第1話 ロナとリズ
「ふむふむ……王子様の立太子クエストねぇ」
今日王宮から届いたメンバー募集の通知を読んでいるロナ=フレイミンの表情が生き生きしてきた。
通知にはこうあった。
『この度、我がタルタニア王国第一王子デイル殿下におかれては、来る立太子の試練クエストに向けてパーティーメンバーを募ることとなった』
タルタニア王国の王子は、立太子にあたって試練クエストが課される伝統がある。
試練クエストは魔物退治がほとんどだ。
ロナが聞いているところだと、過去には村を襲うオーガやトロールの退治があったそうだ。
「これはチャンスよね!」
「そうですね。ロナ様の剣士としての名を世に響かせるチャンスです」
ロナに答えて言うのはメイドのブランカ。静かで落ち着いた印象の女性だ。
フレイミン家は代々優れた剣士を輩出している家系だ。
ロナはそのフレイミン家の長女である。彼女も剣の才能に恵まれ、祖父からは「百年に一人の逸材」などと言われている。
「お祖父様の贔屓目だと思うわ」
とロナは周囲に言っている。
とはいえ、ロナ自身自らの剣技にはかなりの自信を持っている。
今年の王国競技会でも、騎士隊の中堅クラスと互角以上の戦いを繰り広げている。
立太子クエストに参加すれば彼女の剣士としての名声も上がるだろう。
だが、ロナの本意はそこではないようだ。
「そう、これはチャンスよ」
「はい」
「私が王太子妃の座を勝ち取るチャンスなのよ!」
「やはりそっちですか」
ブランカは既にロナの真意が分かっていたようだ。
「勿論よ。剣の腕は競技会で見せればいいんだし」
そこにドアをノックする音が聞こえた。
「はい、はい」
ブランカがそう言ってドアを開けると、
「姉さん」
と、ロナの弟のラティが入ってきた。
「王宮から書状が来たんだって?」
「うん、今度立太子クエストがあるんだって。それでパーティーメンバーを募集するの」
「姉さんの腕の見せ所だね」
ラティは剣士としてのロナを尊敬している。
「分かっていませんね、ラティ様」
横目でラティを見ながらブランカが言った。
「え、どういうこと?」
聞き返すラティ。
「決まってるでしょ、目指すは王太子妃よ!」
「姉さん……」
拳を握りしめて決意を固めるロナを、ラティは呆気にとられて見るのだった。
◇ ◇ ◇
立太子クエストメンバー選抜会の当日。
ロナはブランカを伴って王立闘技場に来ていた。
「やっぱりたくさん来てるわね」
場内を見回してロナが言った。
「そうですね」
ブランカも注意深く見回しながら言った。
今回の募集年齢は十六歳から二十歳までとされている。
王子が十八歳なのでそれに近い年齢の者をということなのだろう。
過去の立太子クエストでは、現役の騎士隊のエースがメンバーに加わったこともあった。魔物の脅威が深刻だったことが影響していたようだ。
現在も魔物の被害は無くなってはいない。だが、騎士隊や冒険者の活躍で随分と少なくなってきている。
「思ってたより女子が多いわね……」
そう言うロナは不満そうである。
彼女にとって他の女子参加者は男子以上に脅威なのだ。
「どうやら、自分が王太子妃にと考えているのはロナ様だけではないようです」
冷静な分析口調でブランカが言った。
「まったく……選抜会を何だと思ってるのかしら」
自分のことは思いっきり棚に上げて憤慨するロナ。
ここで「あなたがそれを言うか」と言わないところがブランカである。
ブランカはロナ付きのメイドであると同時に情報収集の役割も持っている。
彼女は自らを隠密メイドと呼んでいる。
常に冷静沈着を心がけ余計なことは言わないようにしている。
そんなブランカであるが、ロナに言わせれば「結構天然」なのだそうだ。
「いっその事私が他の女子に下剤でも盛りましょうか?そうすればロナ様の優勝は決まったようなもの」
と、ブランカが隠密メイドここにあり的な恐ろしいことを言った。
「いいえ、それは最後の手段よ」
ロナが真剣な顔で答えた。どっちもどっちである。
選抜会は剣士、魔術士、治癒士に分かれて行われ、それぞれの優勝者が立太子クエストパーティーに参加できる。
ロナは剣士部門を順調に勝ち進み決勝に進出した。
「決勝の相手はあの人ね……てか、デカすぎじゃない?」
ロナが決勝の対戦相手の男を見て言った。
「はい、彼は騎士隊隊員のザガルト、聞いたところでは身長は二メートルを超え体重は百二十kg以上だそうです」
ブランカが答えた。
「剣士っていうより闘士よね、出る場所間違ってない?」
「どうやら目論見があるようです」
「目論見?」
「はい。選抜会に参加している女子の中に思いを寄せている者がいるようです」
「やだもうーー私は王子様一筋よ、思いを寄せられても困るんだけどぉーー」
頬に手を当てて身体をくねくねさせながらロナが言った。
「いえ、それは無いかと」
ブランカが冷静に返した。
「な、なんだ、そうなのね良かったわーー手加減なんてされても後味悪いし、ははは」
素早く誤魔化すロナ。
「どうやら魔術士の決勝が始まるようです」
そんなロナをさらっとスルーしてブランカが言った。
魔道士戦の決勝は女子と男子の戦いだった。
「あの女子の魔術士、手強そうね」
ロナが真剣な眼差しで魔術士の女子を見ている。
「リズ=アイスリーですね。アイスリー家は代々優れた魔術士を輩出している家系で……」
「中々の美人よね」
腕組みしながらロナが言った。
「やはりそっちですか」
「勿論よ」
ロナとブランカがそんな話をしているうちに、試合はあっさりと決まった。
相手の男子が魔法を放とうと呪文を唱え始めた時にはもうリズは魔法を放っていた。
「とんでもない強さね、あのリズって子」
「ですね」
「意思の力が強いのね。だから長い呪文はいらない、短い言葉で十分なのよ」
試合が終わって勝ち名乗りを受けているリズをじっとみつめてロナが言った。
「でも、負けないわよーー私はっ!」
「そうですね。ロナ様の魔法剣に敵う者はそうそういませんから」
「何言ってるのブランカ。そんなことどうでもいいのよ」
「え?」
「大事なのはいかにして王子様のハートを射止めるかなのよ!」
ロナは拳を握りしめて言った。
「はっ、そうでしたね、失礼いたしました!」
「分かってもらえて嬉しいわ、ブランカ」
「これからもロナ様の恋の成就のため、このブランカ諜報活動に邁進いたします」
「よろしい!」
息ピッタリのロナとブランカであった。
「剣士選抜戦の決勝戦を始めますのでご準備を」
係員が知らせに来た。
ロナが闘技場に入ると対戦相手の騎士隊員ザガルトは既に闘技場で待ち構えていた。
(ほんとデカいわねえ)
二人の間は五メートル程だが、それでも彼の桁違いの大きさが実感できた。
この選抜会は予め各選手の力と魔力が低くなるよう術式が施されている。所謂デバフである。
(要は技と速さの勝負よね、楽勝!)
自らの勝利を疑っていないロナは開始早々から積極的に攻勢に出た。
ロナは自身の速さに絶対の自信を持っている。
一気に間合いを詰めるとザガルトに連撃を浴びせた。
「くっ……」
やはり速さではロナに分があった。
最初の数合こそ受け流せたが、ザガルトは反撃をする事も出来ずに一本取られてしまった。
「ふふん」
思いっきりドヤ顔のロナ。
「さすがフレイミン家の方ですね」
ザガルトが真面目な顔で言った。
「私を知っているの?」
「勿論」
「あら、それじゃ後でサインしてあげるわ」
「結構です」
「む!」
(私の魅力になびかないなんて相当の堅物ね)
二本目が始まるとザガルトは距離を取るようになった。ロナの速攻を警戒しているようだ。
何度目かの攻撃でロナが後ろに引こうとした時、ザガルトの剣が伸びてきた。
余裕で避けられるとロナは判断したが、思いのほか剣が深く入ってきた。
「くっ……!」
ザガルトのリーチを見誤っていたロナは二本目をザガルトに取られてしまった。
「やるわね」
悔しさを表に出さないように気をつけてロナが言った。
「どうも」
表情を変えずにザガルトが言った。
ロナがふと視線を動かすと魔術士戦を勝ち抜いたリズがこちらを見ているのに気がついた。
(敵情視察というわけね)
既にロナにとってリズは恋敵という敵になっていた。
だが、ここでロナが負けたら恋敵にすらなることができない。
(勝たなきゃよね!)
三本勝負の三本目、ロナもザガルトも慎重に間合いを取った。
ロナが攻めようとするとザガルトがリーチを生かして懐に入らせない。
ザガルトはロナが焦って無理に攻め込んでくるのを待っているようだ。
(しゃあない、一か八か!)
ロナは左右に牽制を打ちながら敢えて正面に踏み込んだ。
そこにザガルトの剣が伸びてくる。
ロナはギリギリのところを見極めてザガルトの剣を右にかわした。
ロナの上衣の左の袖が薄く切られた。
だがその時にはロナの剣がザガルトの胸当てに入っていた。
「一本、ロナ=フレイミン!」
審判が判定を告げた。
「俺のほうが先に決まっただろ、腕に!」
それまで落ち着いた態度を貫いていたザガルトが判定に異議を申し立てた。
「いいえ、服をかすめただけよ」
ロナは上衣を片肌脱いで左腕を出して見せた。上衣の下はノースリーブシャツだった。
「な……!」
躊躇なく上腕をさらけ出したロナに顔を真っ赤にするザガルト。
「ほら、見て。斬られた傷なんてないでしょ?」
ロナはザガルトに近寄って左腕を間近に見せた。
「わ、分かった、異議を、と、取り下げる」
慌てて両手を挙げて後ずさるザガルト。
「そ、よかったわ」
ロナは腕をしまおうとして止めた。そしてザガルトに意味深な視線を投げた。
顔を真っ赤にするザガルト。
(お色気作戦でいけばもっと楽に勝てたかも!)
と、内心悔しがるロナだった。
「ロナ様、怪我はないのですね?」
ブランカが戻ってきたロナに聞いた。
「大丈夫よ。服の袖が切れただけ」
「無茶はしないでください」
非難を込めてブランカが言った。
「そう言えば治癒士の選抜戦はどこでやってるの?」
「治癒士の選抜戦は既に終わっているようです」
「そうなの?」
「はい、ゾフィー=ホワイティアに決まったようです」
「ホワイティア……って確か聖女の家系だったっけ?」
「はい、代々多くの聖女を輩出している家系です」
「てことは……」
「治癒士としては最上級の……」
とブランカが言いかけたところでロナが言葉を重ねてきた。
「王太子妃になる可能性は限りなくゼロに近いということね!」
「……能力を……て、はい?」
「だってそうでしょ?聖女に認定されたら結婚はできないんだから」
「それはそうですが」
ロナはあくまでも王太子妃の座が大事なようだ。
「今のうちに仲良くなっておくのもいいかも!」
ロナはそう言うと、ブランカを急かしてゾフィー=ホワイティアを探しに向かった。
――――――――
一方、魔術士戦を終えて剣士戦を見ていたリズ=アイスリー。
「あの剣士は誰かしら、ジョアナ?」
落ち着いた口調で、隣に控えるメイドのジョアナに聞いた。
「あれはロナ=フレイミンですわ」
ジョアナは迷うことなく答えた。
「彼女を知っているの?」
「ロナさん自体は知りませんけど、一緒にいるブランカは知ってます。あの子はロナさんのメイドですから」
「ということは……」
「はい、ブランカも私と同じ隠密メイド組合のメンバーです」
「どうも、その隠密メイド組合というのがいまひとつわからないのだけれど」
と、困惑の表情のリズ。
「職業ギルドみたいなものです」
あっさりと答えるジョアナ。
「職業ギルド、ねえ」
「はい。定期的に集まって会合を開いてるんですよ」
「でもただのメイドではなくて隠密メイドなのよね」
「はい」
「だったら隠密ということは伏せておくべきではないかしら?しかも定期的に会合を開いていたら情報がダダ漏れなのではなくて?」
「隠密ってカッコいいじゃないですか!それにみんなで集まるのは楽しいですし」
と、ジョアナは屈託のない笑顔で答えた。
「はぁ……まあ、いいでしょう。それで、あのロナについて知っていることは?」
脳天気なジョアナにやや呆れながらもリズは聞いた。
「ええっとですねぇ、ブランカから聞いたところでは……」
「聞いたところでは?」
「夜寝る時は、うさちゃんのぬいぐるみがないと眠れないそうです」
「は?」
「あ、あとですね、彼女はリズ様と同じ十七歳なのですけど、今でもシャンプーハットがないと髪を洗えないそうです。それとてすね……」
と、他にも何かないかと思い出そうとしているジョアナにリズは言った。
「あの、ジョアナ?」
「はい」
「せっかく隠密メイドと名乗っているんだから、もう少し重要な情報はないの?」
「そこは隠密メイドとしての矜持というものがありまして」
キリッとした顔を作ってジョアナが言った。
「矜持?」
「はい、お互いに話す情報は吟味しています。私はリズ様のお立場が危うくなるようなことは漏らしていません。それはブランカも同じでしょう」
「なら、アイスリー家の機密的なことも話していないということなのね」
「勿論です!」
と言ってもアイスリー家の機密に関わるようなことなどリズ自身も知らないのだが。
「例えばどのようなことを話しているの?」
「例えばですね……リズ様のお気に入りはくまさんの絵入りのパンツだとか……」
「ちょ、ちょっと、あなたなんてことを!!」
顔を真っ赤にしてジョアナを止めようとするリズ。
「あとは、リズ様がおねしょをしていたこととか……」
「ぎゃぁああーーーーーー!」
「あ、大丈夫です!十三歳までしていたとまでは言ってませんから!」
「もう、やめてぇええーーーーーー!」
頭を掻きむしりながら叫ぶリズ。
「それから勿論、リズ様の目的が王太子妃の座だということも言ってません!」
「は……!そうよ、それは絶対の秘密よ!」
「そう言えば治癒士も決まったみたいですから見に行きましょう」
「誰になったの?」
「ゾフィー=ホワイティアだそうです」
「ホワイティア、ね……ゾフィーという人に会ったことはないけれど……」
「すぐに会えますよ、行きましょう!」
リズはジョアナに手を引かれて歩き出した。
(ロナ=フレイミン、一体どんな子かしら……)




