第6話 初めての野営
次の日は好天にも恵まれ、デリー一行は順調に旅程を稼いだ。
「次のバレの村との間には森があるね」
地図を見ながらデリーが言った。
「今夜の野営は森の中ですね」
ゾフィーがデリーの横で地図を見ながら言った。
「そうだね。魔獣は森に多く出るらしいから気をつけよう」
デリーが皆を見て言った。
昨夜マチルダに聞いたところでは、ここ最近で魔獣に出くわしたという話はないそうだ。
「一番近いところで三ヶ月前くらいでしたでしょうか」
とのことだった。
街道には他の冒険者達もいた。
「声をかけてみますか?」
少し先を歩く冒険者を見ながらロナがデリーに聞いた。
「そうだなぁ……とりあえずはやめておこうか」
少し考えてからデリーが言った。
「昨夜の人たちみたいに乱暴者だったら嫌ですわ」
嫌悪もあらわにリズが言った。
「大丈夫よ、その時は私がこの剣で!」
そう言ってロナは腰に提げた剣に手をかけた。
「昨夜は活躍できませんでしたものね」
と意地の悪い笑みを浮かべてリズが言った。
「ゆ、昨夜はちょっとびっくりしちゃっただけよ。あなただって何もできなかったじゃない」
ロナが言い返すと、
「私はデリー様に守っていただきますもの」
そう言ってちゃっかりデリーの腕にすがるリズ。
「ああーーズルい!なら私もデリー様に守ってもらう!」
と、ロナもデリーの腕にすがった。
「ははは……」
とりあえずは笑っておくしかないデリーだった。
「それはそうとして、お互いに協力し合った方がいいと思うのよね」
デリーの腕から離れないままでロナが言った。
「……まあ、そうですわね。そうすれば魔獣も減って助かる人も多いはずですわ」
リズも渋々ながらロナに同意した。勿論デリーの腕を掴んだままで。
「僕たちの目的だとそうなるけど、違う人もいるだろうからね」
デリーが言った
「違う人、ですか?」
と、ロナ。
「うん、魔獣を狩って褒賞をもらうのが目的の冒険者たちだね」
「ほとんどの冒険者がそうでしょうね」
と、ゾフィー。
「そうなんですね」
「なるほどですわ」
ロナもリズも、このパーティーに参加した一番の目的はデリーことデイル王子の妃の座を手にすることだ。
二人とも報奨金のことは知ってはいたがほとんど気にしていなかった。
(でも、魔獣を倒してデリー様にアピールすれば王太子妃の座も……)
ロナは頭の中で皮算用した。
(私の魔法の凄さをデリー様に認めていただければ私が王太子妃に……)
リズも同様だった。
「魔獣というのは昔からいたのですか?」
ゾフィーがデリーに聞いた。
「王国の記録によればそうだね。その昔、邪悪な魔法使いが魔獣を生み出したっていう記述があるんだ」
「生み出した、ですか?」
「うん。生み出したというのが具体的にどういうことなのかは書かれてないんだけどね」
「比喩的表現なのか、それとも文字通り……」
そこまで言ってゾフィーはゾッとしたように身体を震わせた。
「獣を操る術、というものがあると、お祖父様から聞いたことがありますわ」
リズが記憶をたどりながら言った。
「すごいじゃない!あなたもできるの?」
俄然興味が湧くロナ。
「いいえ、できません」
リズが即答した。
「なぁんだ」
とつまらなそうに言うロナを、ムッとして睨むリズ。
「それは動物の調教術を魔獣に応用したものかもしれないわね」
と、ゾフィーがロナとリズをとりなすように微笑んで言った。
昼の休憩の後、しばらく歩くと森が見えてきた。
そして日暮れまではまだ時間がある頃に森の入り口にたどり着いた、
入口にはジョアナが待っていた。
「野営にちょうど良い所を見つけておきました」
ジョアナが駆け寄ってきたリズに言った。
「危険なことはなかった?」
リズが心配そうに聞いた。
「はい、大丈夫です!」
いつもどおり明るく答えるジョアナ。
「ブランカは?」
ロナが辺りを見回しながら聞いた。
「野営場所で待っています」
「そう、よかった」
ホッとしたように小さく息を吐いてロナが言った。
ブランカもジョアナも隠密メイドと称しており、実際かなりの実力を持っていそうだ。
ロナもリズもそれは理解している。
とはいえ自分に仕えてくれているメイドのことはやはり心配なようだ。
森に入ると街道はやや狭くなったものの、よく整備されていた。
「森の中も歩きやすいわ」
ロナが言うと、
「街道には定期的に砂を入れているんだよ。水はけもよくなるしね」
と、デリーが教えてくれた。
街道の脇には所々小さな空き地があり、既に野営を始めている冒険者もいた。
冒険者達は設営作業をしながらもチラチラとデリー達に視線を送ってきた。
だが、話しかけようとする者はいなかった。
やがて街道脇でブランカが手を振っているのが見えてきた。
「ブランカ!」
ロナが待ちきれずに小走りで駆けて行った。
「ここから入ってしばらく行ったところに野営にちょうどいい場所があります」
ブランカが街道脇の小径を指して言った。
そこは森の奥にポッカリと空いた木に囲まれた円形の土地だった。
差し渡しは二十メートルはありそうで、六人が野営するのには十分な広さだ。
「こっちには泉もあるんですよ」
ジョアナが歩いていった所に水の煌めきが見える
「いいところだねえ。ありがとう、ブランカさん、ジョアナさん」
「「とんでもございません!」」
デリーの笑顔に、心持ち顔を赤らめながら気をつけの姿勢で答えるブランカとジョアナ。
野営の準備をしている間もそれぞれ周囲に気を配った。
最近は少ないとはいえ魔獣との遭遇には気をつけなければならないからだ。
「念の為、火は起こさないようにしよう」
デリーが言った。
普通の野生動物は火を恐れる。だが魔獣がどうなのかは分からない。
「こんな所で魔獣と戦いたくはないないからね」
デリーの言葉に皆が頷いた。
干し肉とパンの簡単な夕食を終えると、見張り役を決めて休むことにした。
「見張りは二人一組にしよう」
デリーはそう言って組と順番を決めた。
ロナとリズ、デリーとゾフィー、プランカとジョアナがそれぞれ組になった。
((デリー様と組になりたかったのに……))
ロナとリズは内心思ったが、デリーが決めたことなので仕方ない。
最初の見張り役になったロナとリズは、空き地の端にあった岩に背中合わせで座った。
そして入口と反対側をそれぞれ見張ることにした。
今夜は雲もなく、月明かりが木々の間から差し込んで空き地を照らしている。
「私、外で夜を過ごすの初めて」
空を見上げながらロナが静かな声で言った。
「私もですわ」
リズも同じように空を見上げている。
「月明かりって思ってたよりずっと明るいわ」
「そうですわね」
夜は小さな音でも思いのほか響くものだ。二人とも無意識のうちに声を潜めている。
「何も起こらないでほしいですわね」
と心配性のリズが言うと、
「何も起こらないのもつまらなくない?」
案の定ロナが脳天気な答えを返す。
「あなたはいつもそうですのね」
「だって剣の腕前を試したいじゃない」
「そういうところが脳筋だと言うのです」
「なんですって……!」
ヒソヒソ声ながら思わず声が大きくなり、ロナは口を押さえた。
そのまま二人は何も話さずに見張りを続けた。
しばらくすると空き地がぐっと明るくなった。
ロナが真上を見ると、木々が作る宙空の円にほぼ満月に近い月が見えてきた。
「わぁ……綺麗……」
「綺麗……ですわね……」
リズも月を見上げて言った。
「あの月が木に隠れたら見張り交代でいいかな」
見張りは真夜中頃に交代と決めている。
「そう、ですわね……」
答えるリズが、何かに気づいた。
「どうかしたの?」
ロナが聞くと、
「今、何か臭ったような……」
リズが顔をしかめて言った。
「臭った?」
「ええ、注意したほうがいいかもしれません」
そう言ってリズは立ち上がった。
ロナも立ち上がり辺りを見ながら空気の匂いを嗅いだ。
「本当ね……こっちの方から臭ってくるわ」
ロナは腰に提げた剣に手を置いた。そしていつでも剣を抜けるようにして臭いがしてくる方へ近づいていった。
リズはその場に残り他の方向にも注意を向けながら、休んでいる仲間に囁きかけた。
「この臭い、お酒の……」
とロナが呟いたとのろで、木々の間から男が姿を現した。
「あ……!」
ロナが小さく声上げた。
それは昨夜宿の酒場で絡んできた無精髭の男だったのだ。
「よう姉ちゃん、昨夜は世話になったなぁ」
無精髭は不快なダミ声でそう言いながら、ロナに近づいてきた。
「くっさ!」
ロナはそう言って思わず後ずさった。
無精髭は何日も風呂に入ってなさそうな体臭に酒の匂いが混ざって、とんでもない悪臭を放っていたのだ。
「昨夜はよくも恥をかかせてくれたなぁ」
臭い息を吐きながら無精髭が言うと、後からスキンヘッドとニヤけ男も空き地に入ってきた。
「何言ってるのよ、悪いのはあんた達でしょ!」
新たに二人加わって増幅した悪臭に、鼻をつまみながらロナが言った。
そうしているうちにデリーたちも起きてきた。
「またあなた達ですか」
デリーが落ち着いた声で言った。
「へっ、昨夜は油断したけどよ、今度はそうはいかねえぜ」
無精髭が言うと、
「へへへへ、今日は仲間がたくさんいるからなぁ」
「覚悟しろよぉ」
ニヤけとスキンヘッドが言うと、彼らの後ろに人が集まっているのが木々の間から見えた。
「デリー様、どうしましょう?」
いつでも抜剣できる体勢でロナが言った。
「魔法で眠らせることもできますわ」
リズが言うと、
「そんなことしたら、ゴミ溜めみたいに臭い奴らがここに居座っちゃうじゃない」
剣に手を当てているため鼻にしわを寄せてながらロナが言った。
「あら、それもそうですわね」
リズも案外落ち着いている。
「多少、怪我をさせても仕方ないですよね、デリー様?」
既に男達を斬る気満々のロナが言った。
「そうだね、仕方ないかもしれないねえ」
デリーも全く慌てる様子もなく、落ち着いた声で言った。
「なんだとこの野郎ーー!」
「いい気になるんじゃねえぞーー!」
「こちとらてめえらの倍以上いるんだからなぁ!」
無精髭たちが吠えた。
するとその時、
「ぎゃぁああーー!」
「ひぃいいーー!」
と無精髭達の後ろから悲鳴が聴こえてきた。
「何やってんだてめえら!」
無精髭が後ろに怒鳴った。
「てめえら早くこっちに出てこい!」
スキンヘッドが怒鳴りながら木々の間を後ろに戻った。
「ぎゃぁああーーーー!」
「た、助けてくれぇええーーーー!」
なおも悲鳴と逃げ回る音が聴こえてくる。
「な、何があった……?」
さすがに異変を感じて無精髭が後ろを見たところ、木々の間に黒く大きな影が見えた。
「な、なんだ、こいつ……」
そこまで言って無精髭は固まってしまった。
「はっ……!」
ロナはその場で息を飲んで固まってしまった。
「みんな、下がれ!!」
デリーがいつにない鋭い命令口調で叫んだ。
「ロナ様!」
いち早く反応したブランカが、固まってしまっているロナの腕を掴み、強引に下がらせた。
黒い影は木々の間から出てきた。月明かりに姿をさらしたそれは二メートルを超えるであろう毛むくじゃらの獣だった。




