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【異世界ラブコメ】婚活はクエストで  作者: 舞波風季


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第10話 小さな影

「川の中には壁は建てられませんでしたわ」

 リズが申し訳なさそうに言った。


 リズが魔法で構築した壁は温泉を囲うように河原に建てられている。なので川に面した側には壁がない。


「壁がないところには野営用の毛布をかけましょう」

 ブランカが手荷物から毛布を取り出して言った。

「手伝います」

 ジョアナがそう言って、ブランカと二人で砂の壁にカーテンのように毛布を取り付けた。


「わあ、いい感じねえ」

 ロナが毛布をめくって中をのぞきながら言った。

「これなら女子全員で入れそうですね」

 ゾフィーも中を見ながら言った。

「それじゃ、僕たちは向こうの方に行ってるよ」

 デリーはそう言うと、無精髭達を引き連れてその場を離れた。



「もうそろそろ日が暮れるね」

 空を見ながらデリーが言った。

 デリーと無精髭達は温泉から十メートルほど離れた岩場に寄りかかって休んでいる。

 砂の壁に囲われた温泉から、女子達の賑やかな声が聞こえてくる。


「楽しそうでやすねぇ」

 そう言う無精髭の鼻の下は思いっきり伸びている。

「へへへ」

「ひひひ」

 スキンヘッドとニヤケも同様だった。


「変なことは考えちゃだめだよ」

 デリーがたしなめるように言った。

「も、もも勿論でさぁ!」

 動揺丸出しの無精髭。

「チラッと見てみたいなんて思ってもいやせん!」

 スキンヘッドとニヤケも首をぶんぶんと縦に振っている。


「はぁーー……そんなことしたら八つ裂きにされちゃうよ」

 大きなため息をついてデリーが言った。

「ま、まさかそこまでは……」

 無精髭の顔から血の気が引いた。

「ゾフィーさんの治癒魔法なら切断された手足も治せると思うよ」

「「「え……?」」」

 デリーの言わんとすることがいまひとつ理解できていない無精髭達。


「つまりね、ロナやリズが君たちの腕や脚切り飛ばしてもゾフィーさんが治してくれるってことさ、何回でもね」

「「「何回でも!?」」」

 無精髭達の頭の中にある光景が思い浮かんだ。

 自分達がロナとリズに八つ裂きにされてはゾフィーに治される。しかも地獄の責め苦のように延々と。

 無精髭達の顔は青を通り越して灰色になり、ガクガクブルブルと震えだした。


 そんな時、

「デリー様ぁーー」

 と、ブランカが毛布の隙間から顔だけ出してデリーを呼んだ。

「なんだーーい」

 岩に座っまたままでデリーが答えた。

「私達そろそろ出ますので」

 フランカがそう言うとロナも顔を出した。


「ああーーそいつらまだいたんですか!?」

 無精髭達を見てロナの顔が険しくなる。

「うん、彼らも温泉に入ったほうが……」

 とデリーが言ったところ、

「あ、ああああっしらは、いなくなりやすんで!」

「へ、へえ、とっとと消えやすんで!」

「あっしらのことは忘れたくだせえ!」

 口々にそういうと無精髭達は全速力で逃げるように走り去って行った。


「しばらくしたら戻ってくるんだよーー」

 デリーが無精髭たちの背に呼びかけた。

「戻ってこなくてもいいですわ」

 リズも顔を出して言った。

「そうよね、きっとあいつらお風呂を覗こうとしてたのよ」

「だからあんなに慌てて逃げたんですね」

 ロナの推理に同意するブランカ。


「でも、デリー様になら……」

 頬を赤く染めながらボソッとロナが言った。

「今がその時ですか、ロナ様?」

 待ってましたとばかりにブランカが言った。

「それならば私がデリー様と下交渉をして時と場所の設定を決めてまいります」

 すぐにでも飛び出しそうな勢いでブランカが言った。


「ちょっと待ったぁああーー!」

 そう言ったのはジョアナだ。

「リズ様も負けてはいられませんよ!」

「な、何を言っているの、ジョアナ!?」

 いきなり振られて顔を真っ赤にするリズ。

「ぼやぼやしていたらロナ様に先を越されてしまいます」

「さ、先を越されてって……」

 ともじもじするリズ。


「おーーい、そろそろいいかーーい?」

 いつの間にか温泉に背を向けていたデリーが答えた。

 女子達は議論が白熱してきて表に出てきてしまっていた。

 皆身体にタオルを巻いていたが、デリーは気を使って背を向けていたのだ。


「はいはい、皆さん、デリー様が困ってしまいますから早く服を着ましょう」

 穏やかではあるが有無を言わせない口調でゾフィーが言った。

「「「「はーーい……」」」」

 思惑を外された四人の返事には落胆の色がありありと感じられた。




「ふぅーー……温泉はいいなあーー……」

 デリーが温泉に(つか)かりながら誰にともなく言った。

「そうでやすねぇ」

 と言ったのは無精髭だ。

 スキンヘッドとニヤケも頷いている。


「先に宿に戻ってますね」

 と言ってゾフィーは女子を引き連れて宿に戻っていった。

 無精髭達は遠くの木の陰から伺っていたようで、女子がいなくなったのを確認してから温泉に戻ってきたのだ。


「そういえば君たちの名を聞いてなかったけど」

 と、デリーが今更なことを言った。

「言いたくなければ別に構わないけど」

「あっしはグラルっていいやす」 

 と、無精髭。

「ドラルでやす」

「ボロルってぇいいやす」

 スキンヘッドとニヤケが答えた。


 それぞれに頷くとデリーは、

「君たちも冒険者なのかい?」

 と聞いた。

「へえ、一応そういうことにしてやす」

「弱っちい魔獣なら倒せますんで」

「大した金にはなりやせんが」


 魔獣退治は王国も推奨している。

 魔獣を退治して牙や鉤爪などを政庁に持っていくと、魔獣の強さに応じた報奨金がもらえる。

 そして冒険者として登録される。

 冒険者として登録されると王国から特定の魔獣退治が依頼されることがある。

 どこそこの村を襲う魔獣を退治せよ、といった具合だ。所謂(いわゆる)クエストである。


「クエストはやったことはないの?」

 デリーが聞くと、

「へえ、俺達はそこまで強くねえもんで」

 頭を掻きながらバツが悪そうな顔をする無精髭のグラル。

「北の方は魔獣が増えてるって聞いてるんだけど」

「あっしらも、そう聞いてやす」

「何か原因みたいなことは聞いてるかい?」

 デリーの言葉に三人はしばらく黙って考えていた。


「そういえば……」

 ニヤケが思い出したように言った。

「前に酒場で聞いたんすが、ニーヴ半島の方から魔獣が来るみたいっす」

「ニーヴ半島、か……」

 デリーは頭の中で王国北部の地図思い浮かべた。


 ニーヴ半島はタルタニア王国北部の半島で、タルタニアの国土の三分の一近くを占めている。

 今デリー達がいるバレの村から北に一日行った所に港町ニーヴがある。

 ニーヴは半島の付け根の西側に位置する港町だ。


(ニーヴ半島の北の岬には古城があったっけ……)

 その古城が何かしら魔獣と関係しているのだろうか?

「ニーヴに行けばもっと詳しい話が聞けるかな……」

 デリーは誰にともなく言った。


「デリーの兄貴はニーヴ半島に行くんですかい?」

 グラルが聞くと、

「うん、そのつもりだよ」

 当然のようにデリーは答えた。魔獣がニーヴ半島から来るということなら、その元を調べる必要がある。

 そしてできることならその根源を断たなければならない。


(そう、それが僕たちの目的、クエストだから)


 デリーは温泉に浸かりながら改めてそう心に刻み込んだ。




 デリー達が帰る頃にはすっかり日も落ちていた。

 グラル達とは林を出たところで別れた。

「あっしらは別の宿を取りやすんで」

 ということだ。

 グラル達を連れて行ったりしたらまたどんな騒動になるか分かったものではない。


「あ、デリー様、お帰りなさい!」

「お帰りなさいませ、デリー様」

 宿の食堂に入ったデリーをロナとリズが競うように出迎えた。

「ただいま」

 そう答えるデリーはロナとリズに挟まれて身動きもままならない様子だ。


「あの臭い奴らは来てませんよね?」

 ジョアナが入り口から外を見ながら言った。

「ああ、グラル達は別の宿を取るって言ってたよ」

 ロナとリズに挟まれながら席についてデリーが言った。


「あいつらに名前なんてあったんですね」

「ただの野獣でもよさそうですのに」

 顔をしかめながらロナとリズが言った。

「そりゃあ、名前くらいあるだろう」

 笑いながらデリーが返す。

「それに彼らから情報も聞けたよ」

「「情報?」」

「ああ、どうやら魔獣はニーヴ半島の方から来ているらしいんだ」

 デリーの真剣な口調に静かになるロナとリズ。


「明日向かうのが港町のニーヴだ。半島の入り口だから色々詳しい情報も聞けると思う」

「そうしたら私たちの目的地はニーヴ半島ということになるのですね」

 ゾフィーが静かに聞いた。

「うん、そうなるね」

 皆魔獣との戦闘は経験しているとはいえ一度だけだ。

 魔獣がニーヴ半島から来ているということは、半島ではより多くの魔獣と遭遇する可能性が高いということになる。


「とりあえず、今夜はしっかり食べて早めに休もう」

 沈みかけていた場の雰囲気を変えようとデリーが明るい声で言った。

「そうですわね、今日は色々あって皆さん疲れたでしょうし」

 ゾフィーも大きく微笑んで言った。


「でも、温泉は気持ちよかったわ!」

 ロナが言うと皆口々に温泉談義を始めた。

「温泉ってあんなに素晴らしのに、河原まで行かなければ入れないなんて勿体(もったい)ないと思いませんか?」

 ゾフィーがデリーを見て言った。言い方は柔らかいが目は真剣である。

「温泉を引いてきて公衆浴場とか作れたら……」

 ロナがボソッと言う。

「そうですわね、村の方たちも喜ばれると思いますわ」

 リズも同様の考えのようだ。


「そ、そうだね……明日にでも政庁に寄って話してみるよ」

 皆からの要望視線を痛く感じながらデリーが答えた。


 こうして食事をしながら温泉やニーヴの話で表面上は盛り上がった。

 だがこの先魔獣との戦闘が本格的になるかもしれないという話は、皆の心に小さいながらも暗く影を落とした。



「ねえ、リズ?」

 その夜ベッドに入ったロナが隣のリズに声をかけた。

「なんですの?」

「もし魔獣がたくさん来ても心配ないからね」

 ロナがドヤ声で言った。

「な、何を言ってますの?そんなこと言われるまでもありませんわ」

「きっとリズは恐がってると思ったのよ」

「あなたこそ恐いんじゃなくて?」

「な、何を言ってるのよ!私が恐がるわけないでしょ!」

「危なくなったら私が魔法で援護しますから心配ありませんことよ」

 ニヤニヤしているのが分かるような口調でリズが言った。


「ロナさん、リズさん、早く寝ましょうね」

 今にも口喧嘩を始めそうな二人にゾフィーがたしなめるように言った。

「「はい……」」

 気落ちしたように答えるロナとリズ。


 こうして、皆がほんの小さな不安を胸に、バレの村の夜は()けていった。


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