第5話 酒場での騒動
ブランカが取ってくれた宿は村の中央通り沿いの宿屋だった。
ここも一階が食堂兼酒場で二階が宿になっている。
「それにしても隠密メイド組合ってすごいわね」
皆でテーブルにつくとロナが言った。ロナとリズはしっかりとデリーの隣の席を確保している。
「はい、王国内の主な街や村に支部がありますので」
ブランカが答えた。今日は店の給仕ではなくメイド服を着ている。
「そうなんです、あちこちで会合ができるんですよ、お茶飲みながらお菓子食べて」
同じくメイド服のジョアナが言った。
「あなたの話を聞いているとただの仲良しクラブみたいに聞こえますわ、ジョアナ」
「みんな仲良しですから」
リズの皮肉に笑顔で答えるジョアナ。
「さっきみたいな客引きはよくあるの?」
ゾフィーが聞いた。
「以前はそれほどでもなかったと聞いています」
「冒険者が増えたのでそれを目当てに出てきたみたいです」
と、ブランカとジョアナ。
「そのうち変なのに絡まれたりするのでしょうか?」
ロナが隣に座っているデリーに寄り添いながら言った。
「できればそういう事態は避けたいですわ」
ロナの反対側に座っているリズもデリーに寄り添いながら言った。
「その時はデリー様に守っていただきたいです」
と、普段なら言いそうもない乙女な事を言うロナ。
「あなたなら自力で撃退できるんじゃなくて、ロナ?私こそデリー様に守っていただきたいですわ」
負けじとリズも乙女モード全開で言った。
「あんたこそなによ!選抜会で相手の男を瞬殺してたじゃない!」
「二メートルの大男を倒す人に言われたくありませんわ!」
お互いに褒めてるのか貶してるのか分からない。
そんなロナとリズのやり取りをデリーは二人の間で微笑みながら聞いている。
「いやあ、僕は仲間に恵まれてるなぁ、本当に頼もしいよ」
デリーがロナとリズを見て言うと、
「デリー様に頼りにしてもらえるなんて♡」
「きっとデリー様のお役に立ってみせますわ♡」
ロナとリズはいつもどおり目をハートにして言った。
すると、先ほどからこっちの様子をうかがっていた男たちがデリー達のテーブルにやって来た。
「なんか楽しそうだなぁ、兄ちゃんよぉ」
「かわい子ちゃんに守られて羨ましいなぁ、おい」
「俺たちも守ってくれよぉ」
結構酔いも進んでいるようだ。
「なによあんた達」
「近寄らないでくださいますか」
ロナとリズが男たちを睨みつける。
「いいじゃねえか、俺たちと飲もうぜ」
「そもそも女の子を独り占めなんて欲張りすぎじゃねえか、兄ちゃん?」
「俺たちにも分けてくれよぉ」
理由のわからない理屈を並べる男達。
「僕たちは仲間だからね」
デリーは穏やかな笑みのまま酔っ払い共に言った。
「そうよ、分けるとか何ふざけたこと言ってるのよ!」
「そうですわ、失礼にもほどがあります!」
ロナとリズが声を荒らげる。
「おお、中々元気な姉ちゃんじゃねえか」
「そんな顔だけの優男なんざ放っといて俺たちとよろしくやろうぜ」
「そんな野郎よりずっと頼りになるぜ」
無精髭赤ら顔の男がロナの肩に手をかけた。
「触らないでよ!」
ロナが無精髭の手を引っ叩いた。
すると、それまでいやらしいニヤけ顔だった無精髭が凄んできた。
「痛えな、このアマぁーー!」
無精髭は罵声をあげてロナに掴みかろうとした。
「……!」
ロナは咄嗟に防御の姿勢になった。
バシッ!
無精髭の手はロナに届かなかった。
「そういうことはしないでもらえるかな?」
穏やかだが重みのある声でデリーが言った。
デリーはロナに掴みかかろうとした無精髭の腕をしっかりと握っている。
「こ、この野郎ーー!」
無精髭はもう一方の手でデリーに殴りかかった。
だが一瞬後、無精髭はデリーに組み伏せられて床に膝をついていた。
デリーが目にも留まらぬ速さで無精髭の手を捌いて腕を捻り上げたのだ。
「ぐぁああーー……!」
無精髭男が苦痛の声を上げる。
「て、てめぇーー!」
無精髭の仲間のスキンヘッドの男が罵声をあげて殴りかかろうとした。
デリーは無精髭を掴んだままスキンヘッドを見た。
睨むわけでもなく静かな表情で見ただけだ。
だがスキンヘッドはそのデリーの眼力に気圧されて動きを止めた。
「もうやめにしよう、こんなことは」
静かで威厳すら感じられる声でデリーが言った。
((きゃぁああーーデリーさまぁーー♡))
ロナとリズはデリーの勇姿に見惚れてしまい、惚れ直すどころの騒ぎではなかった。
すると、
「お客様!」
と女性の声がした。
ロナ達が見ると、歳の頃は三十歳前後、長い焦げ茶色の髪の女性が早足で向かってきた。
その後ろにはブランカとジョアナがいる。彼女たちが呼んできたようだ。
「私、店主です。何か問題があったようでございますね」
店主はその場を鋭い目で見ながら言った。
「いえ、大したことではありませんよ」
デリーが持ち前の爽やか笑顔で答えて無精髭から手を離した。
「て、てめえが店主か!客にこんな目に合わせやがって、どうしてくれるんだ、ああ?」
「相応の誠意を見せてもらわなきゃなぁ」
無精髭とスキンヘッドが店主に凄んだ。
言いがかりもいいところである。
「なんなら、あんた自身で返してくれてもいいんだぜ、店主さんよ」
もう一人の始終ニヤけているような痩せた男が店主ににじり寄って彼女の腕に手をかけた。
((何を……!))
ロナとリズが慌てて席を立ち上がろうとしたその時、
バシッ!
と、ニヤけ男の顔面に店主の裏拳が入った。
「うがっ……」
顔を押さえて苦しむニヤけ男。
((うわ、強っ!))
呆気に取られてしまうロナとリズ。
「当店はお触りは禁止です」
店主の声は低く落ち着いている。
「こ、この野郎ぉーー!」
無精髭が罵声をあげて店主に向かっていった。
だが、
「もうやめようって言ったよね?」
と、デリーが素早く店主と無精髭の間に身体を入れて立ち塞がった。
静かに刺すようなデリーの視線に、無精髭は顔色を変えて後ずさった。
「ち、ちくしょう、覚えてやがれ!」
無精髭は悪役お決まりの台詞を吐いて、スキンヘッドとニヤけを引っ張って出ていった。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、冒険者様」
男達が出て行くと店主がデリーに頭を下げた。
「私達がすぐに動いていれば……」
「すみません……」
ブランカとジョアナも申し訳なさそうな顔だ。
「いえ、大丈夫ですよ」
デリーはいつもの爽やか笑顔で答えた。
「それにしても、デリー様めちゃくちゃお強いんですね!」
「あんな乱暴者をあっという間に負かしてしまわれるなんて!」
ロナとリズが愛情に憧れを乗せた熱い視線でデリーを見つめている。
「僕は剣も魔法もせいぜいが人並み程度だからね。幸い闘技は合ってたみたいだから、ちょっと頑張ったってだけなんだよ」
そういうデリーはどこか照れくさそうである。
そんなデリーにロナとリズは、
((控えめなところが素敵♡))
といつもどおり目をハートにするのだった。
「今日はお飲み物もお食事もサービスさせていただきますので、存分にお召し上がりください」
店主がそういった時には既にブランカとジョアナが料理を運んできていた。
「却って申し訳ないなぁ」
デリーが恐縮すると、
「私、マチルダと申します。今後もご贔屓にお願いいたします」
華やかな笑顔でマチルダが言った。
「僕は冒険者のデリーです、よろしく」
デリーも爽やか笑顔を返した。
「なんだか、負けてる気がするのは私だけ……?」
マチルダとデリーのやり取りを見てロナがリズに小声で聞いた。
「そ、そうですわね……なんというか大人の魅力的な部分で……」
リズも危機感を抱いたようだ。
「ゾフィーさんはどう思う?」
静かにグラスを傾けていたゾフィーにそっとロナが聞いた。
「はい?」
ゾフィーは何を聞かれているのか分からないようだ。
「マチルダさんのことですわ」
と、リズ。
「マチルダさん?ええ、素敵な方ですね」
いつもどおり穏やかに微笑むゾフィー。
「ゾフィーさんは、気にならないんですか?」
「気になるって、何がですか?」
「デリー様が、その……マチルダさんに……」
口ごもってしまうロナ。
「ああ、そういうことですか」
ゾフィーにもロナとリズが言わんとするところが分かったようだ。
「特に気にすることはないんじゃないかしら。マチルダさんもお仕事であのようにデリー様と接しているのですから」
ゾフィーはお姉様笑顔でロナとリズに言った。
「「ゾフィーさん……♡」」
ロナとリズはそんなゾフィーの笑顔に見惚れてしまった。
「私ね、前からお姉様が欲しかったの」
「私もですわ。兄は鬱陶しくて仕方ありませんの」
ロナとリズは囁きあった。
「何を話してるの?」
ゾフィーが二人に聞いた。
「あ、あの、ゾフィーさんがお姉様だったら嬉しいなって」
「そうなんですの、男の兄弟しかいないものですから」
ロナとリズは頬を赤らめながら早口に言った。
「あら、それは嬉しいわね」
温かく包み込むような笑顔で答えるゾフィー。
((きゃああああーーーー♡))
ふたりで手を握りあって目をハートにするロナとリズだった。
その後はブランカとジョアナも戻ってきて加わった。
「明日の夜は野営ですね、楽しみ!」
「楽しみではあるけれど野営は初めてだから少し不安ですわ」
ロナとリズでは微妙にトーンが違う。
「私とジョアナが先行して場所を探しておきますわ」
ブランカが言った。
「冒険者が野営することも多い街道なのでいい場所があると思います」
と、ジョアナ。
「野営場所のことは君達にお願いするよ」
デリーがにこやかに言った。
「「はい!」」
背筋を伸ばして応えるブランカとジョアナ。
「それじゃ、明日に備えて今夜は早めに休もう」
そう言ってデリーは立ち上がった。
「そうですね」
ゾフィーもデリーにならって立ち上がった。
「よし、頑張るぞーー!」
両手の拳を振り上げるロナ。
「元気いっぱいですのね。何もなければいいのだけれど……」
どうもリズは物事を悲観的に考える傾向があるようだ。
「ええーーそんなこと言わないでよぉ……」
ロナが悲しそうに言った。
「大丈夫よ、リズさん。皆がいるのだから」
ゾフィーが励ますように言った。
「そうですわね、ありがとうございます、ゾフィーさん」
憧れの眼差しでゾフィーを見てリズが言った。
((ゾフィーさんがいてくれてよかった!))
ゾフィーの存在の大きさに改めて喜びを感じるロナとリズだった。




