第2話 それぞれの想い
「今日は僕の立太子クエストメンバー選抜戦に来てくれてありがとう」
ここは闘技場内の一室。タルタニア王国第一王子デイル=タルタンが、クエストメンバーに選ばれた三人の前で挨拶をした。
((きゃぁあああーーーー王子様ぁああああーーーー!))
金髪碧眼、イケメンイケボで笑顔も爽やかなデイル王子にロナとリズは完全にハートを射抜かれてしまった。
「ではメンバーの皆さん、改めて一人ずつご挨拶をお願いします。まずは剣士のロナ嬢から」
デイルの脇に侍っているナイスミドルな侍従が穏やかな口調で言った。
「はい!ロナ=フレイミン、剣士です!得意技は魔法剣です!」
「フレイミン家は剣士の家系だね。頼りにしているよ、ロナ嬢」
「ロナとだけお呼び下さい!」
「ありがとう、ロナ」
デイルはまさに太陽のような笑顔でロナに答えた。
(ああーーーーもうだめ!私三回くらい死んだ!)
狂喜で跳び上がりたくなるのをロナは必死で抑えた。
「では次に魔術士のリズ嬢、お願いします」
「リズ=アイスリーでございます。魔術のことはお任せください。特に攻撃魔術と弱体化魔術が得意です。リズとお呼び下さい」
「魔術士の家系アイスリー家の方とは心強い。活躍を期待しているよ、リズ」
「はい」
リズは恭しくお辞儀をして答えた。
ロナとは違い一見落ち着いて見えたが内心は、
(ああ、どうしましょうどうしましょう!もう心臓が破裂してしまいそう!)
とリズの心中はスパーク寸前の状態だった。
「それでは、治癒士のゾフィー嬢、お願いします」
「治癒士のゾフィー=ホワイティアです。この中では一番の年長になりますね、よろしくお願いします」
侍従の紹介に穏やかで優しく微笑みながらゾフィーが自己紹介をした。
「頼りにしています、ゾフィーさん。私たちを後ろから支えてください」
デイル王子も穏やかな笑みで返した。
(デイル王子がさん付けで呼んだってことは……)
(ゾフィーさんのほうが歳上、ということね……)
ロナとリズは推測した。
そして、
(年上の女性のほうが好みなんてことは無いわよね)
(やはり年下のほうが好みですわよね)
と、素早く判断を下し、お互いに視線を向けた。
((気をつけるべきはこの子……!))
とロナとリズは互いを横目で睨んだ。早くも火花を散らし合っている様子だ。
そんな不穏な空気を察したからかどうなのか、ゾフィーがロナとリズの前に歩み出た。
そして二人の手をそっと取ると、
「よろしくお願いしますね、ロナさん、リズさん」
と、まさに聖女そのものといった慈愛に満ちた笑顔で言った。
「こ、こちらこそお願いします!」
「よ、よろしくお願いしまですわ!」
ロナとリズは頬を赤く染めてドギマギして答えた。
((ゾフィーさん、素敵すぎーーーー!))
「後日改めてパーティー結成式を行います。お知らせをお送りしますので王宮にお越しください」
と侍従が説明した。
「それでは、また結成式で会いましょう」
と、デイル王子が輝く太陽笑顔でロナたち三人に言った。
「「「はい!」」」
ロナたちは声を合わせてデイル王子に答えた。
◇ ◇ ◇
「姉さん、どうだった?」
ロナが屋敷に戻ると待ち構えていたように弟のラティが聞いてきた。
「勿論、選ばれたわ」
ロナは親指を立ててウインクした。
「やったね!でも大丈夫かなぁ……」
喜んだのもつかの間、ラティはすぐさま心配顔になった。
「なんでよ」
「だってさあ、姉さんは剣の腕は抜群だけどおっちょこちょいだし」
「なによ、おっちょこちょいって!」
ロナは腰に手を当ててラティを睨みつけた。
「そうですよ、ラティ様。おっちょこちょいだなんてロナ様に失礼です」
ブランカがたしなめるように言った。
「まあ、ブランカ、あなたは分かってくれるのね」
「勿論です。ロナ様はおっちょこちょいなんかではありません。脳筋なんです」
「そうそう、脳筋……て、おいっ!」
ばしっとブランカにツッコミを入れるロナ。
「だからさ、僕も一緒に行くよクエストに」
「だからとか言うな」
そう言ってロナはラティに蹴りを入れた。
「あんたまだ十五歳でしょ。だから選抜会に出られなかったんだし」
「それはそうだけど……」
「大丈夫よ、心配しなくても」
そう言ってロナはラティに笑いかけた。
「うん」
ラティもロナに笑顔を返した。
「私もついて行ってはいけないのでしょうか?」
ブランカも心配そうにロナに聞いた。
「うーーん、どうだろう……従者としてなら大丈夫な気もするけど」
「なら、僕だって」
ラティが口を挟む。
「あんたはだめよ」
「なんでさ」
「あんたはフレイミン家の跡取りなのよ。何かあったらどうするの」
ロナが珍しく姉らしい事を言った。
「……分かったよ」
しょんぼり肩を落とすラティ。
そんな彼の頭をロナはわしわしと撫で回した。
そして、少し恥ずかしそうに笑うラティに、ロナはニカッと歯を見せて笑いかけた。
◇ ◇ ◇
「おかえり、リズ!選抜会はどうだったんだい?」
屋敷に帰ってきたリズに彼女の兄、フロス=アイスリーがやたら騒がしい声で聞いてきた。
「もちろん、勝ち残りましたわ、お兄様」
特別に騒ぎ立てることでもないというように、リズは静かな声で答えた。
「だよねぇーー僕は信じていたよ!リズなら文句無しに勝ち残るってね!」
そう言いながらフロスはリズをハグしようとした。
だがリズも慣れたもの、そんな兄の腕をするりと躱した。
「なんだい、僕にお祝いのハグをさせてくれないのかい?」
「はい、お断りします」
リズはすました顔で答えた。
「昔は喜んでしてくれたじゃないかーー」
悲壮な顔のフロス。
「そんなこと覚えていません」
とつれない答えを残してリズは自室へとスタスタと歩き出した。
「フロス様がしょんぼりしてましたよ、リズ様」
リズの後から小走りでやって来たジョアナが言った。
「ちょっとベタベタし過ぎなのよ、お兄様は」
部屋に入って上着を脱ぎながらロナが言った。
「あんなにお優しいのに」
そう言いながらジョアナはロナが脱いだ上着を受け取った。
(もう少し考えてくれればいいのに……)
端的に言ってフロスはシスコンが過ぎるのだ。
実のところ小さい頃のリズはお兄ちゃん子だった。
フロスはリズの三つ上で現在二十歳だ。
今回の立太子クエストはリズが出ると言い出したので参加は見送った。
フロスは、
「リズのために今回僕は参加を見送るよ」
などと、余計なことを言ってリズの機嫌を損ねてしまった。
どうやらフロスは、リズが王太子妃の座を狙っていることに気づいているようだ。
そこがリズにとっては癪の種だった。
フロスはアイスリー家の長男、跡取り息子だ。
いつでも微笑みを絶やさず人当たりがいい。そのあたりをお調子者だと見る向きもある。
だが、魔術に関しては稀代の天才だと誰もが認めている。
「歴代最高の魔術士だ」と言う者も少なくない。
そんな魔術の天才であるフロスが兄であることをリズは誇りに思っている。
少しでもフロスに追いつきたいと日々魔術の研鑽に励んでもいる。
なのにとお年頃になってからは、ついフロスに冷たく当たってしまうようになった。
そして、後になってから、
(ちょっとやりすぎちゃったかしら……)
などと後悔するのだ。
「はぁ……」
今も着替えながらリズは小さな後悔のため息をついた。
そんなリズを見て、
「お夕食の時はちゃんとフロス様とお話ししましょうね」
とジョアナがお姉さんのようなことを言った。
「……ええ」
「私が一発おもしろ芸を披露いたしますから」
と言いながらジョアナはどこからともなくパッと小さな花を出した。
「うふふ」
それを見て小さく笑うリズ。
「それですよ、それ。リズ様の美しい笑顔はフロス様への何よりのご褒美なのですから」
とまるでジョアナがご褒美を貰ったような顔で嬉しそうに言った。
「分かったわ。お兄様に今度のクエストの助言を聞くことにしましょう」
「素晴らしいです!きっとフロス様は喜びのあまり昇天してしまうでしょう!」
リズの言葉にジョアナが大げさに返した。
◇ ◇ ◇
コンコン……
夕食後、ゾフィーが自室の窓際でぼんやりと夜空を眺めているところにノックをする音がした。
「はい、どうぞ」
ゾフィーが答えると、ゆっくりとドアが開いた。
「お姉さま……」
と、か細い声でゾフィーに呼びかけながら少女が入ってきた。
「どうしたの、エンマ?」
ゾフィーが優しく呼びかけた。
エンマ=ホワイティア、ゾフィーの四つ下の妹だ。
ゾフィーも比較的静かで穏やかな性格だが、エンマはそれに輪をかけたようにおとなしい性格だった。
人の輪の中にいても極力目立たないように心がける事を信条にしているかのようだ。
「あの、えっと、お話ししたくて、お姉さまと……いい、ですか?」
そんな消えてしまいそうな控えめなエンマも、姉のゾフィーには心を開いた。
「もちろんよ、エンマ」
ゾフィーはそう言いながら自分の隣の椅子に座るように手で指し示した。
エンマはゾフィーの隣に腰掛けてしばらくしてから話しだした。
「今度の、クエスト……」
「ええ」
「危なくないですか……?」
そう言ってエンマはゾフィーを心配そうに見つめた。
「ええ、大丈夫よ」
「本当に……?」
「私一人で行くわけではないのよ」
「でも……魔物と戦うのでしょう?」
エンマは心配で仕方ない様子で、ゾフィーの手に自分の手を載せた。
「デイル王子はとても勇敢で強いお方だと聞いているわ。それに剣士と魔術士の方も一緒なのよ」
「その人たちも強いのですか?」
「フレイミン家とアイスリー家の人よ。どちらも剣士と魔術士の名門の家系だわ」
そう言いながらゾフィーは、心配ないと言うようにエンマの手を握り返した。
「やっぱりクエストには私が参加したかったです」
エンマは訴えるように言った。
「そのことは何度も話したでしょう?」
ゾフィーが困ったような顔で言った。
「私は王子様のお役に立って聖女になるわ。それがホワイティア家の長女としての責任なの。あなたは素敵な方と恋をして結婚して幸せになるのよ」
「お姉さま……」
エンマは呟くように言うとゾフィーに寄り添って、彼女の肩に頭を載せた。
「どうか、ご無事で、ゾフィーお姉さま……」
「ええ、ありがとう、エンマ……」
二人は静かに囁き合った。
そして窓から見える上弦の月を飽くことなく眺め続けた。




