる。折り境。

 悠真は光杭と星針ケース。

 翔真は石英糸とミラーの結び。

 彩音は冷光れいこうと塩霧。



 ドーム内。

 呼吸を奪うような黒。天井の投影孔は開いているのに、星が一つも帰ってこない。


「見えない主、ニョグサ」

 ミハルの声が落ちる。「喰う先をこちらで定義する。――**星図せいず**を張れ」


 悠真が床面の円周へ星針を打つ。

 北極、赤経三時、六時、九時――要点だけを噛ませ、微細な冷光が点で立つ。

 翔真は天井周縁のミラーへ石英糸の結びを回し、半拍のずらしを与えて反射の振りを作る。

 彩音が塩霧を薄く回し、闇に白の粒子を混ぜる。

 由衣は折り境で床から天へ梁を立て、点と点を線にした。


 ――星が出た。

 人工の星。しかし、「喰う」相手にとっては十分な餌だ。

 ドームの黒が擦れ、縁を持つ。


逆影ぎゃくえいを起こす」

 由衣が告げる。

 星の下に、光ではなく境の影を敷く。

 影に影を与える。

 見せないの居場所が、輪郭だけ見える。



 足元――受付前の影糊が濃くなり、囚われの子どもの踵をさらに沈める。

 彩音が膝をつき、「名前、言える?」と胸に手を置く。

 小さな声が戻る。

 由衣は折り境を床すれすれに滑らせ、糊の意味だけを外へ流した。

 悠真が星針で足元の角を抜き、翔真が肩の強張りを半歩ほどく。

 ――浮く。

 列は流れになり、入口の白へ。


 天井では、黒が一塊に凝り始めた。

 ニョグサが“鯨”のかたちに寄ってくる。

 光源そのものを噛む“口”が、人工の星へ向いた。


星網ほしあみ、起動」

 翔真が石英糸を投げ、ミラーの返しを合わせる。

 星々の間に糸が見えない網を張る。

 由衣は折り境でその網に節を打ち、落とし口を一つだけ残した。


「落とす先を――器に」

 悠真が光杭で中央につぼの口を縫い、反射布で内側を白に張る。

 彩音が冷光を溜め、正気の温度で“器”を満たした。



 緑の眩暈が、ふっと滲む。

 まだ残党がいた。視界の裏で火のダンスが始まり、星の見えを壊しに来る。

 「見ないで通す」

 由衣は眉と胸に短く板を差し、緑の意図だけ横へ滑らせた。

 彩音が冷で喉の渇きを摘む。

 (緑は封球に落とした――写りだけ)


 その刹那、黒が跳んだ。

 星網ごと噛みちぎりに来る腕。

 ショウマの指が×を切る。「無韻――三拍!」

 闇の拍が落ち、掴むタイミングが空になる。

 由衣の折り境が縁を裂き、翔真の結びが躓きを入れ、悠真の杭が口の角を噛む。


「――今!」

 網の落とし口が開き、黒鯨が器へ沈む。

 彩音の冷光が器の内壁を満たし、喰う先を失わせる。

 由衣は器の縁に折り境を二重で重ね、見えない腕を中に閉じ込めた。



 抵抗は来た。

 ドーム全体の電気が落ち、人工の星が消える。

 黒は器の外で増殖しようと、床へ滲む。


「逆影、追加」

 由衣は境界片を細片に砕き、床の目地ごとに短冊を刺した。

 星が無くても、『下にある影』だけが灯る。

 見えないは、輪郭を持つほど遅くなる。


 ショウマが息を吐く。「無韻、残り一刺し」

 「要らない」

 由衣は首を振る。線で押し切れる。

 悠真は器の口を二重に縫い、翔真はミラーを解きながら返しの角度を維持、彩音は由衣のこめかみに冷をひと欠け。


 器の中で黒が沈黙する。

 喰い物がない世界に閉じ込められ、形も名も薄れていく。


「――ふう

 ミハルの合図。

 反射布と塩石灰の白泥スラリーが流れ込み、光壺の蓋が下りた。

 ニョグサの芯は、透明なかんの底へ落ちる。



 受付前。

 最後の子どもが浮き、彩音が背を撫でる。「もう平気」

 小さな頷き。

 外の空気が帰り、ドームの黒はただの夜へ退いた。


 由衣は境界片を畳む。指先の痺れは少ない。

 ショウマが額を拭き、「無韻、温存できた」

 翔真は石英糸を巻き、「網、効いたな」

 悠真は封じた光壺を箱へ収め、「角、摩耗なし」

 ミハルが端末へ刻む。


 【ニョグサ:NEUTRALIZED】


 白板の最重要欄、三つめが灰になった。



 出口のガラスに、黄が一枚、風もないのに貼り付く。

 勝手に字が湧いた。


 〈通し稽古終わり。本番は明晩/将の席は中央一列〉

 〈観よ、語れ〉


 ミハルが剥ぎ、封筒へ落とす。

 陣雷は黙って紙の跡を見た。

 灰の眼が、決めている。


「行く。……観て、殴る場所を取る」

 声は静かだった。


 由衣は短く頷く。「線は私たちで張る。司令は――戻る」

 笑いも皮肉もない。約束の言い方。


 ドームの外で風が変わる。

 街の灯は普通の明るさを取り戻したが、遠いどこかで幕が二回、軽く鳴った。


 汚穢、緑、影――NEUTRALIZED。

 残るは黄。

 王は、客席に座っている。

 次の舞台は、**奪取キャプチャ**の用意まで整っていた。

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