第15話 気持ちを新たに
「大丈夫ですか?」
メグの隠れた能力の発動で助け出した冒険者にデリーが声をかけた。
「あ、ありがとう、助かったよ」
リーダー格と思しき男が力なく笑いながら言った。
三人は見たところ二十代半ばから後半くらいといった容貌だ。
「君達は若いのにすごいねぇ」
「しかもほとんど女の子だし」
他の二人も息は上がっているが、深刻な状況ではなさそうだ。
「お怪我はしてませんか?治癒魔法が必要ならかけますよ?」
ゾフィーが三人の顔を順に見ながら聞いた。
ゾフィーの優しい心配顔に三人とも顔を赤らめる。
「はい、だいじょ……いや、言われてみれば少し脚が痛いかも……」
「そういえば俺も腕が……」
「俺は背中を少し……」
「なに、あの人たち、デレデレして」
「ですわね、いくらゾフィーさんが素敵だからって図々しいですわ」
ゾフィー大好きのロナとリズは冒険者の態度が気に入らない様子だ。
「ひとつ、わからせてやりましょう」
ブランカが腕まくりをして、地べたに座り込んている冒険者の一人の胸ぐらを掴んだ。
「え、あの……」
いきなりのことでオロオロする冒険者。
「わざわざゾフィー様の手を煩わせる必要はありませんわ」
そう言ってブランカはポケットから小瓶を取り出した。
「これを飲みなさい」
「え……?」
「痛みを和らげる薬です、飲みなさい」
「はぁ……」
冒険者は不安いっぱいの顔で小瓶を受け取った。
栓を抜こうとして冒険者は一度ブランカを見た。
そして、ブランカの有無を言わせない表情を見ると、諦めたように栓を抜いて小瓶に口をつけた。
「一気に飲みなさい」
ブランカが命令する。
冒険者は頷いて小瓶の中身を喉に流し込んだ。
「……んぐ!」
冒険者の顔色が急変した。
「んぐおぉおおおおーーーー!」
冒険者は小瓶を落として喉を描きむしって叫んだ。
「え……?」
「大丈夫なのか?」
残りの二人が真っ青な顔で見ている。
「さあ、あなた達もさっさと飲んでください」
ジョアナが残りの二人の冒険者に小瓶を差し出した。
「あ、い、いや、痛いのは気のせいだったかも、ははは」
「だよな、気のせい気のせい、はは……」
二人は慌てて立ち上がりわざとらしく屈伸運動をしたりしている。
「まさか、毒じゃないわよね……?」
そうブランカに聞くロナの顔は心持ち青ざめている。
「勿論ですわ。とてもよく効くお薬です」
ニッコリ笑顔で答えるブランカ。
「どんなお薬か想像がつくわ」
ゾフィーが苦笑いしながら言った。
「ゾフィーさんは知ってますの?」
リズが驚いて聞いた。
「とっても苦くて渋いお薬よね?」
「はい。さすがはゾフィー様」
ゾフィーに聞かれて笑顔で返すブランカ。
「治癒士になるためにはお薬の勉強もしなくてはならないの。そのお薬も飲んだことがあるわ」
顔をしかめながらゾフィーが言った。
「彼らも大事ないみたいだから行こうか?村まではあと少しだ」
少し離れたところで元気アピール運動をしている冒険者達を見ながらデリーが言った。
「ねえメグさん、あなたの能力のこと教えてくださる?」
漁村への道を進みながらリズが聞いた。
「能力……?」
「ええ、そうよ。獣の心に話しかけられる能力のこと」
興味津々のリズの勢いに圧されてドギマギするメグ。
「えっと……小さい頃から動物に話しかけてたら、いつの間にか……」
「魔獣が近くに来たのもわかるのよね?」
ロナも話しに加わってきた。
「は、はい……」
「メグも少しずつ馴染んできてるね」
「そうですね」
デリーとゾフィーが賑やかに話す三人を見て微笑んだ。
「でも、油断はいけませんわ」
「そうです、注意は怠らないようにしなければです」
ブランカとジョアナはメグに対する警戒を完全には解いていないようだ。
「さすがは隠密メイドだね。そのへんは君達にお願いするよ」
デリーがイケメン王子笑顔で言った。
漁村には日暮れ時に到着した。
繁華街もない小さな村だが、通りは綺麗に整えられていて気持ちがいい。
宿は専業ではなく、網元のような大きな家が旅行者を受け入れているようだ。
ブランカが手配した宿もそのような家のひとつらしい。
「この村一番の網元のお家ですわ。大きな離れを宿として提供していますの」
そう言ってブランカが案内してくれたのは、離れという言葉から受ける印象よりもかなり規模の大きい建物だった。
「食事は出ないそうなので、近くの食堂に行きましょう」
先ほど助けた三人の冒険者は別の家に宿をとっているらしい。
ジョアナによれば、
「この村に滞在して魔獣退治で小金を稼いでるみたいです」
ということだ。
宿に荷物を置くと、
「僕は駐屯所に顔を出してくるよ。みんなは先に行っててくれるかい?」
と言ってデリーは一旦皆と別れた。
ロナ達は宿の直ぐ側の食堂兼居酒屋へ向かった。
「ここも同じ網元が経営しているお店ですわ」
ブランカが説明した。
「こんな小さな村だと魔獣に襲われたら大変ですね」
店員に案内された席に着くとロナが言った。
「定期的に聖女が防護結界を張っているんです」
ゾフィーが教えてくれた。
「そうなんですね」
「知りませんでしたわ」
やや恥ずかしそうにするロナとリズ。
「とはいっても、基本的には対害獣用なので魔獣にはどこまで効くか分かりませんけど……」
心持ち肩を落とすゾフィー。いずれ聖女となるゾフィーとしては、魔獣の跋扈は深刻な問題だろう。
「最近は騎士隊も駐屯させているんだ、規模は小さいけどね」
ゾフィーを元気づけるようにデリーが言った。
「そう考えると、さっきの冒険者も少しは役に立っているかもしれませんわね」
「ですね、今度会ったら少し優しくしてあげましょう」
ブランカとジョアナも彼らに対して少し冷たかったと思っているようだ。
やがて湯気をたてた大鍋がテーブルに運ばれてきた。
豊富な魚介類を大鍋で煮込んだ料理だ。店員が鍋から深皿によそってくれた。
「おかわりはご自由にどうぞ」
笑顔で店員が言った。
「いい匂いねぇーー」
鼻をひくひくさせるロナ。
「赤いスープはトマト味かしら」
リズが早速スープを口にして言った。
「魚介がいっぱい、漁村ならではですね」
「このライ麦パンと合いますわ」
と、ゾフィーとブランカ。
やがてデリーが戻ってきた。
「美味そうだねぇ、もう腹ペコだよ」
デリーは席に着くなりゾフィーがよそってくれた魚介煮込みをガツガツと食べ始めた。
大鍋の魚介煮込みはあっという間になくなってしまい、おかわりを二回した。
「駐屯所ではどんな話が?」
美味しい料理を満喫して人心地ついてからロナがデリーに聞いた。
「防護結界と騎士隊のおかげで村の中まで魔獣が来ることはないようだね、今のところは」
「今のところは、ですのね……」
リズは不安そうだ。
「でも、冒険者も頑張ってくれてるみたいだよ」
というデリーに、
「さっきの三人組みたいなのですか?」
ジョアナが渋い顔で言った。
「ははは、強い魔獣もいるからねぇ。念の為に騎士隊の増強も提案しておいたよ」
「さすがデリー様」
と言ったのはゾフィーだ。
((私が言いたかったのに!))
悔しがるロナとリズ。
「何にしても早く根源を断ちたいね」
デリーの言葉に皆が頷いた。
(ますます強い魔獣が出てきそうね!)
(気を引き締めていかなければですわね!)
デリーの言葉に気持ちを新たにするロナとリズだった。




