第11話 花売りの少女
次の日もデリー達は順調に旅程を稼いだ。北に向かっている分魔獣に遭遇する可能性は高くなっているはずだ。
「いつ魔獣が出てきても対処できるようにしておこう」
とデリーも皆に注意を促した。
たが、幸い魔獣に出くわすことはなく、昼を過ぎてしばらくすると潮の香りが漂ってきた。
「うーーん、これが海の匂いなのねぇ。私、海は初めて」
潮の香りを胸いっぱいに吸い込んでロナが言った。
「私も海は初めてですわ」
リズも同じように潮の香りを吸い込んで言った。
「もうすぐ海も見えてきそうだね」
「デリー様は海は見たことあるのですか?」
ゾフィーが聞いた。
「うん、ニーヴの街に一度行ったことあるからね」
「私も小さい頃に一度あるんです。叔母が仕事で行った時に連れていってもらって」
「そういえばゾフィーさんの叔母さんは聖女様だったね」
「はい」
その後も海の話やらなんやで話が弾むデリーとゾフィー。
そんな二人を見て、
((急接近!?))
と、危機感を募らせるロナとリズ。
(いやいや、ゾフィーさんは将来聖女になる人だし!)
(たとえいい雰囲気になっても、それ以上の進展はないはずですわ!)
ロナとリズは慌てて自分に言い聞かせた。
そんな、もやもやしたロナとリズの気持ちも海を見た途端吹っ飛んだ。
「わぁああーー!海よ、海!」
「大きくてきれいですわーー!」
海風から守るように髪を抑えながらロナとリズが言った。
「ニーヴには明るいうちに着けそうだから、荷物を置いたら海を見に行こう」
デリーの言葉にロナ達女性陣は声を上げて喜んだ。
夕暮れ時にニーヴに着くと、いつもどおり先行していたブランカとジョアナが迎えてくれた。
「荷物を置いたら海に行きませんか?」
宿に案内しながらブランカが言った。
「うん、僕たちもそう思ってたところなんだ」
と、デリー。
「浜辺沿いにはオープンテラスがあってお食事もできるんです!ご案内しますね!」
ジョアナも待ち切れない様子で言った。
「いいわね、美味しいものがたくさんありそう!」
「お魚料理が楽しみですわ!」
ロナもリズも目をキラキラさせている。
「この街の様子はどうだい?」
浜辺に向かいながらデリーが聞いた。
「以前に比べると冒険者が増えているそうですわ」
「少し前に街の近くで魔物がでたらしいんです」
ブランカとジョアナが答えた。
「なるほど……」
もの思わしげなデリー
「なので冒険者同士のいざこざもちらほらあるみたいですわ」
そう言いながらもブランカは周囲に目を配っている。
「何かあってもデリー様達ならご心配は要らないと思いますけれど」
「君たち隠密メイドもいるしね」
ニヤリとしてデリーが言った。
「はい。今夜の宿はこの街を裏で牛耳っている方のお店ですし」
ジョアナがドヤ顔で言った。
「裏で牛耳ってるって……」
「大丈夫ですの……?」
ロナとリズが不安そうに聞いた。
「はい、隠密メイド組合の息がかかったお店ですから心配いりませんわ」
と、ブランカ。
「街を裏で牛耳っている人とつながりがある時点で怪しいのですけど」
さすがのゾフィーも不安そうだ。
するとブランカとジョアナは警戒するように辺りを見回した。
そしていかにも内緒話をするように腰をかがめて、
「実はですね……」
「その牛耳っている人というのは……」
と、ゾフィーに小声で言った。ロナとリズも近寄って聞き耳を立てて「うんうん」と頷いている。
「後でまたお話しますわ」
と、ブランカ。
「なによそれ!」
「じれったいですわ!」
などと賑やかにやっているうちに目的の店が見えてきた。
「あのお店ですわ」
ブランカが手で指しながら言った時、
「お兄さんお兄さん!」
と花が入った籠を持った少女がデリーに声をかけてきた。
「なんだい、お嬢さん?」
優しい笑顔で答えるデリー。
「カッコいいお兄さん、お花はいかがですか?」
そう言って少女は籠から赤紫の花を一輪取り出した。
「わぁーー綺麗なお花ね!」
「素敵ですわ!」
感嘆の声を上げるロナとリズ。
「それはなんという花なんだい?」
「アカツメクサです」
デリーの問いに少女は明るく答えた。
「それじゃひとつ貰おうかな」
そう言ってデリーはポケットから財布を取り出した。
「綺麗な女性が五人もいるのにひとつだけですか?」
と花売りの少女が言った。
「あ、そうか、そうだね、ははは」
してやられた様子で笑いながらデリーは代金を払った。
「したたかだわ」
「中々の度胸ですわね」
と、ロナとリズ。
「どうもありがとう、お兄さん」
花売りの少女は朗らかに言うと、デリーの脇をするりと抜けていくようにして足早に去っていった。
「すばしっこい子ですね」
様子を見ていたゾフィーが言ったその時、
「ブランカさん!」
ジョアナが鋭く言った。
ブランカは既に動いていた。
「ジョアナはそこにいて!」
「はい!」
夕方の通りには多くの人が歩いていた。
ブランカはその人混みを、常人とは思えない素早さで走って行った。
「何があったんですの、ジョアナ?」
目を丸くしてリズが聞いた。
「さっきの花売りの女の子です」
「あの女の子が何か?」
リズの問いには答えずにジョアナは、
「デリー様、お財布はありますか?」
とデリーに聞いた。
「うん、勿論さ。今さっきこのポケットに……て、あれ?」
ポケットに入れた手の指が下から顔を出した。
「なんてことだ、ポケットに穴が空いてたよ」
「そのポケットの穴、よく見てください」
「何かあるのかい?」
「はい、それはついさっき切り裂かれてできた穴で間違いないと思います」
「え、てことは……」
「はい、さっきの女の子が鋭い刃物で切ってデリー様のお財布を盗んだのです」
「ええ!?」
やっと事態を理解したデリーが大きな声を出して驚いた。
「あんな可愛い女の子が」
「まだ子供ですのに」
そう言ってロナとリズが通りを見ていると、ブランカが戻ってきた。
「ブランカ!」
ロナが駆け寄るとブランカは先ほどの花売りの少女の手をしっかりと握っていた。
「デリー様、この子が持っていました」
ブランカはそう言って手にしていたものをデリーに渡した。
「うん、僕の財布だ」
受け取った財布を確認してデリーが言った。
「これはどういうことですか?」
「言い逃れはできませんですわよ」
ジョアナとブランカが花売りの少女を問い詰めた。
そんな二人を手で制してデリーは腰をかがめて少女の顔を覗き込んだ。
そして、
「君がやったのは間違いないないんだね」
と、静かな声で言った。
少女は俯いたままで何も言わない。
その時目の前の店から女性が出てきた。
「何かありましたか?」
そう言いながら少女を見た。
「メグじゃない。何かあったの?」
「この子を知っているのですか?」
ブランカが驚いて聞いた。
「ええ、最近花売りの仕事を始めたメグっていう子です」
メグの肩にそっと手を載せながら女性が言った。
ブランカはジョアナに目配せをした。そして頷き合うと、
「私達、このお店を紹介していただきましたの、ルイーザ様に」
と言った。
女性の顔色が俄に変わった。
「これは大変失礼しました。私ここの店主のキャスと申します」
と、丁寧に挨拶をすると、
「それで、この子は何を……?」
と聞くキャスにブランカが耳打ちをした。
「なんですって!?」
キャスは大きな声を出した。
メグが肩をすくめて縮こまる。
「メグ!あんたはまだそんなことをやってたのかい!」
とメグを叱りつけ、手を上げて叩こうとした。
そんなキャスをデリーは手で制すると、
「大丈夫です、ちゃんと財布は返してもらいましたから」
と、穏やかな笑顔で言った。
「でも……!」
と目を怒らせながらメグを睨みつけるキャス。
「あの、とりあえずお店に入りませんか?」
周りを見ながらロナが言った。ちょっとした騒ぎみたいな状況に、道行く人の注目を集めてしまっている。
「そうだね、うん、そうしよう」
殊更声を明るくしてデリーが言った。
「はっ……!も、申し訳ありません!すぐご案内いたします」
そう言いながら、キャスは店の扉を開けて、店内に向かって指示を飛ばした。
メグの腕は掴んだままだ。
キャスに腕を掴まれて俯いたままのメグにゾフィーがそっと近づいた。
そしてメグの腕を優しく掴んで、
「キャスさん、よろしいかしら?」
と言った。
「え、ええ……」
と、戸惑いながらもキャスはメグを掴んでいた手を離した。
ゾフィーはメグを引き寄せるとデリーの前に向かわせた。
「メグちゃん、この人に言うことがあるんじゃないかしら?」
メグの後ろから肩越しにゾフィーが言った。
メグはビクリとして、上目遣いでデリーを見た。
デリーは腰を屈めて微笑みながらメグの答えを待っている。
「あ、あの……」
メグがやっとのことで声を出した。
デリーは黙ってメグを見ている。
「あ、あの……ごめんなさいっ!」
そう言ってメグは、額が膝にぶつかるのではないかというくらい頭を下げた。
「うん、大丈夫だよ。謝ってくれてありがとう」
デリーはそう言いながら折り曲げたままのメグの上半身を起こしてやった。
「よくできました」
ゾフィーもポンとメグの肩を叩いた。
その様子を見て、
「デリー様、素敵♡」
「デリー様、なんて心の広いお方♡」
と、いつもどおりデリーを惚れ直すロナとリズ。
対してブランカとジョアナは、
「デリー様はお優しすぎますわ」
「悪いことは悪いとビシッと言わないとですね」
となかなかに厳しかった。
店内はそこかしこにランタンが提げられており、よくある酒場に比べるとずっと明るかった。
「テラスの席をとってありますので」
とキャスに案内されてデリー達は店内を通り抜けて屋外のテラスに出た。
テラスは海に面して作られており、手すりの先はすぐ海面だった。
「素敵ねぇーー!」
手すりから身を乗り出しながらロナが感嘆の声を上げた。
「夜の海ってまるで別世界ですわね!」
リズもロナと並んで夜の海に見惚れている。
「ほんとだねぇ」
「ええ」
デリーとゾフィーも穏やかな海風に髪を揺らされながら海を見ている。
「メグちゃんはどうしたのですか?」
ロナがゾフィーを見て聞いた。
「メグちゃんはお店のお手伝いだそうです」
いたずらっぽく微笑んでゾフィーが答えた。
「ここのご主人は中々厳しそうな人みたいだからね」
と、デリー。
「そういえば、さっきブランカさんが言っていたルイーザ様ってどういう方ですの?」
リズが聞いた。
「ルイーザ様はこの街を仕切っている方ですわ」
「そして、隠密メイド組合とも繋がりがある方です」
ブランカとジョアナが答えた。
「やはりそういう方なのですね」
「想像はついてたけど」
毎度のことで驚きも小さいようだ。
「いずれ詳しく聞いてみたいものだね」
と言うデリーはさり気ないながらも目は真剣だった。
「は、はい、必ず!」
「決して王国に害をなすようなことはございませんので!」
姿勢を正して答えるブランカとジョアナ。
そうしているうちに飲み物が運ばれてきた。
「冷たいのはストロベリーコーディアル、温かいのはホットワインです」
女性店員が説明してくれた。
「ワインはまだ飲めないわ……」
「残念ですけど……」
とロナとリズが言うと、
「ホットワインはアルコールを飛ばしてありますので大丈夫ですよ」
と店員がにこやかに言った。
「あら、アルコールなしですのね……」
ゾフィーがボソッと呟いた。
「ゾフィーさんはお酒は強いの?」
デリーがすかさず聞いた。
「あら、聞こえてましたのね、おほほほ」
笑って誤魔化すゾフィー。
「このホットワイン、美味しい!」
「ええ、何かスパイスが入っているみたいですわね」
早速ホットワインを飲んでいるロナとリズ。
「はい、シナモンが入ってます」
と別の店員が料理を並べながら教えてくれた。
並べられた料理に、
「わあ、美味そうだねえ!」
と、感嘆の声を上げるデリー。
テーブルに並べられたのは、半分ほどの大きさのパンの上に、様々な具材が載せられた料理だった。
「色んな具が載ってますのね」
ゾフィーが顔を輝かせている。
載っているのは、サーモンや白身の魚、海老、チーズ、野菜など様々だ。
そしてまた別の店員が、
「こちらは茹でタラのマスタードソースです」
と、料理を並べてくれた。
「マスタードって辛いのよね、大丈夫かな……」
不安そうなロナ。
「あら、マスタードが食べられないなんてお子様ですのね」
「むーー」
リズの意地悪に頬を膨らませるロナ。
「マスタードソースなんてきたらお酒が欲しくなるわねぇ……」
ボソッと呟くゾフィー。
((やっぱりゾフィーさんは酒飲み!))
ロナとリズは思った。
美味しい飲み物と料理に皆の気持ちも和んで話も弾んで来た頃、
「皆さん、料理は楽しんでいただけてますでしょうか?」
と、落ち着いた女性の声がした。
ロナ達が見ると、長身でスタイルの良い女性がにこやかに立っていた。
歳の頃は四十歳位、ウエーブのかかった濃い茶の髪に鮮やかな化粧をしている。赤いドレスを優雅に纏い、ゴージャスという言葉がぴったりな女性だ。
「ええ、おかげさまで、ありがとうございます」
と丁寧に答えるデリー。
「それはよかったですわ。私共も大変嬉しく思います」
女性はそう言って、後ろに隠れていたメグを前に引き出した。
「先ほどはこのメグがとんでもないご迷惑をおかけしてしまいまして、なんとお詫びを申し上げればよいのか」
そう言って女性はメグの頭に手を載せて下げさせ、自らも深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ、もう解決しましたから大丈夫です!」
デリーが慌ててなだめる。
「あなたがメグちゃんのお母様ですの?」
ゾフィーが聞いた。
「いいえ、この子は両親を亡くしてまして、私がこの子の面倒をみています」
頭を上げて女性が答えた。
そしてこう付け加えた。
「皆様とはお初にお目にかかります。私、ルイーザと申します」




