0000 プロローグ
最後に映ったのは――焦土に転がる眷属たちの亡骸……否。
英雄の剣に垂れ下がっていた、アヒルのキーホルダー…………でもない!
「――全てを裁く、閃光の純白だ!!」
(※上記翻訳)
勇者の剣が俺の胸を貫いた瞬間、視界が白一色に包まれて……特大F〇⚪︎k!!
失敬。特大ファ⚪︎クと言ってしまった。これは英語で「超最高!」「超絶頂!」……みたいな意味なのだろ? 異世界から転生してきた、側近が言っていた。ヒ〇キン……ではないぞ!
まあそんなことより、俺が剣で胸を貫かれた瞬間、そう――万が一でもあの光景に名前を付けるなら、それは多分――「発光」がぴったりだろう! シンプルではあるが、この響きが超カッコいいンヌ! に値するのだ。
ただ? 俺が倒されて発光した、なんて考えたくないうえ? 俺は『魔王』なのでエンドロールが流れて世界ごと消滅した……そういう事にしたい。ものすごく。
そして俺は、結局なにが言いたいのか? ズバリ……多くのゲームの『魔王』は、『勇者マン』に倒されると――発光しながら散っていきがち、じゃん? そうそう、そのありきたりな展開が、俺は断じて、絶対、嫌なわけ! いつだって逸脱して、唯一無二であり続けたい俺は、決して光ってやるもんか! と、900万年前からこの座を守ってきた訳でな。それが今日、とうとう光ってしまったんだが……。
ク◯ク◯、ファ⚪︎ク! フ⚪︎ッキン、ビッ〇! って言ってやりたいところだけど、なんだ。
「――悪くない最期だった」
意外とな。これだけは言える、嘘じゃない。
生まれてから死ぬまでいろいろあったものの、俺は結局――『魔王』でよかった。そう思える。
そして、そんな魔王様を今日! おめでたーく葬ったのは――《勇者アストレア様》、だ。ファ⚪︎キン〇ッチ!
俺が認めた英雄――「人族の勇者」な、そうそう。
「そして勇者の名前――実はこれ、俺が名付けたんだよね……」
これは死んでも人族には言えないな。実際もう死んでるから言えないけど!
――そう。人々に慕われる「勇者様」、って呼ばれるにふさわしい存在になるまで、俺が育てたんだよね……。名前は正義の女神アストレイアから取った。
そんでもって、ある日偶然――お散歩してたら魔界の渓谷で、赤子だったアストレアを拾って、俺の持つ全てを叩き込んでみた――剣術、武術、魔術からいろいろな!
で、俺の人生で《最初にして最後》、唯一の愛弟子が敵対する存在である人族の娘――つう、激アツすぎる展開になっていくと。これを思いついたとき、ウズウズしちまって育てたんだよ。
「んで、挙句の果てにその愛弟子に殺される軽薄な『魔王様』、が誕生する流れになる訳だな――」
まったく、面白い人生だったわい。
拾ったときから俺とは真反対の美しい容姿で、整った目鼻立ち、おまけに透き通るような声をしたお前が――周りをことあるごとに巻き込んでゆくその笑顔で、俺の人族に対する見方、そして俺の周りの環境までも、グルグルと巻き込んで変えていった。
それが――たった17年の話。余りにも一瞬で儚い時間。でも儚いながらも、とても丁寧だった。
「――クソ立派に育ちやがって、生意気め」
俺のいなくなった今、世界は平和で、お前の夢は実現できただろうか?
ふっ、俺が育てた愛弟子だ、心配なんていらねぇわ。
歴史を振り返っても――人族と魔族は分かち合わない。敵であり続ける。誰もがそう教えられて育ち、当たり前の固定観念が定着した薄汚れた世界……。俺たちですらその考えに囚われていたのに、最後と来たら、俺の眷属たちも側近も――アストレアが赤子のときから、面倒をともに見てきたあ奴らですら。
「最後は笑顔で、殺されて行きよったわい――」
――あたりまえだろ。俺たちの可愛い娘が望んだ世界だ。そしてそれは――同時に俺が。いや、俺たちが望んだ世界になった。圧倒的に優れ、敬われる種である俺たちが――「人族と魔族の和解」それを望んだんだ。
だから、それを成し遂げるために……人族からしてコワーイ上位魔族の俺たちが、自らの意志で――死を選ぶ。
俺ははにかんだ。
「お前みたいな人族の娘ごときが、俺を殺せるわけなかろう?」
「そうだね。師匠」
最後に残ったのは、俺とアストレアだった。
走馬灯の中で再びはにかむ。
「別れ際が涙とは、悲しかろう?」
王道といえば王道になってしまうが。「うわあああああああああああああ」的な悲鳴とともに、「勇者よ……覚えておけ……」みたいな震えてしまうくらいカッコいい台詞も出し惜しみなくバッチリ決めてやったわ。
「……ざまあ、見ろ。アストレア」
――最後まで、悪役であり続けてしまった。
魔王である俺の宿命――因縁の相手との最期の瞬間は、決まりきったテンプレートのシナリオで幕を閉ざす。
この世でいちばん嫌いなものは何だと聞かれれば、間違いなく俺は――負けること。そう答えるだろう。性に合わないが、俺もこれで最後だ。
――お前も笑え。
「ざまあみろって……」
アストレアは涙を滲ませながら、最後にようやくはにかんだ。
その笑顔は哀しくも美しく、世界でいちばん――綺麗だと思った。
「……」
その瞬間、アストレアの表情から忘れかけていた母の存在が、俺の脳裏にパッと浮かんだ。
かつて――勇者によって葬られた母。
「人間を大切にしろ」――そうよく口にしていた母。
今になって思い出させて来やがる……。
「母上、俺はちゃんとやれただろうか? 果たすべきことを全うできましたか?」
どこぞの煉獄◯寿郎みたくなってしまったが、漢なら、ボケてでも涙は流さないもんだ。それが魔王ともなればなおさらな。
はぁ。くだらない茶番で笑えればよかったのだが……次第に意識が遠のいてゆく。
魂の俺のほうも、そろそろ終わりが近いなと悟り、気持ちいい走馬灯も薄れてきた……。
……、……、……。
突如、硫黄のツンとした匂いが鼻を刺してくる。
「……あ? な、なんだこれは、くっせ!!」
はぁ……やりおったな。
魔界でおなじみ「ドッキリ番組」のADの顔がちらつく。こんな時に……ちょ、待てよ!(イケメン) じゃあ俺……死んでないのか!? なんて思っていたのも束の間、あたりから無数の視線を感じた。
「今回はギャラリーが総勢じゃのう! クソ!!」
呆れながらもゆっくりと目を開けると、真っ暗闇のなか、天井はむき出しの配線、壁紙は剥がれ、汚れたシャンデリアが薄っすらと見える。
「……な、なんじゃここは」
そして、
――ヒタ、ヒタ……ぴちゃ。
と、雨音が近づいて来る……
かと思えば、瓦解した天井の隙間から、俺の顔めがけて雨水が……落ちてきてるだけだった……。
ぴちゃっ。
……(真顔)・
そう。なぜか俺は、朽ちたホテルのロビーで仰向けに寝ていた。