第3話 いざクエストへ
デイル王子とロナ、リズ、ゾフィーの四人は国王から立太子クエストの勅命を受け、その後王宮内の一室に集まった。
どうやらデイル王子は、クエスト中は自分が王子だということは伏せておくつもりらしい。
「冒険者デリーと名乗ろうと思うんだけど、どうかな?」
デイル王子は皆の顔色を伺うように聞いた。
「冒険者デリー様ですね、素敵です!」
ロナが目をキラキラさせながら言った。
「冒険者デリー様……心に響くお名前ですわ」
夢見る乙女のような表情のリズ。
「よろしくお願いします、デリー様」
ゾフィーが穏やかに微笑んで言った。
こうして四人はどこにでもいるような旅人の装いに着替え、目立たないようにそっと王宮を後にした。
「まずは北の街道を進んでアバーに向かおうと思う」
王都を北に向かって歩きながらデイル、基デリーが言った。
アバーは王都を出て北に向かうと最初にたどり着く街だ。
「私、王都の他はフレイミン家の領地しか行ったことがないので楽しみです!」
「私もですわ。歩いての旅も始めてです」
ロナの言葉にリズも同調した。
「僕は視察で見に行ったことはあるんだ。でも馬車だったし、政庁以外はほとんど行ってないから始めてみたいなものだよ」
デリーがロナとリズを見ながら笑顔で言った。
「北へ向かうのは何か理由があるのですか?」
ゾフィーが聞いた。
「そうなんだ。最近北部で魔獣の出現が増えてるらしくてね」
「魔獣なんて昔の話だと思ってました」
ロナが言うと、
「あら、ロナさんは何も知らないのね。ここ数年で魔獣の目撃が増えてますのよ」
すかさずリズがマウントを取りにきた。
「むっ!」
ドヤ顔のリズを睨みつけるロナ。
「まあ、ちらほらという状況だからね。地域によっては目撃されていないところもあるし」
ロナとリズの険悪な雰囲気をとりなすようにデリーが言った。
「それでは魔獣出現の原因を探るというのがクエストの目的なのですね」
と、ゾフィー。
「そうだね。途中で情報を集めながら北へ向かうことになるかな」
「そうしたら魔獣との戦闘もあるのですね?」
ロナが聞くと、
「うん、あり得ると思う」
と、デリーは厳しい表情になった。
「ご心配いりません、デリー様!魔獣など私の剣で片っ端からぶった斬ってやります!」
ロナが腰に提げた剣を掴んで鼻息も荒く言った。
「魔獣など私の攻撃魔法であっという間に殲滅してみせますわ」
リズも負けていない。
「何言ってるの?魔獣には魔法が効かないものもいるって本で読んだわよ、ドラゴンとか」
「え?」
「あらあら、偉そうなこと言う割にはお勉強が足りないのねぇ」
と先ほどの意趣返しとばかりにロナが言った。
「きぃーー!」
悔しそうにハンカチを噛むリズ。
「ははは、僕は剣も魔法も人並み程度だから何かあったら頼りにしているよ、ロナ、リズ」
超絶イケメン笑顔でデリーが言うと、
「「はい、お任せください!」」
とロナとリズが目をハートにして答えた。
「ゾフィーさんは支援をお願いします」
「はい、お任せください」
穏やかな笑顔で答えるゾフィー。
「なんか、ゾフィーさん素敵……」
ロナが憧れの眼差しになっている。
「さすが未来の聖女ですわね……」
リズもほんのりと頬を染めている。
「私もゾフィーさんを見習わなきゃ!」
と、拳を握るロナ。
「ならば、まずはその筋肉でてきてる脳を改善しなければいけませんわね」
すかさずマウントを取りに来るリズ。
「そっちこそ憎たらしい口の利き方を直さなきゃじゃない?上品ぶって却って品がないわよ」
負けずに言い返すロナ。
「「むむむむ!」」
睨み合うロナとリズ。
「さあさあ、そろそろ出発だよ。二人とも仲良く行こう」
デリーが爽やか笑顔で二人をとりなした。
四人は王宮を出て王都の北門に向かった。
王都の北側は政庁が多い区画で比較的人通りは少なめだ。
とはいえそこかしこに飲食店もある。主に政庁に勤める役人が利用するのだろう。
通りには旅人姿の者もちらほら見える。
「私たちの他にも北へ向かう人がいるみたいですね」
通りを歩く人を見てロナが言った。
「魔獣狩りが目的かもしれないね」
デリーが教えてくれた。
「魔獣狩りですか?」
リズが聞いた。
「うん、魔獣を狩って政庁に届けると報奨金が貰えるんだよ」
「楽しそうですね、それ!」
俄然ワクワク顔になるロナ。
「楽しいって……不謹慎じゃないこと?」
「むーー」
リズのジト目に頬を膨らませるロナ。
「本来は騎士隊の役目なんだけどね。中々手が回らないから冒険者にもやってもらってるんだよ」
「そうなんですね……」
心配顔のゾフィー。
「でも、冒険者が積極的に狩ってくれるのは王国としてもありがたいことだよ。楽しいと思ってくれればなお嬉しいね」
そう言ってデリーは、リズに凹まされて膨れているロナに微笑みかけた。
「デリー様♡」
デリーの微笑みに瞬殺されるロナ。
「ふん……」
今度はリズが頬を膨らませる番だった。
アバーへ向かう北の街道はよく整備されていて歩きやすい道だ。
旅の始まりということもあり四人の足取りも軽かった。
道中は馬に引かれた荷車とすれ違うこともあった。
「北部からは木材や魚の干物が王都に届けられるんだよ」
デリーが教えてくれた。
「北部はお魚がたくさん穫れると聞いたことがありますわ」
とリズ。
「ニーヴという港町があってね。周辺の漁村で獲れた魚が集まってくるんだよ」
「ということは新鮮なお魚が食べられるのですね」
ロナが早くも脳内を魚料理で満たし始めた。
「王都ではお魚は干物しか食べられませんものね」
ゾフィーが苦笑いしながら言った。
一行は途中携行食で昼食を取り、日暮れ前にはアバーの街に到着した。
「初日は順調でしたね!」
旅の疲れも見せずロナが言った。
「私は早く休みたいですわ……」
一方リズは体力ではロナにかなわないようだ。
「はは……それじゃ宿を探そう。夕食も食べられるところがいいね」
デリーはそう言って、街の中心の通り沿いの比較的大きな宿屋に入っていった。
そこは一階が食堂で二階と三階が宿になっている店だった。
「僕は部屋を取ってくるから先に食堂で席を取っておいてくれるかい」
「「「はい」」」
勇者の言葉にロナ達三人が答えた。
「デリー様ってなんでもできるのね♡」
「本当になんて素晴らしいのでしょう♡」
完全に恋する乙女状態のロナとリズ。
そんな二人をゾフィーは柔らかい笑顔で見ている。
デリーが戻ってくると、
「デリー様は宿も慣れてらっしゃるように見えます」
ロナが素直な感想を言った。
「いや、僕も始めてだよ。実はあらかじめ教えてもらってたんだ」
やや照れくさそうにデリーが言った。
「素敵なだけでなく努力家でもあるのですね、デリー様♡」
「私たちのためにそこまでしてくださるデリー様って♡」
ロナとリズにとってはデリーのやることなすこと全てが魅力的に見えてしまうようだ。
こんな調子で賑やかにしているところに、女性店員が飲み物と料理を運んできた。
「ありがとう……?」
礼を言いながら店員を見たロナの目の色が変わった。
「って、ブランカじゃない!なんであなたがここにいるのよ!」
そう、そこにはロナ付きのメイドのブランカが店員制服を着て立っていた。
「さすがロナ様、私の変装を一発で見抜くとは」
してやられた的な顔をしてブランカが答えた。
「いや、変装って制服が変わっただけじゃない」
ジト目で言うロナ。
「まったく……メイドを連れてくるなんて、どういうつもりで……あら、ありがとうござ……!」
ロナに一言ちくりと言ったリズも料理を運んできた別の店員を見て絶句した。
「じ、ジョアナじゃないの!何をしているのですか!」
「はい、リズ様に給仕をしています」
リズ付きのメイドのジョアナが悪びれもせずに笑顔で答えた。
「ええと、二人とも知り合いみたいだけど……?」
困惑笑顔でデリーが聞いた。
「すすす、すみません、デリー様!」
「ももも、申し訳ありません、デリー様!」
ロナとリズは立ち上がってテーブルに額が当たるのではという位に頭を下げた。
「うちのメイドのブランカです!」
「うちのメイドのジョアナです!」
ロナもリズも半泣きである。
「なら大丈夫だね。ブランカ、ジョアナ、よろしくね」
一瞬の困惑をすぐに消して、デリーが微笑みながら言った。
「「恐れ入ります、デリー様」」
ブランカとジョアナが声を合わせて頭を下げた。
二人ともデイル王子の仮りの名前は把握しているようだ。
「それにしても、よくこのお店に入れたわね」
ロナが呆れながらもブランカに聞いた。
「はい、この店は隠密メイド組合の息が掛かった店ですので」
ブランカはそう言いながらカウンターを見た。
カウンター奥に立っている店主と思しき女性が親指を上げながらウインクをしている。
「なんだか怪しい地下組織みたいですわね、息がかかったとか」
リズも呆れ顔である。
「カッコいいじゃないですか、隠密メイド組合の息がかかったお店、とか」
楽しくてしょうがない様子のジョアナ。
「はぁ……まあ、いいわ。で、あなた達は給仕をするためだけにここにいるの?」
呆れ顔から立ち直ったロナが聞いた。
「勿論それだけではありません」
「色々聞いてみました」
と、ブランカとジョアナ。
「それを聞かせてもらえるかい?」
デリーが真剣な面持ちで聞いた。
「はい。北部で魔獣が増えているのは確実のようです」
「そして、北部の街や村には魔獣狩り目的の冒険者が集まり始めているそうです」
ブランカとジョアナが報告した。
「魔獣が北部のどのあたりから来ているかは分かったかい?」
「いいえ、そこまでは……」
「すみません……」
「いや、大丈夫だ、ありがとう、情報助かったよ」
デリーが太陽の笑顔で礼を言うと、ブランカもジョアナも顔を赤くしてぎこちなく礼をした。
「冒険者が集まっているということは、風紀が乱れている可能性も考えておかなくてはいけませんね」
真剣な顔でゾフィーが言った。
「そうだね、明日からはそのへんも気をつけていこう」
デリーがメンバーを見ながら言った。
こうして、立太子クエスト初日の夜
は楽しく陽気に更けていった。




