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第34話

 ――深夜。


 地下連絡環状線・廃駅。

 案内板は消え、ホームは黒に沈んでいた。

 線路脇に巨大な白袋、アルミ反射布、携行アーク灯、石灰と塩のドラム。

 ミハルが手短に告げる。


リングを作る。光源は地面ごと固定。汚穢は剥がす、緑は逸らす、影は縁取る。

 **四角スクエア**で行く」


「前、私。右、悠真。左、翔真。後、彩音」

 由衣は頷き、掌に薄い面を二枚、同時に起こした。防ぐためじゃない。境界を置くためだ。


 悠真が光柱ライトピンを二本、縛呪の杭で枕木ごと地中へ縫い付け、角度を固定。

 翔真は反射布を結び、半拍のずらしを与え、風路で揺れても戻る遊びを仕込む。

 彩音は四人の脈に触れて震えを取り、避難民の息だけを先に揃える。



 最初に匂いが来た。

 鉄と湿りの奥で、失敗の臭気。

 線路の間から泥が息をし、アボースの産声がホームの下で膨らむ。


「剥がす」

 由衣は面を斜めに入れ、母と子の間を裂く。形になる前に崩す。

 泥の手が一本、床を探る。届かない。


 次いで、緑が灯る。

 灯りは燃えない。見る者の内側だけを焼く。トルズチャ。

 彩音の指がこめかみに触れ、冷が熱を先回りして摘む。

 「視線、落として」

 由衣は眉と胸に一枚ずつ面を置き、意図の向きを外へ滑らせた。

 翔真の結びがその道を反射布へ投げ返し、緑は白に薄まる。


 天井の配管が黒で塗り潰される。

 ニョグサの袖が、光を食う。

 アーク灯の輪は手前で折れ、奥が夜になる。


「縁取る」

 悠真が光粉(白墨+塩+反射微粉)を振り、床へ角線を引く。

 反射布の返しで黒が縁を持ち、輪郭だけが見える。

 由衣はそこへ面を差す。二つ同時、十七。

 (持つ)



 リングが立つ。

 光柱を中心に、白い反射の檻。

 影は中へ入れない。

 泥は縁で止まる。

 緑は道を失う。


「救出線、通す」

 ミハルの声。

 ホーム端、倉庫室に民間人が十六。足元は影の糊。


 由衣は路を一本、最短で扉へ引いた。

 「――今」

 悠真の杭が踝の角を抜き、翔真のずらしが膝の硬さを半歩分ほどき、彩音が恐怖を胸から抜く。

 ひとり、浮く。

 影は音もなく遅れる。


 倉庫室の奥で、瓶が割れた。

 緑のステップ。正気を舐める踊り。

 由衣はその縁だけを撫で、路の外へ滑走させ――

 「刺す」

 悠真の杭が緑の根へ噛み、翔真の結びが炎の足を躓かせる。

 彩音は視界の裏に残る熱を摘み取り、「戻った」と短く置いた。



 アボースが怒った。

 線路の下で塊が身を起こし、複数の口が同時に産声をあげる。

 白の檻の外が波になる。


白環ホワイト・リング、起動」

 ミハルの合図で、天井梁に張った反射布が回転する。

 光が円を描き、白の輪が泥の上に落ちた。

 塩が霧になり、石灰が白く降る。

 (鎮泥)


 由衣は面で産声の芯を剥がし、翔真が裂け目を広げ、悠真が縁を杭で留め、彩音が嘔気を抜いて呼吸を戻す。

 泥は育たない。

 失敗は、失敗のまま崩れて消える。


 「七、出た」「八、出した」

 救出が流れになる。



 影は諦めない。

 天井の黒が伸び、光柱の根を摘みに来る。

 悠真の杭が地を深く噛み、反射布の返しが縁を増幅。

 黒が縁を持つほど、見える。

 由衣の面がそこを裂く。

 見せないは、見える縁で分けられる。


 「司令、前へ出ます」

 ミハルの報告に、陣雷は短く応じた。「要らん」

 灰の眼は路の外のもっと奥――見えない袖を睨む。

 拳は握られたまま、殴る場所を待つ。



 最後の三名。

 足元の糊は濃く、恐怖は深い。

 由衣が床に面を薄く這わせ、糊の意味を剥ぐ。

 翔真が肩の震えをずらし、悠真が踵の角を外し、彩音が名前を呼んで心を戻す。

 ――浮く。


 そのとき、奥の暗がりで紙が一枚、ひらり。

 黄いろ。

 文字が勝手に現れる。


 ――『中入り。王はすぐ戻る』


 由衣は視線だけで無視し、封筒へ落とす。

 ミハルが短く指示。「撤収線、強める。――終わりにする」


 光柱の電源が上へ切り替わり、白の檻が濃くなる。

 泥は退き、緑は薄れ、影は輪郭だけ残した。



 ホーム上。

 最後の担架が昇降路に消える。

 彩音が手袋を外し、由衣の指先の震えを両手で包んだ。

 「十八は?」

 「……やってない。線を増やした」

 「正解だよ」

 彩音の声は柔らかく、強い。


 翔真が反射布の結びを解きながら笑う。「白い檻、効いたな」

 悠真は杭を肩に、「角も生きてた。次は四本に増やせる」

 ミハルが四人を見回し、短くまとめる。


「白環で影を縁取る。

 鎮泥で汚穢の産声を落とす。

 返しとずらしで緑を空へ逃がす。

 ――四角スクエア、運用良」


 陣雷はホームの奥、黒の座をもう一度だけ見た。

 灰の眼は約束していた。

 (次は殴る)



 地上。

 風は冷たく、街は少しだけ明るさを取り戻している。

 搬送車のテールランプが遠ざかると、階段の陰で黄が一片、笑った。


 ――『終幕はまだ。

  ――王は、司令を待つ』


 由衣はそれを踏まない。

 封筒に入れて、ファイルに挟む。

 見る場所は、こちらが選ぶ。


 四人は拳を軽く合わせた。

 力はこめない。重さだけ確かめる。


「切って、結んで、留めて、戻す」

 四人の声が、同じ高さで重なる。

 廃駅の白は、夜風の中で消えずに残った。

 四角スクエアは、今夜も崩れない。

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