第19話 王子と狂人
(こいつが魔獣を……!)
ロナは剣に手をかけたままギョルウを睨みつけた。
リズも同じようにギョルウを睨んでいる。両手は今にも魔法を放とうとするかのように開かれている。
「そもそも人の家に無断で入ってくるとか無礼千万だよねぇ、信じられないよ」
そう言うギョルウは、肩肘をついて手の上に顎を乗せている。
そして苛立たしげにテーブルをトントンと指でて叩いている。
デリーは左右の魔獣を注意深く見ながら、ギョルウが座るテーブルに近づいた。
「君はここで何をしているんだ」
テーブルまで二、三メートルのところで立ち止まってデリーが言った。
「そんなこと不法侵入者に答える義理はないよねぇ」
「僕はデイルという者だ。普段はデリーで通している」
そう言ってデリーはさらに一歩前に出た。
「それに、人の家と言うが、そもそもこの城はかつてのニーヴ領主が建てた城だ」
普段のデリーは明るくて、どちらかというと軽い調子で話す青年だ。
だが今の彼は違った。
低くて重々しい、相手を威圧するかのような声だった。
「ふぅーん、そうなんだぁ。でも今じゃ僕の研究所だからさぁ、勝手に入ってこられると困るんだよねぇ」
デリーの言う事などどこ吹く風という態度のギョルウ。
「ここにいる魔獣は君が作ったのかい、ギョルウ?」
「作ったなんて軽々しく言ってもらいたくないねぇ。生み出した、いや違うな、創造したと言ってもらいたいねぇ、デリー」
小馬鹿にしたようなニヤケ顔でデリーに答えるギョルウ。
「なっ……!デリー様を呼び捨てとはっ!」
思わず剣を抜こうとするロナ。
「懲らしめなくてはいけませんわね」
リズも今にも魔法を放つのではという形相だ。
「なんとも物騒な人達だねぇ」
わざとらしく驚いてみせるギョルウ。
「君が作った……生み出したでも何でもいいが、魔獣が人を襲ってるんだ。つい先日は街にも現れたんだよ」
「それはそれは」
真剣なデリーの言葉を茶化すようにニヤけるギョルウ。
「だから、ここにいる魔獣は全て処分させてもらうよ」
デリーはギョルウに通告した。
「なるほど、デイル……聞いたことあると思ったら王子様かぁ」
「僕のことを知っているとは意外だね。こんな所に引きこもっている変人にしては」
デリーにしては珍しく辛辣な言葉だ。
見たところデリーは落ち着いて見える。だが内心はギョルウに対して相当怒っているのだろう。
そこに、ロナ達はデリーの威厳と凄みを感じた。将来王国を背負って立つ立場の者としての。
ドンッ!
ギョルウが拳で机を叩いた。そして、
「変人……引きこもって……だとぉ……」
と、下を向いてブツブツと言い出した。
デリーの言葉は見事ギョルウの胸に刺さったようだ。
ギョルウは立ち上がると、
「僕は天才だっ!僕の魔導生物学は神の御業だ!僕は神なんだぞ!王子ごときが神に偉そうな口を利くなぁああーーーー!」
と、狂ったように叫んだ。
そして、テーブルの上にある四角い箱のようなものに手を載せた。
「見せてやる、僕の力を!神である僕の崇高で偉大な力をっ!」
箱に載せたギョルウの手が赤黒く光った。
すると床を赤黒い光の線が走った。光の線はギョルウがいるテーブルから延びていった。
そして魔獣が乗っている丸い台座に達した。十台ほどある台座が次々と光りだした。
「何をしたの!?」
ロナが警戒の声を上げる。
「魔力が流れて……!」
リズが光りだした台座を見て言った。
台座が光ると、それまでじっと動かなかった魔獣たちが蠢いた。
「ひゃははははっ!もうお前らはおしまいだぁ!さあ僕のかわいい下僕たちよ!この愚か者どもを殲滅するのだぁ!」
ギョルウの叫びに呼応して魔獣たちがデリー達に向かって動き出した。
デリーがギョルウを取り押さえようとテーブルに向かって踏み出す。
だか、すぐ横の台座にいた人型狼の魔獣が、鉤爪のついた前足を延ばしてデリーに飛びかかってきた。
「くっ……!」
デリーは紙一重で魔獣の鉤爪を避け、狼の魔獣の横っ面に拳を叩き込んだ。
「リズ、魔獣を止められるかやってみて!」
そう叫びながらロナもギョルウに向かって走り出した。
だがデリー同様、ロナも横からの魔獣の攻撃に対処しなければならなかった。
「彼の者に枷を!」
リズが迫ってくる魔獣に魔法を放った。一瞬動きを止めるかに見えた魔獣だったが、鈍いながらもまた動き出した。
「ひゃはははぁーー!ここの魔獣たちは外にいるのとは違うんだなぁーー!」
デリー達が魔獣たちに手こずるのが嬉しくて仕方ない様子のギョルウ。
「下僕たちよ、邪悪な侵入者から僕を守るんだぁ!」
ギョルウの言葉に反応して、魔獣の半数がギョルウがいるテーブルの前に立ち塞がった。二本脚で立つ巨大な熊に角と鉤爪が生えた魔獣だ。
残りの魔獣がデリー達に迫る。こちらは人型狼の魔獣と四本脚の虎や獅子などの猛獣を巨大化させた魔獣だ。
ジリジリと扉の方へ下がるデリー達。
「リズ、今度は攻撃魔法も撃ってくれ」
魔獣から目を離さずにデリーが言った。
「はい、デリー様。でも出力は調整しますわ」
「そうだね、建物に被害が出ない範囲で頼むよ」
「はい」
リズが両手を前に出す。
「ロナ、魔法と同時に出るぞ!」
「はい、デリー様!」
そこにリズが、
「風よ壁となれ!」
と唱えて魔法を放った。
同時にデリーとロナが飛び出した。
風魔法に押された魔獣の歩みが遅れる。
デリーの拳が炸裂し、ロナの剣が疾走る。
「決まった、よね……?」
「そのはずですけど……」
攻撃したデリーとロナが素早く一歩下がって言った。
「ひゃはははーーだから言っただろうーーここにいる魔獣は違うとーー!」
嬉しそうなギョルウ。
「デリー様、今度はもっと強く撃ちます!」
リズはデリーを小馬鹿にするギョルウに腹を立てたようだ。
「リズ、落ち着いて……」
とデリーが言ったがその時は既にリズは魔力を充填していた。
「炎よ!渦巻き敵を貫け!」
差し出したリズの両手から炎の縄が噴き出した。そして渦を巻く二本の炎は手前にいた魔獣を次々と巻き込んだ。
五匹の魔獣は鳴き声を上げる間もなく黒い砂と化した。
炎の渦はなおも収まらず、後ろの巨大な熊の魔獣を直撃した。
「ガッ……!」
熊の魔獣は唸り声を上げて抵抗しようとした。
だが、リズの魔法の炎には及ばず、二、三歩進んだところで崩折れた。
「すごいわ、リズ!」
ロナが感嘆の声を上げる。
「さすがだね、リズ。でも大丈夫かい?」
「……はい、デリー様」
と、答えるリズだったが明らかに顔色が悪かった。
「リズ!」
ロナが駆け寄ろうとする。
「回復しましょう」
すかさずゾフィーがリズの下に駆け寄った。
「とりあえずは体力優先で回復しましょう。そのほうがいいわよね?」
「……一度に魔力を使いすぎて……」
「体力まで持っていかれてしまったのね」
「はい……」
「リズ……」
心配そうにリズを見るロナ。
「僕たちは残りの魔獣に対処するよ」
デリーがリズとゾフィーを守るように構えた。
「は、はい!」
リズに向けていた視線を魔獣に戻してロナが答えた。
(私だって、やってやるわ!リズに負けてられないんだから!)
ロナは、自らに気合を入れ直して剣を握り締めた。




