第25話 祝福
「ゾフィー=ホワイティアに結婚を申し込みます」
デイルは確かにそう言った。
一瞬の静けさの後、会場がざわつき出した。
「ホワイティアって聖女の家系ですわよね?」
「確かゾフィー殿は長女のはず」
「いずれ聖女になるお方ですわよね」
「でも、聖女は結婚はできないのでは」
集まった人々から次々と疑問の声が上がる。
ロナもリズも、デリーの発表の直後は完全に固まってしまっていた。
だが、会場のざわめきと共に目が覚めたようになってお互いを見た。
「負け、ちゃったね……」
「負け、ましたわね……」
二人同時に声を出した。
なぜだかそれが可笑しくて仕方なかった。
「はは……」
「ふふ……」
そして二人は、会場のざわめきに紛れ笑い合った。
カランカラン!
侍従がベルを鳴らして静粛を促した。
「私の決断に異議が出るだろうことは承知していた」
デイルが落ち着いた声で言った。
「ホワイティア家は代々聖女を輩出してきた家系。そしてゾフィーはホワイティア家の長女としていずれ聖女になることが内定している」
「だとしたら、ゾフィー殿は殿下の妃になることはできないと思われますが」
白髪の国政評議員が進み出て異議を唱えた。
「聖女は結婚できない、というのは昔からのしきたりだ。王国の法令で結婚を禁止されている事ではない」
デイルの落ち着きに揺るぎはない。
「国民の理解を得るためにもしきたりを守ることは大切と思われます」
先程とは別の小太りの評議員が意見した。
「そうかもしれない」
デイルは小太り議員の意見にも一定の理解を示した。
そのうえで、
「では、私の考えを聞いてもらいたい」
と付け加えた。
「聖女は結婚できないというしきたりが、いつどのような理由で決められたのか。王国の記録を私が調べた限りでははっきりしたことは解らなかった。
なのでその事について是非を問うことはしないでおこうと思う。
私が問題視したいのは、聖女の責務と婚姻との両立が認められないということだ。
本人が望むのであれば、また、両立が可能と考えるのであれば、これを禁ずるのは理不尽であるとともに、王国の損失にもなる、というのが私の考えだ」
デイルはここで言葉を切って、会場を見回した。
皆、デイルの言葉に真剣な表情をしている。
白髪の評議員も小太りの評議員も異議を申し立てる様子はない。
「皆さん、どうやら私の考えを理解してもらえたようだね」
それまでの低く沈着な声色を和らげてデイルが言った。
「と言っても、これはあくまでも僕の考えで、愛する人に受け入れて貰えなければそれまでなんだけどね」
途端にいつも通りの砕けたデイルに戻った。
会場内に僅かながら笑いが起こった。
デイルは会場に笑みを返すと、中央を真っすぐ歩き出した。
人々が左右に分かれて道を作る。
そして、デイルが行き着いた先に、ゾフィーが静かに立っていた。
ゾフィーは両手を胸の前で組んで、静かにデイルを見つめている。
デイルはゾフィーの前で歩みを止めると、正面から彼女の瞳を見つめた。
そして、ゆっくりと片膝をついてゾフィーを見上げた。
「ゾフィー=ホワイティア嬢、私はあなたに結婚の申し出をしたい。私の妻となってくださいますか?」
デイルは、ゆっくりと厳かな口調でゾフィーにプロポーズした。
ゾフィーは無言でじっと動かなかった。
会場の人々はデイルとゾフィーを静かに見守っていた。
だが完全な静寂ではなく、
「しきたりに反する……」
「聖女の権威が……」
「王国の風紀が……」
などという囁き声がロナとリズに聞こえてきた。
どうやら集まった者たちの多くは、未だデイルとゾフィーの結婚を快く思っていないようだった。
(何を言ってるのよ、あいつら!)
(許せませんわ!)
ロナもリズもデイルを心から慕い、彼の妃となることを強く望んでいた。
だが、同時にゾフィーのことも強く慕っていた。
なのでデイルとゾフィーに向けられた誹謗中傷には、ロナもリズも我慢がならなかった。
このままずっと動かないのではとは思われたゾフィーの右手が、やっと小さく動いた。
「お受けになるのか……」
「まさかねぇ……」
またもや心無い声が聞こえてきた。
ゾフィーの手が止まってしまった。
よく見ると彼女の手は小刻みに震えている。
これがロナとリズに火をつけた。
(リズ!)
ロナは決意を込めた目でリズを見た。
(ロナ!)
リズもロナの意をしっかりと受け止めて頷いた。
二人は広く開いた中央を駆けて行った。そしてゾフィーの後ろに並んで跪いた。
突然のことにデイルもゾフィーも驚いている。会場もざわついた。
「突然のご無礼をお許しください、王太子殿下」
ロナが決然とした口調で言った。
「……どういうことだ、ロナ=フレイミン嬢」
突然のことにデイルは動転しているはずだが、声からはわかなかった。
「ゾフィー様は共に試練をくぐり抜けた私たちの友、親友です」
「お互いに助け合い、命の危険をも乗り越えてきた心の友なのです」
跪き、うつむき加減でロナとリズが高らかに言った。
「そうだね、それは僕も同じだよ」
デイルは立ち上がって普段どおりに近い声で言った。
「あ、あの……」
ゾフィーはロナとリズを交互に見てオロオロとしている。
ゾフィーにしたら極めて珍しいことだ。
「王太子妃として相応しいのはゾフィー様以外に考えられません」
「王国内はもちろん、世界を見渡してもゾフィー様以上の方はおられません」
「僕もそう思う。心の底から」
ロナとリズの言葉にしっかりとした声で答えるデイル。
「そこで殿下にお願いがございます」
「願い?」
ロナの言葉に聞き返すデイル。
「はい。世界で最も王太子妃に相応しいゾフィー様を、世界一幸せにすると誓っていただきたいのです」
「そしてここに集まっている方々皆さんにそのことを知らしめていただきたいのです」
ロナとリズは顔を上げてデイルに言った。
「ロナさん……リズさん……」
二人を見ながら震える声でゾフィーが言った。
少し目を伏せて考える様子だったデイルが顔を上げた。
「わかった、誓わせてもらうよ」
そう言うとデイルは再びゾフィーの前に跪いた。
「ゾフィー=ホワイティア嬢、私は心から愛し尊敬するあなたを、世界中の誰よりも幸せにするとここに誓います。どうか私の妻となってください」
デイルは顔を上げてゾフィーに手を差し出した。
ゾフィーは一瞬躊躇するかに見えたが、ゆっくりと手を差し出した。
そして、デイルの手に自らの手をそっと載せると、
「はい、喜んで」
と、短く答えた。そしてはにかむように微笑んだ。
余計なことは言うなよとばかりに会場に睨みを利かせていたロナとリズは、ぱっと立ち上がった。
「ゾフィーさん、おめでとうーー!」
「おめでとうございます、ゾフィーさん!」
大きな声で祝福を言いながら、ロナとリズは左右からゾフィーに抱きついた。
「どうもありがとう、ロナさん、リズさん」
潤んだ瞳で微笑みながらゾフィーが答えた。
その頃になると所々から拍手が起こった。
そして評議員の随行で会場に来ていた若者達がゾフィーの下に集まってきた。
そして、
「おめでとうございます!」
と、口々に祝いの言葉を伝えた。
そんな様子を見てロナが、
「反対してたのはお年を召した方々みたいね」
と、未だに渋い顔をしている評議員達を横目で見た。
「ですわね。でも、これからの王国は私達若い者が支えていくんですもの」
そう言うリズの顔にはちょっとした達成感が浮かんでいた。
「ロナ、リズ、ありがとう、助かったよ」
デイルがいつもの調子に戻って言った。
ゾフィーとワチャワチャしていたロナとリズはデイルを見て言った。
「デイル様、きっとゾフィーさんを幸せにしてくださいね」
「そうですわ、ゾフィーさんは私たちの大切な仲間なんですから」
「勿論、僕の全てをかけて」
そう言ってデイルは若者に囲まれているゾフィーを愛おしそうに見た。
そんな話をしていると会場の別の場所がなにやらざわつき始めたようだった。
「何かあったのかしら」
ロナが不思議な顔をしていると、ゾフィーのそばにいた若い女性が教えてくれた。
「若手の騎士隊員ですわ。騎士隊にはゾフィー様のファンが多いですから」
「そうなのね!」
「わかる気はしますわ」
そう言いながら、俄然興味が出てきたロナとリズは、冷やかし半分で騒ぎの現場に向かった。
「おーーいおいおい」
すると大柄な騎士隊員が声を上げて泣いていた。
「あなた、ザガルトじゃない!」
驚いてロナがザガルトに駆け寄った。
「ゾフィーさんのファンだったのですね」
リズが哀れむようにザガルトを見ている。
「自分は、聖女になられた後もずっとゾフィーさんを推していくつもりだったんです(泣)」
涙に暮れながらザガルトが言った。他にも泣いている隊員が何人もいた。
「選抜戦の時目当ての女性がいるって聞いたけど、ゾフィーさんのことだったのね」
「そんなことがあったのですね」
「さあさあ、泣いてたって仕方ないでしょ。私とリズのサインをあげるから泣き止みなさい」
ロナが慰めるように言った。
「ぐすん、いりません」
ザガルトの信念は固いようだ。
「強情ねぇ、あんたも」
「本当ですわね」
「まあ、今度闘技場で模擬戦でもやって気分転換をしましょう」
「それ、いいですわね」
ロナの提案にリズも賛成した。
そしてザガルトだけでなく、涙に暮れていたゾフィーファンの隊員達も乗り気だった。
「そうしたら私も若い治癒士を集めて参加します」
こちらの話を聞きつけたゾフィーもやってきた。
「「「「おぉおおおおーーーー!」」」」
騎士隊員達の野太い歓声が会場内に響いた。
そんな様子を一歩引いて見ていたデイルは、
「はあ、これから色々やることがあるんだけどなぁ」
と小さくため息をつきながら呟いた。
だが、すぐに表情を明るくして、
「まあ、いいか。面白そうだから僕も参加しよう」
と言って歓声の輪の中に入っていった。




